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ルモン大帝国編2
289.もしかして、アレか?
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「いやいや、日当たりが悪いからなー」
「それだけですか? 本当に? ローズマリナ様のお店を開くんですから、正直に答えてください」
ずいずいと距離を縮めて、ナルツはルッツに迫る。
「もしかして、アレか?」
何か思い出したのか、フレックが声を上げた。視線が彼へと移る。
「女の子たちが噂してたんだよ。なんかギルドの近くで、幽霊が出る空き地があるって」
フレックに向かっていた視線が、引き潮のように引いていき、寄せて返す波のようにルッツを襲った。
「本当なんですか? ギルドマスター?」
「幽霊なんているわけないだろう? アンデット系の魔物が、こんな街中に現れるわけないじゃないか」
わざとらしい空笑いを上げるルッツを、ナルツは尖った目で睨みつけ、ローズマリナは顔色を悪くしている。
「幽霊さんですか? とりあえず、御酒でも撒いておきますか?」
険悪な空気の中に生じた長閑な声に、騒いでいた大人たちは静まり返って下を向く。視線の先には、まったく動じていない様子の小さな子供がいた。
「雪乃ちゃん? 平気なの?」
「何がでしょう?」
驚いたように眉を跳ねたムダイに問われて、雪乃はぽてりと幹を傾げる。
「いや、怖くないの?」
呆れを含んだ力ない声に、雪乃はうーんと考える。
「そうは仰られましても、毎日どれだけの人がお亡くなりになっていると思っているのですか? しかも幽霊さんの中には、数百年も存在する方もおられるそうですよ? 見えないだけで、そこら中にうじゃうじゃいるのではないですか? 気にするだけ無駄ですよ」
「うじゃうじゃ……」
正論のようであるが何かが間違っている発言に、揃って目から力が抜けていく。
「やっぱり樹人と人間は、考え方が違うのかな?」
フレックから小さな声がこぼれ落ちた。
「じゅじん? 何のことだ?」
聞き逃さなかったルッツが、眉をひそめて怪訝そうに問う。
雪乃たちから血の気が引いた。
彼は魔物討伐を中心に担う、冒険者ギルドのギルドマスターである。雪乃の正体が魔物であると知れば、どのような対応を取るか分からない。
下手をすれば討伐、よくても今まで通りにはいかないだろう。
そしてそうなれば……と考えたところで、ナルツたちは身震いして総毛立つ。
ネーデルどころか、ルモン大帝国ごと滅びかねない。いや、世界ごとだろうか?
「ぃ、嫌ですわ、フレック様。ユキノちゃんのお耳は飾りで、本物の獣人ではありませんのよ?」
全力で、ローズマリナは誤魔化しに掛かった。おほほほほほと、彼女らしくない淑女の笑いを披露する。
今の雪乃はにゃんこ雪乃だ。樹人と獣人の発音が似通っていることを、巧く利用したようだ。
「そうなんですか? よくできてますね。でもユキノちゃんなら、本物の獣人でも可愛いと思うよ?」
フレックもローズマリナが作った波に乗る。
続いて口を動かしたのは、嘘の吐けないナルツだった。
慌ててフレックは、ナルツの口を塞ごうとしたのだが、途中からのろけに変わったので様子見することにした。その結果、
「さすがはローズマリナ様です。ローブもこんなに可愛くなるんですね。皇太子様も夢中になっておられましたし」
「皇太子様が? え? 猫耳に?」
と、自国の次期皇帝の、知りたくなかった嗜好を知ってしまったのだったが。
雪乃とフレックを訝しげに見ていたルッツも、皇太子様の趣味に驚いて、すっかり樹人の件は頭から抜け落ちたようなので、ファインプレーと褒めるべきか。
「で、本当のところはどうなんですか? 幽霊が出たんですか?」
ムダイが荒波を強行突破して話題を戻す。
言い辛そうにしていたルッツだが、諦めたように息を吐いた。
「そういう噂もある。ネーデルの駅で、誰もいないのに隣を向いて話しかけている客を見た駅員が、気味悪がって冒険者ギルドに助けを求めてきたのが最初だな。ギルドに連れ帰って話を聞くと、子供の声が聞こえたあと、女性が声を掛けて来たそうだ。子供も女も、どこにもいなかったが」
思っていた以上にホラーな内容だった。雪乃たちは言葉を失い目を見合わせる。
火の玉や幽霊を目にするだけならともかく、取り憑かれているようだ。せっかく良い場所を紹介してもらっても、これでは店を開くことは躊躇われる。
