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ヒイヅル編

303.ノムルとマンドラゴラたち

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「本当は直通の道を作ったほうが早いんだけどな。まだ騒ぎを起こすわけにはいかないし。つかお前ら、ちゃんとユキノちゃんへの報告は遮断してるんだろうな?」
「わー」

 もちろんとばかりに、マンドラゴラは跳ねて根を縦に振る。

「よし。ユキノちゃんは優しすぎるからな。こんな下らないやつらのために、傷付けさせる必要はない」
「「「わー!」」」

 マンドラゴラたちは首肯すると、店員を三階へと導く。しかし部屋へ入ろうとしたところで、問題が起きた。
 鍵が掛かっていたため、開かなかったのだ。

「あー、下っ端じゃ、持ってないのか」

 ノムルは空間魔法から細い針金を取り出すと、鍵穴に差し込む。

「なんでルモンでこんな古臭い鍵を使ってるんだよ」

 文句を言いながらも、三秒足らずで開錠した。
 開いた扉の中に、店員と共に足を踏み入れる。扉を締めて鍵を掛けなおすと、店員の首筋に手刀を落として意識を刈り取った。
 続いて本棚に近付いたノムルとマンドラゴラたち。

「わー!」
「わー!」
「わー?」

 興奮気味に歓声を上げながら本棚に飛び移ったマンドラゴラたちだが、いざ本に触れようとすると、根を傾げた。

「ああ、どうやって開けたかは憶えてないわけね」
「わー……」
「わー……」
「わー……」

 申し訳なさそうに萎れるマンドラゴラたちを脇に寄せ、ノムルは取り出した杖を本棚の前で左から右へと動かす。
 本がカタカタと震え、青、赤、青、黄、青、紫と順に傾いてはすぐに戻る。最後に青の背表紙の本が、淡く光った。
 ノムルが光る本に触れると、本棚が動き出し通路が現れた。
 躊躇うことなく、ノムルは通路に足を踏み入れ、階段を下っていく。

 一階よりも更に下、地下と思われる場所に辿り着くと、最後の扉が待ち受けていた。鍵となる言葉がなければ開かないはずの扉はしかし、ノムルが杖の柄で触れれば、すぐに開いた。

「わー?」
「わー!」
「わー!」

 先に来ていたマンドラゴラたちが、車代わりの店員から飛び降り、ノムルのドレスによじ登る。

「はっ? なぜ俺はぶっ?!」

 マンドラゴラたちが興味を失ったことで覚醒しかけた店員を、ノムルは容赦なく殴り、即効で地面に沈めた。
 ……訂正しよう。容赦はした。彼が本気になれば、体に穴が開いていただろうことを考えると、目を覆うような激しい損傷は無かったのだから。

「よう、生きてるかー? 生きてるよな?」

 呻き声に向かって、ノムルは声を掛ける。仄かな灯りは点いているが、暗い地下だ。
 ノムルは杖を一撫ですると、明るい光りの玉を宙に浮かべた。部屋の中が隅々まで明らかとなる。

 薄汚れたレンガ造りの部屋には、黒いシミが飛び散っている。
 大人が沐浴できそうな大きな木桶が置かれていたが、横たわれるほどの大きさはない。精々座って浸かれるほどの、小さな風呂桶ほどのサイズだ。
 その中に、目的の人魚はいた。

 狭い木桶の中で、それでも必死に奥へと体を貼り付けて、逃れようとしている。痩せ細った十代前半に見える、少年人魚だった。
 ノムルの目がわずかに細まる。
 首についた金属の首輪と鎖、背に刻まれた奴隷紋、体中に走る緋色の線。
 その姿に、かつての幼い自身の姿が重なる。

 瞼を落とし、ノムルはゆっくりと息を吐く。
 足元から這い上がってくる黒いタールのような憎悪に飲み込まれないよう、心に湧き出る感情を、一つ一つ消していく。

「わー?」

 心配そうに、マンドラゴラがノムルの顔を覗きこんだ。

「ユキノちゃんには、人魚を見つけたから連れて戻るとだけ伝えろ。余計な事は伝えるな。この部屋のことも、こいつの状態も」
「わー」

 マンドラゴラも察したようで、しっかりと頷いた。
 瞳から光を消したノムルは、人魚へと近付く。

「う、うう……。来ないで。もう、やめて……」

 涙を流し、許しを請う人魚に、ノムルの足が止まる。それでもゆっくりと息を吐き出すと、雪乃から預かってきたツワキフの葉を胸の谷間から出し、熱を加える。
 ノムルが治癒魔法を使えば一瞬で治せるのだが、彼の魔法は時折暴走する。念のため、雪乃から薬草を預かってきたのだ。

 ノムルは杖を撫でて、人魚を桶から床へと移す。
 逃げようと腕で地面を這う人魚の前に立ちふさがると、ノムルはツワキフの葉を差し出した。

「安心しろ。うちの可愛い娘に頼まれて、助けに来てやっただけだ。薬だ。傷に貼れ」

 人魚の少年は、差し出されたツワキフの葉とノムルを、交互に見る。
 目を閉じて深く息を吐き出したノムルは、人魚の少年を落ち着かせるため、苦々しく言い足す。

「狼獣人のカイとかいうやつも一緒だ」 

 その言葉で、ようやく人魚の少年は表情を微かに緩め、ツワキフの葉を受け取った。
 無理矢理に鱗を剥がれ、肉までえぐれていた尾に、鱗の変わりに葉が並んでいく。マンドラゴラたちも手伝い、少年の体に葉を貼っていく。
 全身が緑色になったところで、ノムルは体力回復効果のあるアエロの葉を人魚の少年の口に突っ込んだ。

「ほら食え。ユキノちゃん印の回復薬だ。感謝しろよ?」
「うっ」

 アエロ草の苦さに人魚の目から涙がこぼれ、虹色の真珠になった。ノムルは何も言わず、真珠を回収する。

「凄い。痛くなくなった」

 薬草が効いたようで、人魚の傷は癒え、体力も回復したようだ。

「捕まってるのはお前だけか?」

 ノムルの問い掛けにも、今度は素直に頷いた。
 どうやら傷を治し、体力も回復させたことで、信用されたようだ。

「じゃあ、このくそ居心地の悪い場所から、とっとと帰るぞ」

 と、ノムルが発した声を聞き、マンドラゴラたちは猛ダッシュでノムルのドレスにしがみ付いた。
 杖の柄を、ノムルの指先が弾く。

 ――ドゴオオオーーンッ!!

 と、砲弾が命中したかのような凄まじい音が響き、砂塵が舞う。

「わー」
「わー」
「わー!」

 暴風になびくマンドラゴラたち。毎度のことながら、人間なら絶叫どころか思考が停止しそうな状況でも楽しそうだ。
 現に、人魚の少年は目と口を開けたまま、呆然として壁に開いた穴を見つめている。
 穴の向こうからは、明るい日の光が差し込んでいた。ついでに人々の叫び声やら悲鳴やら足音やら怒声やら、色々と聞こえてくる。

「さ、行くぞ」

 穴の中へと進み出すノムル。追いかけようと、人魚の少年はほふく前進で進む。
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