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ルモン大帝国編2

283.そういえば、ララクールさんは

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「確認してみただけだよ。疑ってはいないって」
「当然です。ローズマリナさんが魔王だなんてありえません。だいたいこのドリルさん、ララクールさんを殺すんですよ? ローズマリナさんな訳ないじゃないですか」

 ローズマリナとララクールは、仲の良い親友同士だ。更にララクールに至っては、騎士として忠誠を誓うほど、ローズマリナに心酔していた。
 怒りに任せてぺしぺしと机を叩いた雪乃は、ふと思い出して幹を傾げる。

「そういえば、ララクールさんはどうしたのでしょう?」
「「あ」」

 共にルモンに向かう予定だったのに、ノムルの突発的な行動により、置いてきてしまったのだ。

「ご無事でしょうか?」

 男爵令嬢ユリアの予言によると、彼女は死んでしまうのだ。ナルツがローズマリナと結ばれた上に、すでにルモンにいる現状では、その可能性はなくなっているとも考えられなくもないが。

「後でギルドに行って、気をつけるように手紙を飛ばしてもらおう」
「そうね」
「ああ」

 皇太子夫妻を置いてけぼりにして、ゴリン関係者たちはララクールを守るため、話を進めていくのであった。
 そんな話をしているうちに、ローズマリナの気持ちも落ち着いたようだ。そっとナルツに寄り添っている。

「ちなみにこのノートによりますと、ナルツさんが勇者になるそうです」

 最後まで読み終えた雪乃は、そう締めくくった。
 全員の視線がナルツに向かう。驚きつつも納得しているような面々だが、ムダイだけは満面の笑みを咲かせて嬉しそうだ。

「そうか。頑張れよ、ナルツ。僕にできることなら、なんでも協力するから」

 きらりーんと白い歯を光らせて、爽やかな笑顔をナルツに向ける。
 勇者を逃れられそうだと悟った彼は、一寸の迷いもなく、ナルツに協力を表明したのだった。

「でもそれって、他の三人にも当てはまるのではないかしら? ユリアに魅了された男が魔王と戦うのでしょう? 一人脱落しているけれど」

 冷静に突っ込みを入れたのは、フランソワだった。頬に手を添えて、小首を傾げている。
 脱落したと言われたのはフレックだろう。手足を失った彼はもう、戦いの場に立つことは出来ない。

「やはり全部読んでもらったほうが良さそうだな。頼めるか?」
「ですが」
「気にしなくていいわ。あの三人は、私に文句は言えないから」

 断ろうした雪乃を、フランソワの笑顔が押さえ込む。笑顔なのにとっても怖い。目が笑っていないというレベルではなく、背後に舌を出したコブラが見えるようだ。
 雪乃はふるふると震えながら、ノートを一冊選ぶ。
 とりあえず罪悪感を減らすため、まだ見ぬ皇子様のノートを選んだ。

 レオンハルト皇子はメイン攻略者のようで、物語の始まりから終わりまでの流れが、ある程度書かれていた。
 雪乃は時に手を止めながら、『ファーストキッスはルモン味』の内容を理解していく。
 時折ちらりと顔を上げては、フランソワを見てすぐにノートに戻す。

「私のことも書いてあるのね?」
「えっと、はい。名前が少し違いますけど」
「『悪役令嬢』でしたかしら? 聞いているから遠慮なく話してくれていいわ。全てあの子の妄言で、私は一切関わりないから」

 迷うことなく言い切るフランソワに、雪乃は驚きながらも頷く。
 レオンハルト皇子を攻略する時はフランソワーズという令嬢が、悪役令嬢として立ちはだかり妨害してくるそうだ。おそらくこの令嬢がフランソワだと推察できた。
 内容は嫌がらせから暗殺未遂まで多岐にわたる。
 とりあえず必要なさそうな情報は飛ばしながら、雪乃は魔王や勇者に関係する部分を探す。

「ナルツさんや謎の死神さんを攻略しない場合は、皇子様が勇者になるみたいです。その時は、男爵令嬢さんが皇太子妃兼聖女になるそうですよ。それとナルツさんと出会うためには、皇子様とフレックさん、マグレーンさんの三人を攻略する必要があるそうです」

 ゲームだから許されることであって、現実でやろうとした男爵令嬢ユリアの精神を想像すると、雪乃は首を傾げざるを得ない。

「兄は剣も魔法も秀でていたからな。いざとなったら出陣できるよう、今以上に鍛錬に励ませておこう」

 皇族らしいというべきか、アルフレッドは兄だろうと利用できるものは利用するようだ。

「魔王の倒し方については、何か書いてないか?」
「書いてないですね。レオンハルト皇子が勇者になって魔王を倒し、世界を統一するそうです」

 沈黙が落ちた。

「今の発言は、他言無用で頼む。決して外に漏らさないようにしてくれ」

 顔から色を失ったアルフレッドが、鬼気迫る眼光で一同を見回す。
 物語やゲームのシナリオとしてはともかく、魔王復活の混乱に乗じて世界を統一するなど、現実ではとんでもない暴挙だ。
 そんな危険思想を大国の皇子が持っているなど、例え根拠の無い噂でも、各国に知られたら魔王が甦る前に世界を敵に回してしまうだろう。

「承知しました」

 全員が蒼白な顔で、重々しく一斉に頷いた。
 額を押さえ、沈痛な面持ちで項垂れるアルフレッドの背を、フランソワは労わるように優しく叩く。
 ローズマリナはソファから立ち上がり、冷めたお茶を淹れ直していった。

「他のノートも頼む」

 読み終えたレオンハルト皇子のノートを机に戻した雪乃に、アルフレッドから呻くように指示が出る。
 雪乃は頷きつつも、フレックとマグレーン、二人のノートで悩む。どちらも雪乃と関わりある人物だ。
 むうーっと唸った雪乃は、視界を閉じてノートを繰り、一冊を選ぶ。

「雪乃ちゃん、それ証拠品だから。大切に扱おうね」

 ムダイに注意され、雪乃は固まる。そうっとアルフレッドの顔色を窺うと、苦笑をこぼしていた。怒ってはいないようだと、雪乃はほっと胸を撫で下ろして、ノートを開く。
 選んだのは、フレックのノートだった。
 知人のプライベートを覗き込む居心地の悪さに、精神を削られつつも、雪乃はページをめくっていく。
 次第に視界が細くなり、感情が抜け落ちていった。そして、

「雪乃ちゃんっ?!」

 ぺしりと、床に向かってノートを叩きつけた。
 大人たちは驚愕を持って小さな子供を見つめる。

「ふんぬー! なんですか? これは! フレックさんを何だと思っているんですか? 不愉快です! 激怒です! ふんにゅー!」

 ノートを指差し、地団駄を踏みながら、雪乃は怒り狂う。
 内容を察したナルツと皇太子夫妻は、雪乃を申し訳なさそうに見た。事情を知らないローズマリナは、突然始まった雪乃の錯乱に、目を白黒している。

「まあ、現実になるとねえ」

 ゲームの知識が少しはあるムダイは、眉を寄せて首筋を掻いた。
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