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魔王復活編

402.ぷすぷすと煙を上げて

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 舞台は消え、ジークとローレンはぷすぷすと煙を上げている。命の心配をしてしまう外見だが、なんとか生きているようだ。
 観客にも大きな被害が出ている。

 雪乃は火傷に効く薬草エセドクの葉を中心に調合すると、ぴょこんとハート型の葉っぱを生やした。緑のハートは、縁だけ桜色だ。
 続いてポシェットからお爺ちゃんの杖を取り出し、エセドクの効能を拡散させる。闘技場内にいた負傷者は、ジークとローレンも含めて、あっと言う間に回復した。

「良かったの? 相手は敵だよ?」
「お客さんたちは何もしていませんから。それにノムルさんは魔法ギルドの人々を傷付けることなんて、望んでいないと思います」

 ナルツに問われて雪乃は少し顔を俯けた。杖を握る小枝に力が入る。
 神輿として担ぎ上げられても、ノムルは魔法ギルドを、――ラジン国を見捨てはしなかった。滅多に立ち寄らず、心を許しているようにも見えなかったが、それでも大切にしていたのだろう。
 悪意から救い出したときに、自分が彼らを傷付けたのだと知ったら、きっと悲しむはずだ。

 雪乃の気持ちを、ナルツたちは受け入れる。敵の数を減らしたほうが効率は良いが、彼らの目的は殲滅ではない。ノムルを正気に戻し、世界の危機を防ぐことだ。
 雪乃たちは未だ衝撃が癒えきらぬ部屋を出て、ノムルの待つ部屋を目指した。



 真っ白な廊下を、雪乃たちは歩いていく。その向こうから、人影が近付いてきた。かつかつと足音を立てる男の俯き気味の顔には、片眼鏡が光る。

「まったく、理解できないな」

 緑のローブに身を包んだ男は、蔑みの眼差しで雪乃を射る。

「ノムル様の寵愛を頂いておきながら裏切るとは。許すまじ!」

 叫び声と同時に、魔法が放たれた。先端が尖った巨大なドリル状の氷の塊が、風をまとって回転しながら廊下を進んでくる。
 かわそうにもドリルと壁の隙間は四隅にわずか、床と壁に身を貼り付けて寝そべるほどしかない。
 だがそんな無防備な姿を晒せば、氷のドリルがまとう風の刃で切り裂かれるだろう。

「マーちゃんっ!」
「わー!」

 マグレーンが滝の壁を作り、ドリルを押し止める。打ち付ける水でドリルの先端が削れていくが、少しずつ浸食してくる。

「マンドラゴラ!」
「わーっ!」

 カイの炎の龍が水の壁を抜け、氷のドリルを食らっていく。飲み込まれたドリルは熱い水蒸気となって、廊下に充満した。

「先ほどの人はディランさん? ご無事でしょうか?」

 蒸し焼きになっていないかと雪乃は心配するが、助けに行くこともできない。
 マグレーンの滝の壁も高温に熱せられた向こう側は、ふつふつと沸騰をしているのだ。

「心配ならムダイ殿に見てきてもらえばいいのではないか?」
「おお! なるほど」

 カイの提案に、雪乃も賛同する。

「カイ君? あの高熱に入ったら、危険だって」

 顔を引きつらせて断ろうとするムダイを、マンドラゴラを含む全員がじっと見つめた。その顔には言葉にせずともはっきりと分かるほどに、

「何言ってるんだ?」

 と、書かれていた。
 ノムルの放つ火炎魔法も落雷も平気なムダイが、この程度で命を落とすなどありえない。彼はきっと不死身だ。

「冷静になろう? そもそも向こう側を確認したところで、この状況は変わらないだろう? まずは熱を逃さないと。というより」

 ムダイは一度言葉を切り、カイを見る。

「なんで火魔法を使ったの?」

 室内で炎を使えば、熱がこもる。魔力による炎なので魔力を引っ込めることで炎自体は消せるが、水蒸気に残った熱までは消せない。
 カイは何も言わずにムダイから視線を逃がした。
 熱を逃がすというムダイの言葉は一理あると、それぞれにその方法を考え始める。廊下には大きな窓がついているが、何らかの魔法が施されているのかずいぶんと頑丈なようで、一向に割れる気配はない。

「熱は上に逃げると言います」

 雪乃は天井を見上げる。屋上までぶち抜ければ、廊下にこもる熱も逃げるだろう。だがどうやって天井までの穴を開けるかが問題だ。

「ノムルさんがいれば、すぐに解決してくれるのに……」

 そのノムルを取り戻すために、雪乃たちはここにいるのだが。型破りな魔法使いを思い出して寂しくなったのか、雪乃の葉が萎れる。

「わー……」

 そんな雪乃の姿に、マンドラゴラたちも切なそうな声を上げた。根を見合わせ、スターベルが立ち上がる。

「わーっ!」

 葉でナルツの腰に差した剣を示し、それから天井を見上げる。今度は身体を左にねじって下向くと、一気に振り仰いだ。
 ラジオ体操で見かける動きである。小さく左右左右はしなかったが。

「剣で天井を?」

 首を傾げるナルツに、スターベルは不満そうだ。

「とりあえず、スターベルの言うとおりにしてみなよ。もしかしたら何か魔法を使えるようにしてくれるのかもしれない。正直そろそろ限界だから」

 そんな会話をしている間にも、水の壁はぶくぶくと泡立ち、廊下のこちら側にも少しずつ熱が侵入してきている。
 マグレーンの切羽詰った声を聞きとめ、ナルツは水の壁の手前に立つと天井を睨み、剣を抜いた。その動きにスターベルが不満そうに葉を左右に振ったため、ナルツは困惑して動きを止める。

「さっきのスターベルの動きだと、単に斬ったっていうより居合いじゃないかな? 剣から風を放つとか」
「わー!」

 ムダイの推測に、スターベルが正解だとばかりに飛び跳ねた。頷いたナルツは抜いた剣を腰の鞘に戻すと、左手を鞘に、右手を柄に掛けてから、重心を下げて呼吸を調える。
 マグレーンもまた水の障壁の流れを止め、ナルツの剣が外へ抜け易くなるように操作する。
 無我へと入り込んだナルツの瞳に強い光が宿ると同時に、腰から銀色の閃光が走った。
 刃から放たれた風の渦が天井を突き破り、水蒸気を先導しながら空へと向かう。ぱらぱらと土の欠片が落ちてきて、白い天井には曇ったお空がこんにちはをしていた。

 ナルツは抜き打ったまま、固まっている。他のメンバーも、天井に開いた穴から覗く曇り空を見上げている。
 ぽっかりと、直径二メートルほどの大きな穴が空いていた。
 なんとか動き始めたナルツは、剣をじいーっと穴が開きそうなほど見つめる。何度か瞬いた後、肩に陣取るスターベルへと顔を向けた。
 自慢げに根を逸らす、小さな友達スターベル。
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