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魔王復活編

403.マンドラゴラ一匹によって

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「俺、魔法適正はなかったはずなんだけど。それなのにこんな威力、いいのかな?」

 すでにマグレーンやカイの魔法を見ていたとはいえ、二人は以前から魔法が使えた。まったく魔法を使えなかった自分が初めて放った魔法の威力に、ナルツは困惑している。

「ま、まあ、強くなれたんだから、いいんじゃないの?」

 ためらいつつも、ムダイは前向きな意見を述べた。
 先ほどナルツが放った風魔法に匹敵する魔法を使える魔法使いは、世界でも数えるほどだ。多くの魔力と才能、努力によって得たであろう力を、マンドラゴラ一匹によってナルツは手に入れてしまった。
 その事の重大さに誰よりも気付いているマグレーンは、顔を引きつらせて未だ言葉を取り戻せずにいる。
 けれどこれで問題の一つは解決したのだ。

 水蒸気が晴れて視界が戻ってくる。その先には、蹲る一人の人影。
 カイは雪乃の向きを変え、彼女の視界を自分のローブで埋めた。最悪の状況を、彼女の視界に入れないために。
 意味を理解した雪乃は、きゅっとカイのローブを握り締め、震えそうになる体を必死に押さえつける。
 鋭く観察していたカイから、力が抜ける。ディランは生きているのだと気付き、雪乃もまた力を抜いた。

 障壁の外が安全か確かめるため、まずはムダイを追い出すことにする。

「なんだか最近、僕の扱いひどくない?」
「あなたが一番丈夫なんですから、行ってきてください」

 不満を垂れているが、ナルツに押し出されていく。
 雪乃は清涼作用のあるマオーケウキナを二枚生やすと、カイの腕から離れてムダイに託す。

「一枚はディランさんに食べさせてあげてください」
「分かった」

 受け取ったムダイはさっそく一枚を口にしようとしたのだが、カイに奪われた。眉間に皺を寄せて睨むムダイに、カイは小さく息を吐く。

「外の状況を探りに行くのに、出る前に口に入れてどうする?」

 熱に強くなった状態で外に出れば、安全かどうかを確かめることはできない。渋々ながらも納得したムダイは肩を落としながら障壁をすり抜けようとして、

「熱っ?!」

 熱湯の壁に足を止めた。

「走って突き破れませんか?」
「いやいや、沸騰風呂って何の罰ゲーム? 本当に僕の扱いひどすぎない?」

 文句を言いながら、顔の前を腕で覆って突破した。何だかんだ言いながら、やはり大丈夫らしい。
 外に出たムダイは一息吐こうとして、顔をしかめる。

「暑っ! 空気薄っ!」

 悪態を吐きながらも、ムダイは周囲を見回した。
 炎によって減っていた酸素が更に熱と共に天井の穴から排出されていったわけだが、減少分を補うだけの新しい空気が入ってきていない。生物が生きるには過酷な環境ができあがっていた。
 剣の柄に手をかけたムダイの重心が下がり、目に鋭い光を宿す。きんと高く鍔鳴りが小さな振動を立てると、窓に亀裂が入った。すでにムダイは何事もなかったかのように直立している。
 剣筋も見せぬほどの抜き打ちは、窓に掛けられた魔法さえ打ち破ったのだった。

「……凄い」
「見事だ」

 剣に心得のあるナルツとカイは、その見事な太刀筋に息を飲む。
 だがそれも一瞬のこと。空気が抜けて真空に近くなっている空間の壁に亀裂が入れば、どうなるか。
 ダムの決壊よろしく、廊下は空気を吸い込もうとガラスを破って風を呼び込んだ。つまり、爆風と共に大量のガラスの破片がムダイを襲ったわけだ。

「――っ?!」

 鳩が豆鉄砲どころか爆竹を投げ込まれたように目を見開いた後、破片が届く前に左腕で目を庇い、剣を振るう――ことなく逃げた。

「ふう」

 マグレーンの水壁の中に避難したムダイは、大きく息を吸ってから吐き出す。身体にはすでに幾らかのガラス片が刺さっている。
 ぽてぽてと近寄った雪乃は、すぐに治癒魔法を掛けようとしたが、ガラス片が邪魔をして傷を治せない。
 困っている雪乃を見て、カイも近付いてきた。じっとガラス片を観察すように見つめ、指先で触れると、ふむと頷く。

「雪乃、離れていろ」

 充分に雪乃が距離を置くと、カイは掌をムダイにかざした。

「わー」
「熱っ!」

 マンドラゴラの声を、ムダイの悲鳴が掻き消す。
 ムダイの身体は炎に飲まれた。

「カイ君? 何をするの?」

 困惑するムダイの声が聞こえるが、カイは気にせず雪乃を手招き、治癒魔法を使わせた。焦げたムダイが赤い美丈夫に戻る。

「小さな欠片もあったからな。一つずつ抜くと時間が掛かる。高温で溶かしたほうが早いかと」

 なんでもないことのように答えられ、ムダイは顎を落としながらカイを目に映す。ガラスを溶かすほどの高温を加えられれば、人間だって溶けてしまうだろう。
 そんなムダイの疑問を感じ取って、カイは付け加える。

「大丈夫だ。ムダイ殿ならば耐えられると判断した」

 怒るべきか、絶大な信頼を寄せられていると誇るべきか、苦悩するムダイは言い返す言葉を見つけられない。しかし彼が声にするより先に、小さな樹人がカイに不機嫌そうな顔を向ける。

「駄目ですよ、カイさん。危ないです」

 わずかに眉を跳ね、意外だとばかりにカイは雪乃を見た。ムダイの方は雪乃だけは自分を心配してくれたのだと、表情を緩める。

「あんな炎で包んで、戦闘狂を呼び覚ましたらどうするんですか?」
「確かに。今度からは気をつけよう」

 心配されたのはムダイの身体ではなく、彼のもう一つの顔の出現だった。

「えー? 少しは心配しようよ?」

 不満を垂れるムダイだが、誰も彼を慰めようとはしなかった。彼の人とは思えぬ不死身の身体を、ここにいる全員がよく知っていたのだから。 

 改めて、ムダイは水の壁から出ていく。すでに熱はほとんど抜け、わずかに壁や床から熱気を感じる程度に温度は下がっていた。
 床に散らばるガラスを踏みながら、ムダイはディランに近付く。白いローブをまとったディランは、ラップに包んだように透明な膜に覆われいた。彼が身を守るために作り出していた、氷の障壁だ。
 解けてほとんどが消失し、窓ガラスほどの厚さしか残っていないとはいえ、よくあの熱を耐えられたものだとムダイは内心で賞賛する。

「大丈夫ですか?」

 安否確認のための常套句を口にするが、返事は無い。意識を失っているのかと、ムダイは突然の攻撃にも反応できるよう警戒しながらも、腰を落とす。
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