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魔王復活編

391.カイは雪乃を止めるために

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 雪乃の言うとおり、人間たちの獣人への差別は未だに根強い。
 わずかに姿が異なる『人』に対してさえ偏見は消えないのだ。討伐し続けていた魔物たちへの意識を変えるとなると、更に時間を要するだろう。 
 次の樹人の王が生まれるまでに千年の時があると考えれば、充分な時間とも思える。しかしこれまでの歴史を考えれば、楽観視はできないだろう。

 カイは雪乃を止めるために頭を働かせる。

「だが雪乃、過去には樹人の王が持つ力を知られたがゆえに、人間に狙われた例もあるのだぞ?」

 正体を露見させれば、力を求める者たちは雪乃へと殺到する。小さな樹人の肩には、背負いきれないほどのものが圧し掛かるだろう。
 じいっとカイを見上げていた雪乃だが、しょぼーんっと萎れた。気勢を削げたのだと、カイは面に出さないようにほっと胸を撫で下ろす。

「俺もカイに賛成だな。今はまだその時じゃない。まずはノムルをどうにかして、樹人や魔物に対してはそれからだろう。焦るな」

 ドインからも声が上がる。アルフレッドを始めとするルモンの人間たちも、はっきりとは言わないが、雪乃の正体をさらすことには反対なようだ。
 傍聴に回っていたリリアンヌが、口元を隠していた扇子を静かに下ろした。

「森の民という紹介でよろしいのではないかしら? お話を聞いた限り、樹人の王はエルフの母であり、主なのでしょう? 間違ってはいませんわ。その上で森の民の知識として、魔物や樹人が敵ではないことをお広めになっては如何でしょう?」

 魔物として認識されている樹人よりは、エルフのほうが波風は立たないだろう。一同はリリアンヌの提案に同意を示す。

「問題は、フードを取って見せろと言われたときに、どう対応するかだな。姿を見せぬまま納得させることは難しいだろう」

 こちらも視線を引き下げたアルフレッドが、顎を指で挟むように撫でながら考える。

「わー!」

 悩む人間たちに対して、任せろとばかりにマンドラゴラが胸を張る。まぶたを伏せたアルフレッドとリリアンヌが、耐えかねたようにぷるぷると震えだす。

「すまん、話の流れを切って悪いのだが、それはなんだ?」
「マンドラゴラだ」

 問われたカイはさらりと返す。
 返されたアルフレッドは、再びぷるぷると震えた。気持ちがよく分かるドインは、目を閉じて大きく何度も頷いている。
 雪乃はナルツへと視線を送る。彼にもマンドラゴラが一匹くっついているのだ。
 意を察したナルツは困ったように苦笑を浮かべ、その襟元では葉っぱが左右に振られていた。どうやらアルフレッドにも隠していたらしい。

「小人ではないのか?」

 マンドラゴラへと注目が集まる中、突如として飛び込んできた疑問の声に、全員が首を回して注目する。視線を集めたマーク王子はきょとんと瞬いてから、

「我が国には小人がいると伝えられている。小さいし、小人であろう?」

 雪乃はマンドラゴラを見つめ、マンドラゴラも雪乃を見つめる。
 だが他の大人たちは、なんだか温かい眼差しをマーク王子に注いだ。生まれてからの年月は十九年だが、その半分以上を凍らされて過ごしていたため、外見も精神もまだ九歳の男の子なのだ。

「ふふ。そうね。ドューワ国には小人がいるものね」
「一度リリアンヌに見せてやりたいと思っていたが、結局見つけられずじまいだった」
「まあ、嬉しいわ。いつか会えるわよ」

 砂糖のお花が飛び散り出したので、全員首を回して顔を中央に戻す。

「なるほどなあ。奇妙なマンドラゴラだとは思っていたが、それも樹人の王とやらの力だったわけか?」

 何事もなかったかのように、ドインは会話を再開した。王子の問いかけをスルーしたことに対して指摘する者は誰もいない。

「どうなのでしょう?」
「わー!」
「そうみたいです」
「わー」

 幹を傾げた雪乃だったが、すぐにマンドラゴラが肯定するように飛び跳ねたので認めた。王よりも小さな種族たちの方が物知りなようだ。
 なんだか残念なものを見るように、虚ろな視線が雪乃に集まってくる。

「くっ。何がいけなかったのでしょう?」

 悔しげに呻きつつも、よく分かっていない雪乃であった。
 それはともかくとして、ドインは話を進める。

「つまりそのマンドラゴラたちが、幻覚で嬢ちゃんをエルフに見せるということか?」
「わー!」

 マンドラゴラは「その通り!」とばかりに大きく頷いたが、アルフレッドは顔を苦くしかめた。

「残念だが、それは無理だろう」
「わー?」

 不満そうに、マンドラゴラは根を捻ってアルフレッドを見る。

「我が国では少し前に騒動があってな。詳細は省かせてもらうが、魅了や幻覚といった魔法は、城内では使用できないようになっている」
「わー……」

 萎れるマンドラゴラ。『ルモン味』騒動は、ここにきても影響を与えているようだ。
 慰めるように、カイはマンドラゴラの葉を撫でておく。

「そういえば雪乃ちゃん、人化したって言ってなかった?」
「言いましたね」

 ムダイに答えた雪乃に対して、何度目かの注目が集まる。驚きと戸惑いの視線の中、きらきらと輝く羨望のまなざしが一つ含まれていた。
 小人の存在を信じるマーク王子には、人に変身する樹人もまた、憧れの存在として映ったのかもしれない。

「待て。樹人の王というのは、人の姿も取れるのか?」

 アルフレッドとドインは頭痛を覚えているようだ。額やらこめかみやらを押さえて呻いている。驚きを超えて理解が追い付かないようだ。
 何度も驚きすぎて、脳の許容量を超えかけているだけかもしれないが。

「あまり取りたくはありませんね。人間の身体って不便なんですもの。それに樹人の身体に戻るのって、時間が掛かるんですよ?」

 挿し木が根を張って動けるようになるまでには、半月近くも掛かるのだ。

「問題はそこなの? ええー?」

 何かムダイがぶつぶつ言っているが、誰も相手にはしない。

「それに羽があるから、服も着づらいですし」

 無理矢理ローブを着たのだがごわついていたことを思い出し、雪乃は眉葉を寄せる。

「羽?」

 人間たちがきょとんと瞬いた。

「ええ、羽です。ええっと」

 少し考えた雪乃は、もう見られたのでいいかとマンドラゴラたちを呼び出し、葉をつき合わせてごしょごしょと相談する。打ち合わせが終わると、マンドラゴラたちは雪乃に上り、

「「「わわわわ~」」」

 と、歌声を奏でた。
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