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ヒイヅル編

314.どーんっとテーブルに

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 空いた席に座り、メニューを見たノムルは眉根を寄せる。

「なんで素材の名前しかないんだ?」
「調理法は、基本的に同じだからな」

 さらりと返されて、眉間のしわを深くしたノムルだが、焼肉のようなものと考えたようで、何を食べるかはすぐに決めたようだ。

「じゃあ、俺はヤマイノブタだ」
「ぴー」

 ぴー助も同じようだ。
 食堂なので外で待たせることになると思っていたのだが、ルグ国は竜人の国のため、戸から入れれば竜種の入店も構わないとの許可をもらった。
 しばしぴー助を見つめたカイは、店員にヤマイノブタを二つ注文する。
 カイの分は頼まないのかと雪乃が問うと、ヤマイノブタは量が多く、数人で食べるものだと答えた。

 注文してから料理が運ばれてくるまでは、早かった。大皿を持ってやってきた店員が、どーんっとテーブルに置く。
 ぴー助用は、少し深みのある器を使い、床に直接置いてくれた。
 雪乃とノムルは机の上に置かれた料理を前に、固まった。

「なぜ頭なのでしょう?」

 テーブルの上には、猪に似た魔物であるヤマイノブタの頭が鎮座していた。もちろん、毛は毟られている。
 しっかりと煮込まれ、てらてらと艶光りしているヤマイノブタのつるつるしたお顔。
 じいっとにらみ合いながら、みりんと砂糖と醤油でしっかり味付けされているのだろうな、と、雪乃は現実逃避をしていた。
 この世界で醤油はまだ見ていないのだが。

 他のテーブルを見回すと、ハンドボールくらいの大きさをした魚の頭や、野球ボールくらいの目玉らしきものが、それぞれ皿に鎮座している。

「頭専門店?」

 ぽてりと、雪乃は幹を傾げた。
 雪乃たちの戸惑いをよそに、ぴー助は一匹でヤマイノブタの頭を一皿、むさぼるように食べていた。

「ぴー」

 ご満悦で嬉しそうに鳴いている。
 一方で、ノムルの表情は厳しくしかめられていた。足を組み、ぎろりとカイを睨みつける。

「もっと普通の店はなかったのかよ?」

 店の中だというのに、遠慮もなく声を荒げる。
 店員や周囲の客が、じろりと睨むように見ているが、気にする素振りは無い。

「ノムル殿には珍しいだろうが、これが一番美味い。どうしても食べたくないと言うのら、あとでキートバソを食べに行こう。あれも美味い」

 文句を言っているノムルは放っておいて、カイは添えられた小刀で切り分けていく。ナイフではない。小さな刀だった。
 小皿に盛られたてらてらと輝く肉が、ノムルの前にも差し出された。分解してしまえば、どの部位かは分からなくなる。
 不貞腐れたままのノムルだったが、渋々といった様子で、口へと運ぶ。口に入れた途端に、ノムルの動きが止まった。
 目の光が増し、頬が垂れていくのが分かる。

 ノムルが食べる姿を眺めていた雪乃も、きらりーんっと葉を輝かせて凝視する。
 じいっと、それはもうじいーっと、ノムルが咀嚼し、頬が緩み、目がとろんっと細まるのを、しっかりと観察していた。
 常人であれば、食べ辛いことこの上ない凝視っぷりだが、我が道を突き進むノムル・クラウには、なんてことはない。まったく気にせず食べる。

「ぷるんっとしているけど、口に入れると、とろっと溶けるようだよー。脂が乗っていて濃厚で、でも香辛料のお蔭か、後味はさっぱりしているねー。お肌がぷるぷるになりそう」
「ほほう。コラーゲン系ですか」
「クラーケン? 舌触りは似ているけど、全然違うよ。コリコリもしてないし、とろとろ濃厚で美味しいよー」

 雪乃は口ごもる。
 上手く聞き間違えてくれたようだが、うっかりあちらの世界にしかない言葉を使ってしまったようだ。
 それはともかく、文句を言っていたノムルだが、すっかり気に入ったようで、カイが切り分けてくれた肉を次々と口に入れていく。

「あ、こっちはコリコリしてる。砕ける食感が面白いね。中からじわーっと味が染み出てきて、ついつい摘まんじゃいそうだね」

 そんな感じで満足そうに食べていたノムルだったが、食事を終えると一転して、

「はっ。やっぱり狼の選ぶ飯なんて、大したことないな」

 と、カイに向かって悪態を吐いた。
 瞬時に、店の空気が凍りついた。

「ノムルさん、美味しそうに食べていたじゃないですか?」

 雪乃が注意するも、ノムルは認めない。

「それは違うよ、ユキノちゃん。おとーさんは、ユキノちゃんに食レポをしていただけだよ。こんな男なんて、絶対に認めないんだからな!」

 びしりとカイの鼻先に指を突きつけて、言い放った。
 目の前の指をちらりと見たカイは、面倒くさそうに息を吐くと、雪乃に視線を動かした。
 雪乃は不満げに頬葉を膨らませている。

「気にしなくていい」
「おいこら、無視するな」
「子を溺愛するあまり、他の大人が近寄ると威嚇する親は、俺の里でも珍しくないからな」

 どうやら親ばかノムルの行動は、獣人の中では許容範囲らしい。
 カイの台詞を聞いた店員や客たちは、納得したように怒気を静めて、仕事や食事に戻った。
 そんな騒動もありながら店から出ると、すでに日は暮れていた。一行は宿は取らずに、森で野宿する。

 もちろん、宿代を節約しているわけではない。
 雪乃は根を張るために、森で眠らなければならない。そしてノムルとぴー助は、雪乃の傍で眠りたがる。
 カイは宿に泊まってもよかったのだが、雪乃とノムルを放っておくのがそれぞれ違う理由で心配だったようで、一緒に野宿している。
 雪乃は申し訳なさそうにしたが、慣れているからと、カイは笑って雪乃の頭を撫でた。

 そして翌早朝、雪乃はカイと共に、港町に出た。寝坊助ノムルとぴー助は、森に置いたままだ。
 二種類の赤瓦を交互に葺いた平屋ろ、石垣で囲むという建築スタイルが、ルグ国の一般的な家らしい。
 どこか沖縄に似ているなと、雪乃はカイと手をつないで歩きながら眺める。

 ルグ国やヒイヅル国には冒険者ギルドがないため、移動手段は全て自分で用意しなければならない。
 狼獣人は健脚が自慢の種族なので、普段は自分の足で移動するそうだが、今回は雪乃もいるため、乗り物を借りることにした。
 そのために、雪乃とカイは一足先に出てきたのだが。

「きょ、巨大なダンゴ虫がいます」

 雪乃の眼前には、ワゴン車サイズのダンゴ虫が何匹も並んでいた。
 残念ながら、青や赤をした、複数の目は付いていない。触手も伸ばしてはこないそうだ。
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