「ここにいるのは俺ですから、ローズマリナさんがここがよければ、俺は構いませんよ?」
そう言ったフレックだが、表情はわずかだが強張っていた。
「それって、いつからですか?」
怖々としながらも、好奇心を抑えられず雪乃は問うた。
「そうだな。飛竜騒動の二ヶ月ほど後からだったかな。ここ半月ほどは落ち着いているようだが」
空き地やフレックを迷う瞳で見ていたローズマリナは、決意したようにルッツを見る。
「他に空き地はないでしょうか?」
やはり訳有りの土地は避けることにしたようだ。
ルッツは残念そうだが諦めたようで、苦く笑う。
「残念だが、この辺りはここだけだ。駅が近く利便性が良い。空き地どころか空家さえ、すぐに埋まってしまう」
この土地が数ヶ月も空き地のままだったのは、訳有りとなったからで、本当はすでに店が建っているはずだったらしい。
古い商店を壊したところで、怪奇現象が起きだしたという。
「以前住んでいたのは古物商の爺さんだったから、何か呪いのアイテムでも残ってたんじゃないかって説もあるな。一応、うちの魔法使いたちに探らせたが、それらしき痕跡は見つからなかった」
念のために確認したところ、そのお爺さんは娘夫婦の家に引っ越しただけで、元気に生きているそうだ。
縁がなかったということで、一行はその場を立ち去ろうと足を動かす。
後ろ髪を引かれるように振り返るローズマリナに、雪乃の胸がつきりと痛んだ。
「わー?」
ひょっこりと、ローズマリナのバッグから顔を出すマンドラゴラ。
「心配してくれているの? ありがとう。でも人に見つかると大変だから、もう少しの間、隠れていてね」
ローズマリナは優しく声を掛け、マンドラゴラの葉を撫でる。
「わー……」
なぜか萎れるマンドラゴラ。意を決したようにバッグから飛び出て、雪乃のローブに飛び移った。
「素晴らしい跳躍力です」
冷静に感嘆する雪乃のローブを、マンドラゴラは上っていく。雪乃のフードに潜り込むと、葉と葉を合わせた。
マンドラゴラからのメッセージを聞いた雪乃は崩れ落ち、その場に幹と枝を突いて四つん這いの姿勢になった。
「それだけですか? 本当に? ローズマリナ様のお店を開くんですから、正直に答えてください」
ずいずいと距離を縮めて、ナルツはルッツに迫る。
「もしかして、アレか?」
何か思い出したのか、フレックが声を上げた。視線が彼へと移る。
「女の子たちが噂してたんだよ。なんかギルドの近くで、幽霊が出る空き地があるって」
フレックに向かっていた視線が、引き潮のように引いていき、寄せて返す波のようにルッツを襲った。
「本当なんですか? ギルドマスター?」
「幽霊なんているわけないだろう? アンデット系の魔物が、こんな街中に現れるわけないじゃないか」
わざとらしい空笑いを上げるルッツを、ナルツは尖った目で睨みつけ、ローズマリナは顔色を悪くしている。
「幽霊さんですか? とりあえず、御酒でも撒いておきますか?」
険悪な空気の中に生じた長閑な声に、騒いでいた大人たちは静まり返って下を向く。視線の先には、まったく動じていない様子の小さな子供がいた。
「雪乃ちゃん? 平気なの?」
「何がでしょう?」
驚いたように眉を跳ねたムダイに問われて、雪乃はぽてりと幹を傾げる。
「いや、怖くないの?」
呆れを含んだ力ない声に、雪乃はうーんと考える。
「そうは仰られましても、毎日どれだけの人がお亡くなりになっていると思っているのですか? しかも幽霊さんの中には、数百年も存在する方もおられるそうですよ? 見えないだけで、そこら中にうじゃうじゃいるのではないですか? 気にするだけ無駄ですよ」
「うじゃうじゃ……」
正論のようであるが何かが間違っている発言に、揃って目から力が抜けていく。
「やっぱり樹人と人間は、考え方が違うのかな?」
フレックから小さな声がこぼれ落ちた。
「じゅじん? 何のことだ?」
聞き逃さなかったルッツが、眉をひそめて怪訝そうに問う。
雪乃たちから血の気が引いた。
彼は魔物討伐を中心に担う、冒険者ギルドのギルドマスターである。雪乃の正体が魔物であると知れば、どのような対応を取るか分からない。
下手をすれば討伐、よくても今まで通りにはいかないだろう。
そしてそうなれば……と考えたところで、ナルツたちは身震いして総毛立つ。
ネーデルどころか、ルモン大帝国ごと滅びかねない。いや、世界ごとだろうか?
