上 下
250 / 402
ルモン大帝国編2

285.例の女の件で

しおりを挟む
 城から出ると、フレックの運転する車が待っていた。

「待たせたか?」
「いや、時間通り。城は分刻みで動いてるから、無駄がなくていいな。戻りたくはないけど」

 堅苦しい生活を嫌うフレックは、城を見上げながら苦く笑う。
 雪乃はじいっとフレックを見つめていたかと思うと、ぺこりと幹を曲げた。

「ごめんなさい」

 突然の謝罪に、フレックは目を丸くして瞬く。

「え? 何に対して?」

 困惑した様子のフレックに、雪乃は話して良いものかと幹を捻った。理由を察したローズマリナたちは、顔を見あわせる。
 事情を最もよく知り、フレックとも親しいナルツが、おもむろに口を開いた。

「例の女の件で、フレックの過去のこととかを知ってしまったんだ」
「申し訳ありませんでした」

 雪乃は改めて頭を下げる。

「僕も同罪だ。ごめんよ、フレック」

 ムダイも謝罪した。
 二人の対応に、フレックのほうが慌てふためく。

「気にしなくていいから。この国の貴族の間では、有名な話だから」

 急いで二人に頭を上げさせるフレックは、少し恥ずかしそうな困った顔をしているが、嫌悪感や傷付いた様子は見受けられない。
 雪乃はほっと胸を撫で下ろした。

「馬鹿だよね。甘い言葉に惑わされて、まんまと踊らされて。俺だけじゃなく、大勢の人を巻き込んで」

 自嘲するように、ぽつり、ぽつりとフレックは語り出した。

「俺の悩みに気付いてさ、背中を押してくれたんだ。俺はその娘に夢中になった。夢中になって彼女の言うことを真に受けて、アークヤー家の令嬢とパトを、冤罪で断罪しようとしたんだよ」

 耐えかねたのか、フレックはまぶたを閉じた。長いまつげが苦しげに震える。
 雪乃たちは静かに彼の気持ちが落ち着くのを待った。
 自らを嘲笑うように、フレックは声を出さずに白い歯を見せ、目尻に皺を寄せる。

「ナルツが気付いてくれなけりゃ、俺は一人の令嬢の人生と、仲間になるはずの男の命を、奪うところだったんだよ。許されるはずがない。この体だって、当然の報いさ」

 何か言葉をかけようとした雪乃だが、第三者である雪乃が何かを言ったところで、フレックに気を使わせるだけだろうと思い、言葉を紡げなかった。

「あら、相変わらずお馬鹿ね」

 この場にいないはずの人物の声に、一斉に振り向き視線が集まる。そこにいたのは、皇太子妃フランソワだった。

「パトから聞いているわ。あなたのお蔭で、パトも騎士ナルツも無事だったのでしょう? ならばあなたはパトの命を奪いかけたけれど、救ったことにもなるわ。それで帳消しで良いのではなくて?」

 飛竜討伐に出向いたナルツたちは、地元冒険者たちの裏切りに遭った。
 フレックが飛び出して飛竜の咆哮を逸らしたことにより、他のメンバーは直撃を免れ、致命傷に至らなかったのだ。
 その代償として、彼は命を落としかけ、手足を失った。

「それに私のこともそう。たしかにあなたのせいで、人生を棒に振りかけたわ。でもあのまま予定通り婚姻していたと考えると、ぞっとするわ。あんな間抜けで傲慢で、尻拭いばかりしなければならない上に、容易く浮気までするような男の面倒を、一生見なければならなかったのよ? 最悪の人生だったでしょうね」

 吊り気味の眦できつく睨みつけるフランソワは、フレックを気遣う内容のはずなのに、なぜか上から目線で傲慢に言い放つ。
 フレックは思わず視線を逸らす。
 雪乃たちも、そっと斜め下を見た。自分たちは関係ないはずなのだが、一緒に責められているような錯覚を感じた。
 ふっと息を漏らしたフランソワは、口元を緩める。

