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ルモン大帝国編2

284.ノートに書かれていたのは

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 ノートに書かれていたのは、どうすればフレックたちを攻略できるかという、ゲーム感覚的な内容である。
 そこに心はなく、ただ物のようにフレックを誘導し、彼の心を奪っていく。そして目的を遂げれば、使い捨ての駒のように捨てるのだ。

「フレックは何も言わなかったけど、そんなに酷かったんだ」

 ソファから立ち上がったナルツは、ノートを拾うと、そっと優しく撫でた。それから不思議そうにしているローズマリナに、悲しそうに笑う。

「ユリア嬢は私と出会うために、フレックたちを利用したそうです」
「まあ、そんなことって……」

 想いを寄せている素振りを見せながら、本命は別にいるのだ。しかもその男達が友人とあればなおさらに、心の傷は深くなるだろう。
 ローズマリナは眉を下げながら、なぐさめるようにナルツの腕に手を添えた。

「勇者と魔王について書かれている部分だけでも、読んでくれないか?」

 アルフレッドから非情な命令が下るが、雪乃は頬葉を膨らませて顔を背ける。

「私はこれ以上、読みたくありません。ムダイさんに読んでもらってください。ムダイさんだって読めるんですから」

 カップル四人の視線がムダイに向かう。咎めるような険のある視線だ。

「確かに読めなくはないですけど、本当に読み辛いんですよ? 暗号を解読するような……はい、読みます。読ませていただきます」

 四人の圧力に負けて、ムダイはフレックのノートを受け取る。表紙を開くなり顔をしかめているが、彼の味方をするものはいなかった。
 フランソワにじとりと睨まれながら、ムダイは一文字一文字追っていく。

「残るはマグレーンか。読めるところだけで良いので、頼めないか? 嫌だと思ったら、そこで止めてくれていい」

 最後のノートを手に取ったアルフレッドは、雪乃の前に来て、膝を折った。目線を合わせ、丁寧に頼む。
 大国の皇太子が平民の子供に対する態度ではないが、人払いをしているこの場において、彼は雪乃に対して真摯な対応を取った。

 不貞腐れていた雪乃だったが、真っ直ぐに向けられたアルフレッドの瞳に渋々頷くと、マグレーンのノートを手に取った。
 表紙をめくる雪乃に小声で礼を述べると、アルフレッドは席に戻る。

 不満気に文字を追っていた雪乃だが、後半に差し掛かったところで手が止まる。走るようにページをめくると、再び戻り出した。
 今までに無かった行動に、暗号解読に集中するムダイを除く、四人の目が厳しくなる。
 静かに見守られる中、小さな樹人はぽつりと呟く。

「どういうことでしょう? マグレーンさんは実は、ノムルさんよりお年?」

 予想とは大きく異なる発言に、注目していた四人の顔が、面白いほど歪んだ。困惑が、ありありと眉間の皺に現れている。

「ノムルさんの方が、間違いなく年上だと思うよ?」

 戸惑いながらも、ナルツが答えた。

「では、この騒動が起きたのは、マグレーンさんが幼児の頃?」

 ぽてりと幹を傾げる雪乃だが、聞いている四人のほうが意味が分からない。
 互いの顔を見合わせてアイコンタクトを取る。誰も理解できていないと確認するなり、雪乃へと顔を戻した。

「どうしてそう思った?」

 上ずりながらも、代表してアルフレッドが問う。

「だってこのノートには、マグレーンさんが男爵令嬢さんとアラージ国を解放して、魔法使いの王様になるって書かれているんです」
「「「「はあ?!」」」」

 四人の声が揃った。
 暗号解読に勤しんでいたムダイも、驚いて顔を上げる。

「待て。どういうことだ? 件の騒動が起こったときには、アラージ国はすでにラジン国だったぞ?」
「そもそもアラージ国が滅んだ時、私たちはまだ生まれていなかったのよ? ありえないわ」

 皇太子夫妻の言葉に、ナルツとローズマリナも、しっかりと頷いた。

「つまりノートの中では、ノムル・クラウ殿が存在していないということか?」
「もしくは暴走しなかったのでしょうか?」
「暴走?」

 何気なく発した雪乃の台詞に、アルフレッドが食いつく。

「ん?」

 言ってはいけないことだったのかと、雪乃はそうっと幹を回して顔を逸らす。

「アラージ国の崩壊は、ノムル・クラウ殿が中心となり、魔法使いたちが革命を起こしたのではないのか?」

 どうやら真実は、少し形を変えて世界に知らされていたようだ。
 雪乃は黙秘を貫く。これ以上、ノムルに迷惑を掛けるわけにはいかない。
 じいっと視線が刺さり続けるが、雪乃は答えない。

「まあいい。その話は置いておこう。ラジン国を敵に回す気は無いからな」

 嘆息するアルフレッドに、雪乃はほっと胸をなでおろす。

「しかし妙だな。このノートが書かれた頃には、すでにアラージ国は滅んでいたはずだ。未来が変化することは理解できるが、過去を誤るとは……。予知ではないのか?」

 雪乃とムダイは、逃げるようにノートに視線を戻す。
 予知ではなくゲーム知識なのだが、それを話し出すと二人にも疑いの目を向けられかねない。
 なんとか雪乃がノートを読み終わり、説明を終えたところで、扉が叩かれた。すでに時間は昼も近くなっていた。

「時間となったようだ。また呼び出すかもしれないから、その心積もりでいてくれ」

 立ち上がった皇太子夫妻に合わせて、雪乃たちも立ち上がる。ナルツとローズマリナに倣うように、雪乃とムダイも、礼を取って夫妻を見送った。



「じゃあ俺たちも行こうか?」

 皇太子夫妻が退室してから、ナルツに促がされるように、雪乃たちも部屋を出た。
 階段に着くと、雪乃は一段一段、慎重に飛び下りる。

「えいっ」

 今日はノムルもぴー助もカイもいないため、自力で下りていくのだ。

「とうっ」

 人間三人は眉間に指を添え、肩をぷるぷると震わせる。

「雪乃ちゃん、普通に下りれないの?」
「これが普通です。根……じゃなくて、足が短いから仕方ないんです」

 むっとムダイを振り返る雪乃だが、階段で気を散らしてはいけない。

「わわわっ?!」

 バランスを崩しかけた雪乃を、慌ててナルツが抱き上げた。

「面目もありません」
「まだ小さいんだから、遠慮しなくていいんだよ?」

 仄かに紅葉しながら萎れる雪乃に、ナルツは苦笑をこぼす。
 小さな雪乃を抱き抱えて階段を下りていくナルツを、ローズマリナは目尻を下げて微笑ましく眺めている。
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