「ぃ、嫌ですわ、フレック様。ユキノちゃんのお耳は飾りで、本物の獣人ではありませんのよ?」
全力で、ローズマリナは誤魔化しに掛かった。おほほほほほと、彼女らしくない淑女の笑いを披露する。
今の雪乃はにゃんこ雪乃だ。樹人と獣人の発音が似通っていることを、巧く利用したようだ。
「そうなんですか? よくできてますね。でもユキノちゃんなら、本物の獣人でも可愛いと思うよ?」
フレックもローズマリナが作った波に乗る。
続いて口を動かしたのは、嘘の吐けないナルツだった。
慌ててフレックは、ナルツの口を塞ごうとしたのだが、途中からのろけに変わったので様子見することにした。その結果、
「さすがはローズマリナ様です。ローブもこんなに可愛くなるんですね。皇太子様も夢中になっておられましたし」
「皇太子様が? え? 猫耳に?」
と、自国の次期皇帝の、知りたくなかった嗜好を知ってしまったのだったが。
雪乃とフレックを訝しげに見ていたルッツも、皇太子様の趣味に驚いて、すっかり樹人の件は頭から抜け落ちたようなので、ファインプレーと褒めるべきか。
「で、本当のところはどうなんですか? 幽霊が出たんですか?」
ムダイが荒波を強行突破して話題を戻す。
言い辛そうにしていたルッツだが、諦めたように息を吐いた。
「そういう噂もある。ネーデルの駅で、誰もいないのに隣を向いて話しかけている客を見た駅員が、気味悪がって冒険者ギルドに助けを求めてきたのが最初だな。ギルドに連れ帰って話を聞くと、子供の声が聞こえたあと、女性が声を掛けて来たそうだ。子供も女も、どこにもいなかったが」
思っていた以上にホラーな内容だった。雪乃たちは言葉を失い目を見合わせる。
火の玉や幽霊を目にするだけならともかく、取り憑かれているようだ。せっかく良い場所を紹介してもらっても、これでは店を開くことは躊躇われる。
「ここにいるのは俺ですから、ローズマリナさんがここがよければ、俺は構いませんよ?」
そう言ったフレックだが、表情はわずかだが強張っていた。
「それって、いつからですか?」
怖々としながらも、好奇心を抑えられず雪乃は問うた。
「そうだな。飛竜騒動の二ヶ月ほど後からだったかな。ここ半月ほどは落ち着いているようだが」
空き地やフレックを迷う瞳で見ていたローズマリナは、決意したようにルッツを見る。
「他に空き地はないでしょうか?」
やはり訳有りの土地は避けることにしたようだ。
ルッツは残念そうだが諦めたようで、苦く笑う。
「残念だが、この辺りはここだけだ。駅が近く利便性が良い。空き地どころか空家さえ、すぐに埋まってしまう」
この土地が数ヶ月も空き地のままだったのは、訳有りとなったからで、本当はすでに店が建っているはずだったらしい。
古い商店を壊したところで、怪奇現象が起きだしたという。
「以前住んでいたのは古物商の爺さんだったから、何か呪いのアイテムでも残ってたんじゃないかって説もあるな。一応、うちの魔法使いたちに探らせたが、それらしき痕跡は見つからなかった」
念のために確認したところ、そのお爺さんは娘夫婦の家に引っ越しただけで、元気に生きているそうだ。
縁がなかったということで、一行はその場を立ち去ろうと足を動かす。
後ろ髪を引かれるように振り返るローズマリナに、雪乃の胸がつきりと痛んだ。
「わー?」
ひょっこりと、ローズマリナのバッグから顔を出すマンドラゴラ。
「心配してくれているの? ありがとう。でも人に見つかると大変だから、もう少しの間、隠れていてね」
ローズマリナは優しく声を掛け、マンドラゴラの葉を撫でる。
「わー……」
なぜか萎れるマンドラゴラ。意を決したようにバッグから飛び出て、雪乃のローブに飛び移った。
「素晴らしい跳躍力です」
冷静に感嘆する雪乃のローブを、マンドラゴラは上っていく。雪乃のフードに潜り込むと、葉と葉を合わせた。
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