「私もパトも、幸せに生きているわ。あなたはいつまで過去に縛り付けられているつもり? フレック。あなたがそんな状態では、騎士ナルツだって前に進めないじゃない。人の幸せを邪魔するくらいなら、消えなさい!」

 優しい言葉は、最後は辛らつな言葉で締めくくられた。
 何事もなかったかのようにくるりと踵を返し、皇太子妃フランソワは、城の中へと消えていった。


 気まずい雰囲気を漂わせている雪乃たちが、すごすごと乗り込んだ車は、城から遠ざかっていく。

「それで、予定通りでいいか? それとも……」

 気を取り直してナルツに確認していたフレックの視線が、心配そうに雪乃に向かう。

「マンドラゴラからの連絡はありませんので、特に問題は起きていないと思います。まだ寝ているのでしょうか?」
「さすがに目は覚めてるでしょう?」

 アークヤー公爵邸に残してきた、ノムルのことだと察した雪乃は答えたのだが、ムダイからツッコミが入った。
 起きている間は問題を起こすと思い込まれているノムルに、人間たちはわずかばかりの同情を抱くと同時に、それも仕方無しと納得した。

「せっかくだし、少し街でも案内してもらったら?」
「そうですね。前回はまったく記憶にありませんし、ローズマリナさんのお店をどうするかも、決めなければなりませんから」

 勧めるムダイに、雪乃はぼんやり答える。
 以前ネーデルを訪れた際、雪乃は栄養のある土や水を摂取できず、体調を崩して動けなくなったのだ。ノムルの氷魔法のとばっちりを受けて、冬眠したり開花してしまったのも原因だろうが。

「店?」

 ナルツとフレックが、不思議そうにローズマリナを見た。
 公爵令嬢であるローズマリナと店というイメージは、一致しなかったのだろう。

「ゴリン国では冒険者の女性向けに、お店を開いていましたの。閉じるつもりでしたけれど、ノムル様がお店ごと運んでくださって。どこか良い土地をご存知ないかしら?」
「は? 店ごと? って、どういうこと?」

 おかしな台詞が出てきたと、フレックとナルツは驚愕の目を向ける。

「私も驚いたのですけれども、ノムル様は家ごと空間魔法に収納できるようなの。お蔭で旅の間も野宿することなく、我が家で眠らせていただいたわ」
「おかしいだろう? いや、あの人だったらありなのか?」

 フレックは首をフクロウ並みにぐるりと捻り、ナルツは口を半開きに開けている。ローズマリナは困ったように、微笑みを貼り付けていた。
 旅の間に慣れてしまった彼女だが、ノムルの魔法が異常であることは理解している。

「冒険者向けの店なら、ギルドマスターに聞いてみればいいんじゃないかな? 昼食は料亭でもと思っていたけど、ギルドの食堂でよければ、今から行ってみるかい?」
「お願いできるかしら?」

 店のことは、ネーデルの冒険者ギルドのマスターであるルッツに、丸投げするようだ。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

神の種《レイズアレイク》 〜 剣聖と5人の超人 〜

南祥太郎
ファンタジー
生まれながらに2つの特性を備え、幼少の頃に出会った「神さま」から2つの能力を授かり、努力に努力を重ねて、剣と魔法の超絶技能『修羅剣技』を習得し、『剣聖』の称号を得た、ちょっと女好きな青年マッツ・オーウェン。 ランディア王国の守備隊長である彼は、片田舎のラシカ地区で起きた『モンスター発生』という小さな事件に取り組んでいた。 やがてその事件をきっかけに、彼を密かに慕う高位魔術師リディア・ベルネット、彼を公に慕う大弓使いアデリナ・ズーハーなどの仲間達と共に数多の国を旅する事になる。 ランディア国王直々の任務を遂行するため、個人、家族、集団、時には国家レベルの問題を解決し、更に心身共に強く成長していく。 何故か老化が止まった美女や美少年、東方の凄腕暗殺者達、未知のモンスター、伝説の魔神、そして全ての次元を超越する『超人』達と出会い、助け合い、戦い、笑い、そして、鼻の下を伸ばしながら ――― ※「小説家になろう」で掲載したものを全話加筆、修正、時々《おまけ》話を追加していきます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。