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魔王復活編

400.ご指名が

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「あのさあ、雪乃ちゃん。ご指名が掛かっているみたいなんだけど?」

 困ったように頬を掻きながら、ムダイはローレンをこっそり指差した。
 思っていたような反応が返ってこなかったためか、ローレンは次の言動に移れず、黒バラを突き出したポーズを維持し続けていた。なんだか目が潤んでいるようだ。顔も熱っぽく赤い。
 ムダイの指摘を受けた雪乃は、ぽてりと幹を傾げてから、責めるような声を出す。

「何を言っているんですか? ムダイさん。私はただの薬師の子供ですよ? 私と戦いたいなんて、ただの弱い者いじめじゃないですか。そんなこと、するはずないじゃないですよ。バラを向けているのは私へではなくて、私たちへでしょう?」
「えー?」

 不満そうな声を上げるムダイに、男たちは同情の念を寄せる。
 雪乃がただの薬師の子供などではないことを、彼らは知っている。そしてローレンの目は、一直線に雪乃を貫いているのだから。

 しかし雪乃は、自分が対ノムル以外では戦力として数えられていないことを、重々承知している。しかも相手は大人であり、有名な冒険者だ。自分を相手になどするはずがないと、微塵も疑っていなかった。
 黒いバラが、小刻みに震える。

「そ、そうですわ! 当然ではありませんか! そんな子供と戦うなど、この黒バラのローレンがするはずがありませんわ!」

 オーッホッホッホッホとぎこちなく笑うローレンを、男たちは疑わしげに見つめた。

「それで、どんな勝負をするのだ? あの男のように、使い物にならないようにしてやれば良いのか?」

 ぞわりと、全身が総毛立つような、低く冷たい声がカイから発せられる。
 あまり怒ることのないカイが顕わにした感情に、雪乃は心配そうに振り向く。カイは視線を下ろすことなく、ローレンを冷たく見据えていた。

 ローレンの笑い声が途絶え、高笑いするために大きく開いていた口の端が、ひくひくと震えている。
 真っ直ぐに立ち直して口元を扇子で隠したローレンは、視線をカイに向けた。対するカイは、絶対零度の極寒の眼差しで迎える。
 息を飲んだローレンの視線は、ちらりとナルツを映してからジークに向かう。

 治癒魔法により大きな怪我は修復されているとはいえ、顔はまだ腫れており、美男子だった面影はない。だらだらと、ローレンのドレスの下を汗が流れる。
 決意を固めて再び勇者サイドを見れば、絶世の美貌を持つ赤い男に目が囚われる。
 整った眉、切れ長でありながら優しげな瞳、筋の通った鼻、自信に満ちた口元。野性味を感じさせながら気品のある面立ちに、ローレンは思わずほうっと吐息を漏らす。

「む、ムダイ様と」

 うっとりと引き込まれるように、ローレンは無意識にその名を口に上らせていた。
 客席がどよめいたことによって生じた音と振動でローレンは我に返り、絶望で顔が青ざめる。
 冒険者ギルドの頂点、竜殺しのムダイ。ローレンが戦って勝てる相手ではない。だらだらと、先ほど以上に汗が滴った。

「気持ちは嬉しいけれど、僕は弱い相手には興味ないんだよね」

 ムダイは困ったように頬を掻く。ほっと、ローレンから肩の力が抜けた次の瞬間、

「だから、戦闘以外の方法で勝負しようか? 勝負方法は、君に任せるよ」

 にっこりと、ムダイはそれは爽やかな笑顔で言った。今度は勇者サイドが固まる番だ。

「ムダイさん、ここが元魔法ギルドだって分かっていますよね?」

 耳元でマグレーンがささやく。仲間たちからのじとりと疑念に満ちた視線を受け、ムダイは目を泳がせたが、

「もちろんだよ」

 と、営業スマイルを浮かべた。
 考えなしだったのだと察した雪乃たちは、呆れた眼差しを向けるのだった。
 魔法対決になったらムダイの負けは確実である。雪乃たちはローレンがどのような勝負を持ち出すか、固唾を飲んで見守る。
 ローレンの口元を隠していた扇子がぱちりと閉じ、弧を描いた赤い唇が姿を現した。

「では、ダンス対決はいかが?」
「いいでしょう」

 気の強そうなローレンの声に、ムダイは鷹揚に応える。だが彼の仲間たちは動揺した。

「え? ムダイさん、大丈夫なんですか?」

 この世界でダンスといえば貴族たちが嗜む社交ダンスであり、平民が祭りなどで踊る踊りとはまったく別物である。ついでに言うと競技として行われている社交ダンスのような、派手な動きはない。
 ダンスの教養がある平民出身の者がいないわけではないが、滅多にいない。ナルツとマグレーンは慌てて聞いたのだが、張本人は平気な顔で笑っている。

「大丈夫大丈夫。心配いらないって」
「ムダイさん、ローレンさんの仰るダンスとは、ソーラン節や泥鰌掬いではないと思いますよ?」

 雪乃も心配そうに幹を上向けた。

「どうしてそのチョイス?! 僕のイメージどうなってるの?! というか雪乃ちゃん、もしかしてその二つ、踊れるの?」

 余裕の笑みが消えて、驚きと困惑が噴き出した。
 雪乃は墓穴を掘ってしまったようだと、ついーっと視線を逸らす。

「修学旅行で学びました。ソーラン節は運動会で。ちなみに伝統的な方のソーラン節です」

 昔から伝わるソーラン節のほかに、テンポの速いよさこいソーランもある。
 学校で採用されやすいのは後者なのだが、雪乃の小学校は伝統を重視したようだ。単に担当教師が踊れたのが、そっちだけだったのかもしれないが。

「座禅もしてたよね? どういう小学校なの? 仏教系?」
「普通の公立小学校です」

 きりりと、雪乃は真面目な顔をして答えた。開き直ったとも言う。 
 ナルツたちには理解できない単語がぽんぽん飛び交っているが、いつものことなので気にせず二人の会話が落ち着くのを待つ。

「まあいいや。行ってくるよ」

 肩越しに軽く手を振りながら、ムダイは舞台に飛び乗る。
 ローレンが真っ直ぐに差し出した手をムダイが下からすくうように取ると、赤を中心とした情熱的なライトアップは白や青の落ち着いた色へと変わり、ワルツが流れ出した。
 そのまま二人は優雅に踊り始める。

「これって、どうやって勝敗を決めるのですか?」

 雪乃はナルツとマグレーンに視線を向けた。視線を受けた二人は、

「さあ?」

 と首を捻る。
 地球には競技ダンスもあるが、通常はペアで戦う。ペアとなった男女のどちらが優れているかを競うことはない。
 ちなみに競技ダンスは社交ダンスから発展しているが、社交ダンスとは別物である。社交界ではあんなに激しく踊らない。
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