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魔王復活編

380.それは大丈夫とは

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 顔を上げた雪乃に、ダルクは笑みをこぼす。

「大丈夫だ。どうせもうすぐ、俺の寿命は尽きる」

 それは大丈夫とは言わないのではないかと思った雪乃だが、声にはしなかった。だが口には出さなくとも、しょんぼりと葉は萎れる。
 ダルクはぐりぐりと、雪乃の頭を撫でた。

 雪乃たちはダルクを連れて、ルモン大帝国に戻ることにした。
 人間と関わることを嫌がったダルクだが、人間を説得しなければ聖女を救えないのではないかという雪乃とカイの意見に、渋々同行を承知したのだった。



 ルモンに戻った雪乃たちは、まっすぐにナルツの邸に向かう。玄関前には、ローズマリナとムダイが立っていた。

「お帰りなさい」

 笑顔で迎えてくれたローズマリナに、雪乃も葉をきらめかせて駆け寄ろうとしたのだが、その横を何かが駆けていった。

「母上っ!」
「え? ぐふうっ?!」

 雪乃を抱きとめようと腕を広げかけていたローズマリナは、何かにタックルを食らわされた。
 普通のご令嬢ならばそのまま後ろに吹き飛ばされそうな勢いだったのだが、何をしても落ちない立派な筋肉が、彼女の身体を踏み止まらせる。ちょっと女性として残念な声と表情が出たが、誰一人として気に留めない。
 女性に対する気遣いといった理性的な思考回路が働くより先に、玄関ホールにいた人々の視線は、別の人物に集中している。

「だ、ダルクさん?」

 突然の出来事に硬直する面々の中、雪乃は呆然と問いかけるように突飛な奇行を見せた少年の名を口にした。

「母上、母上、母上ええーっ!」

 何が起こったのか、何が起きているのか、さっぱり理解できないといった表情で、ローズマリナは自分の肩辺りからなびく白銀の髪を、困惑したまま凝視する。
 眉根を寄せて事情を説明してほしいと、雪乃たちに懇願の眼差しを向けた。

「ええーっと、彼は」
「母上えーっ!」

 なんとか気持ちを建て直し、説明しようとした雪乃の声に被さるように、ダルクの絶叫が迸る。なんだか以前にも見たような光景だと雪乃は思いつつも、鈍った思考回路を無理矢理に動かし、言葉を続ける。

「ダルクさんと言いまして、お」
「母上ええーーっ!」

 続けようと努力はしたのだが、またしても遮られた。
 耳元で叫び続けられているローズマリナには、雪乃の声はまったく届かず、彼女の顔にますます困惑色が塗り重ねられていく。
 ダルクを引っぺがしても、しばらくはまともに聞こえないかもしれない。

「母上えええーっ!」

 ご近所さんから苦情が来そうな大音声を、耳のすぐ近くで放たれ続けているのだから。

「あ、あのヤギのようだ」

 カイもダメージを受けて蹲る。
 ユキノはカイが残した呟きで、ランタに似ていたのだと、ようやく気付いた。

「ダルクさんの母上病が再発したようです。発作というべきでしょうか?」
「再発でも継続中でもどっちでもいいんだけど、これ、どうすればいいの?」

 説明を諦めた雪乃は現実逃避を始める。そんな雪乃の気持ちなどお構いなしで、ローズマリナと共に待っていたムダイは、ダルクの取り扱い方を聞いてきた。
 ノムルがいれば、すぐに障壁で囲うなり、気絶させるなりさせておとなしくさせたのだが、あいにくここに彼はいない。その現実にすっと心を冷やしながら、

「とにかく、止めましょう」

 と、雪乃はダルクへと焦点を戻す。

「マンドラゴラたち! お願いします!」
「わー」
「わー!」
「わー!」

 頼りになる小さな仲間たちに頼ることにした。
 ローブの裾や袖から飛び出したマンドラゴラたちは、ローズマリナやダルクに駆け上っていく。ローズマリナと行動しているマンドラゴラのティンクルベルも参戦した。

「「「わわわわ~」」」

 マンドラゴラたちの歌声が響く。だがしかし、

「母上えええーっ!」

 ダルクの母上発作は治まる兆しがない。

「なんと。ノムルさんさえ騙したマンドラゴラが、敗北するとは」

 雪乃はがくりと幹を突く。

「わー……」
「わー……」
「わー……」

 マンドラゴラたちも、悔しそうに根を折って跪いた。カイは未だに回復しない。状況の分からない邸の使用人たちは、おろおろするばかりだ。

「仕方ないな」

 ぽりぽりと頬を掻いたムダイは、前に進み出てダルクの肩に手を伸ばす。
 
「少し落ち着きなよ。ローズマリナさんも驚いて」
「触るな! 人間がっ!」

 ムダイが触れるより先に、ダルクが顔も向けずに後ろ手に殴りつける。さっと身を引いてかわしたムダイだが、魔力のこもった風圧が頬にかすった。

「へえ? 中々いい攻撃だね」

 雪乃は顔を上向けてムダイを確認する。まだ戦闘狂は降臨しきってはいないようだが、口元に笑みが浮かんでいた。

「ムダイさん、抑えてください! ノムルさんがいないんですから、お家が壊れても直せません」

 慌てて叫んだ雪乃の言葉に、使用人たちがぎょっと注目し、それからムダイへと視線を移す。
 聴覚を奪われ、視覚だけで状況を判断しようとしていたローズマリナも、ムダイの顔を見て青ざめた。

「け、喧嘩は駄目よ? ご近所の迷惑にもなるし、仲良く、ね?」

 必死にムダイを宥める。
 ローズマリナの声だけは耳に入ったらしきダルクは、泣き叫ぶのを止めて、ローズマリナをじっと見つめる。ちらりとムダイを一瞥すると、

「母上? あれ、排除したほうがいいですか?」

 と、こてりと可愛らしく小首を傾げて問うた。

「喧嘩はしちゃ駄目。お家を壊さないで」
「分かりました」

 ダルクはすんなりとローズマリナの言葉を受け入れて、彼女に抱きついたままゴロゴロと猫のように甘えている。とりあえず、ダルクの絶叫は収まったようだ。
 戦闘狂が降臨しかけていたムダイは、じとりとした眼差しでダルクを観察していたが、すっと憑き物が落ちるように力を抜くと、不安げに見つめている雪乃に軽く笑む。

「大丈夫だよ。弱いものいじめは趣味じゃないから」

 どうやらダルクを弱者と認識したようだ。
 ダルクがむっとして睨みつけるが、空気を呼んだローズマリナが、

「喧嘩は駄目よ?」

 とすかさず声を掛ければ、

「はい、母上」

 と、ダルクは怒りを霧散させてローズマリナにすりすりと甘えた。

「さっぱり状況に付いていけません」

 雪乃が思わずこぼせば、巻き込まれた全員が頷いた。
 とりあえず応接室に移動して、改めて再会の喜びを分かち合おうとしたのだが、

「母上ー」

 と、ダルクがローズマリナにしがみ付いたまま、片時も離れようとしない。
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