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ルモン大帝国編2

286.勝利丼とは

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 フレックは腕の先で車を操作する。しばらくすると街中へ出て、冒険者ギルドの前で停車した。

「俺は車を停めて来るから、先に入って注文しといて。勝利丼で」
「分かった」

 雪乃たちを下ろすと、フレックは車に乗って遠ざかっていった。
 
「勝利丼とは、やはりカツ丼でしょうか?」
「ちょっと違うけど似てるかな。この世界って油が希少だから、揚げ物は少ないんだよね」

 肉や油物をがっつり食べたいのであろうムダイは、残念そうに顔を渋くした。

「油でしたら、ムツゴロー湿原で採れますよ? ヒマワリのような黄色い花びらを持つ、大きな蜂の巣のような魔植物から発射された弾に、たくさん詰まっていました。着弾すると油が飛び散って危険なので、ノムルさんは空中でキャッチして回収していました」

 タナヒアオイという魔植物なのだが、薬草の魔植物化は危険だと理解した雪乃は、具体的な植物名は避けた。
 それにしても、下手をしたら森ごと焼失してしまう自爆攻撃である。湿原とはいえ、森に存在してよい魔植物ではないだろう。
 自然の摂理から外れてしまったような魔植物たちを思い、雪乃はふむうっと幹を傾げる。

「ムツゴロー湿原の奥は、冒険者でも中々入らないからね。詳しい情報を伝えれば、ギルドマスターが喜ぶと思うよ?」

 ナルツが感心している一方で、ムダイは沈痛な面持ちで影を背負っている。

「魔植物って、アレだよね? 僕には無理だよ」

 冒険者ギルド本部で巻き起こされた、魔ムッセリー騒動は、戦闘狂の心にも暗い影を落としたようだ。
 そんな話をしながら、一行はギルドの扉を潜る。
 居合わせた冒険者たちの視線が集まり、ムダイに頬を盛り上がらせた直後、警戒を顕わに身構えた。

「大丈夫。今日はノムルさんはいないから」

 困ったように笑いながら、ムダイは軽く手を上げて安全を示す。とたんに、冒険者たちはほうっと息を吐き出した。
 雪乃は引きつった苦笑をこぼす。

 ナルツはローズマリナと雪乃に一声かけると、カウンターで職員と短いやり取りを交わして、すぐに戻ってきた。
 しばらくして、奥の階段からギルドマスターのルッツが下りてきた。
 警戒気味に下りてきた彼は、雪乃たちの姿が見えるところまで来ると、足を止める。それからじいっと観察するように視線をゆっくり動かして、安堵の息を吐いた。

「今日はいないんだな」

 誰が、とは言わなかったが、誰のことかは、その場にいる全員が理解している。
 ご機嫌な笑顔を振りまくルッツに、雪乃たちは返す言葉もなく苦く笑んだ。

「少し相談したいことがありまして」
「ああ、待っていた。ムダイがいるということは、ナルツの婚約者を連れて帰ったのだろう? 昨日は挨拶できなかったからな。女神様を早く紹介してくれ」

 鼻の下を伸ばし、目元をへの字ににやけさせて、ルッツはナルツを急かした。
 その言葉に、女性冒険者たちと一部の男性冒険者から悲鳴が上がり、一部を除く男性冒険者からは歓声や口笛が発せられた。
 ローズマリナは耳まで真っ赤に染めて、俯いている。

「もちろんです。こちらが俺の想い人、ローズマリナ様です」
「ローズマリナです。これからこの国でお世話になりますので、よろしくお願いいたします」

 顔を赤く染めながらも、ローズマリナは微笑んで礼を取る。途端に、ギルドの中が静まり返った。
 凍りついた冒険者やギルド職員たちは、時間と共に解凍されていったが、困惑するように互いに目配せするばかりで、誰も声を発しない。

 ローズマリナの笑顔が、次第に強張っていく。それでも彼女が取り乱すことはない。
 雪乃とムダイは、冒険者たちに対する不快感と、ローズマリナを心配する感情が込み上げてくるが、ナルツだけは不思議そうに見回すと、

「どうかしたのか? ああ、ローズマリナ様が美しすぎて、言葉が出ないのか。気持ちはよく分かるよ」

 と、爽やかな笑顔で惚気てみせた。
 ちらちらとローズマリナに向けられていた視線は、一気にナルツに吸い寄せられた。

「なんだか納得した」
「そうだな。ナルツさんが女になびかないわけだ」
「私の努力は逆だったのね」

 失礼な言葉が聞こえてきて、雪乃はむっと頬葉を膨らませる。

「ローズマリナさんは素敵な女性ですよ。皆さん、目が節穴です」
「確かに、理想のお嫁さんだよね」

 共に旅をして、ローズマリナという女性をしっかりと理解したムダイも、雪乃に賛同した。
 外見は、一般的な美人という枠からは外れているかもしれないが、とても美しい心を持つ、優しい女性だ。その上、料理も手芸もプロ級の腕を持つ。

 雪乃とムダイの会話を聞いた冒険者たちは、更に驚愕していた。顎が落ちかけている者もいる。

「ムダイ様まで?」
「女と男では、女性の趣味は違うって聞いてたけど。私ももっと鍛えたほうが良いのかしら?」
「私にもチャンスね!」

 女性達が悲壮な声を漏らす中で、所々に嬉々として獲物を狙う、ライオンのように目を輝かす女性冒険者が混じっていた。
 ムダイとナルツは背筋に走った悪寒に、ぶるりと身震いする。

「あれ? まだそこにいたの?」

 からりと音を立ててギルドに入ってきたフレックは、未だロビーに立ったままの雪乃たちを見て、眉を跳ねた。次いで屋内の空気を感じ取り、

「ん?」

 と、困惑に笑顔を強張らせたのだった。


 とりあえず雪乃たちは階段を上り、二階にある食堂へ向かった。
 食堂には長いテーブルが幾つも並び、両側に背もたれの無い椅子がぎっしり置かれている。快適さよりも収容人数を重視している造りだった。
 昼時ということもあって混雑していた食堂は、すでに椅子のほとんどが埋まっている。中には冒険者らしからぬ容姿の者もいた。
 老人達が座っている一角を、雪乃は思わず二度見してしまった。

「あの方々も、冒険者なのでしょうか?」

 雪乃の視線の先を見たフレックが、苦笑を浮かべる。

「ここは冒険者以外にも開放されているんだ。冒険者達が獲ってきた食材なんかは、他の店より安く提供されているから、評判もいいんだよ。ただ」

 と、言葉を切ると、周囲を見回した。
 七割以上が筋骨隆々のマッチョさんや、顔や体に傷を負う強面の男達だ。女性冒険者たちの姿も見えるが、一般人達がこの中に入るのは勇気がいるだろう。

「昼時に利用するのは、世間をよく知り外見で人を判断することのない、人生の先輩方くらいだね」
「なるほど」

 雪乃も納得して頷いた。
 冒険者だらけの食堂もそうだが、一階のロビーを抜けるのも、一般人には勇気が必要だろう。
 雪乃自身も、一人だったら利用できる自信はまったくなかった。
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