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ルモン大帝国編2

282.アルフレッドは真っ白に

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「さっぱりです。特定に繋がりそうな情報は、『光のない死んだような目』『影がコイー』『大人の色気』『悲しみのドレイ』『死神なのにカマは持ってない。うーん、残念!』です。それと、出会える確立はとても低いらしいです」

 全員が額を抑えて俯いた。
 小さな樹人の言葉通り、さっぱり意味が分からない。
 こんなもののために、国でも有数の者たちを集めて解読させていたのかと、アルフレッドは真っ白になりそうな勢いだ。
 気の毒そうな視線が、アルフレッドに集う。

「ユキノちゃん、もし余力があるようなら、僕のを読んでもらっても良いかな?」

 救いの手を差し伸べるため、ナルツが自ら立候補した。

「よろしいのですか?」
「特に知られて困ることはないからね」

 頷いた雪乃は、ナルツのノートを読み解いていく。
 相変わらず酷い癖字で頭痛がしたが、先ほどよりはまともな文章だったので、分量は多いが早く読み終えることができた。文字にも慣れてきたのかもしれない。
 最後まで読み終えた雪乃は、幹を傾げる。そしてページを戻りだした。

「どうかしたのかい?」
「いえ、ちょっと気になったことが」

 ナルツの問い掛けに上の空で返した雪乃は、該当するページを見つけて、もう一度読み直す。

「ローズマリナさんって、公爵家のご令嬢ですよね?」
「ええ、そうよ?」
「えっと」

 と、雪乃は二人を見つめて言いよどむ。その視界に、青い双子石の指輪が映った。
 伝説とも言われる、真実の愛で結ばれたローズマリナとナルツだ。下らない予言などに惑わされることはないだろう。
 そう確信を持ち、雪乃はノートの内容を告げる。

「ナルツさんがゴリン国からルモン大帝国に移った理由が、ローズマリナさんから聞いていた話と違うようなのです」

 全員の視線が雪乃に集まった。
 何が書かれていたのかと、その内容に注目する。

「このノートによると、ナルツさんは伯爵家の令嬢と恋に落ち、身分違いの恋と嘲笑う別の令嬢に、恋人を殺されるそうです」

 大人たちは絶句した。糸で引かれるように、顔がナルツへと向かう。

「ありえません。私が愛したのは、ローズマリナ様だけです」
「わずかでも気になった女性は?」
「まったく」 

 視線が雪乃へと戻る。その全ての目に、困惑がありありとあふれている。

「ええっとですね、伯爵家の令嬢は騎士団に入っていまして、お二人が並ぶスチル? というのが、とても美しかったそうです。美形の男性同士が並んでいるようで、男性同士の恋愛話を好む女性たちから、絶大な支持を得ていたようですね。……『スチル』って何ですか?」

 雪乃はムダイを見る。
 ナルツが眉間に深いしわを刻み項垂れているが、他の男女も眉根を寄せて困惑していた。
 どうやらこの世界には、腐の文化は浸透していないようだ。日本でも好まない人はいるが。

「姿絵みたいなものかな。それよりそれって、もしかして……」
「なんでしょう?」

 ムダイに引き続き、ローズマリナも気付いたようで、息を飲む。

「まさか……」

 声を震わせるローズマリナの異変に気付き、慌てて顔を上げたナルツが彼女を支える。

「つまり、私がいなければ……。そんな」
「ローズマリナ様? 私が愛したのは、あなただけです」

 震えるローズマリナの肩を、ナルツは抱きしめる。ナルツは自分の相手となるはずだった女性に、気付いていないようだ。
 二人の絆は固く結ばれていると思っていた雪乃は、わたわたと慌て出す。自分のせいでローズマリナとナルツの絆にひびが入るなど、冗談ではない。

「気にしなくていいと思うよ? たぶん、そうなっていたとしても、ナルツとローズマリナさんのようにはなっていなかったと思うから」

 フォローを入れたのは、ムダイだった。二人の間を取り持つというよりも、本気でそう考えているようだ。

「ですけれども」
「ムダイさんは、相手が分かったんですか?」

 躊躇うローズマリナの声を遮って、ナルツが叫ぶように問うた。

「ああ、ララクールさんだろう?」

 さらりと答えられて、ナルツは目を見開いた。
 雪乃も驚いてムダイを見る。

「まさか?」

 雪乃とナルツの声が重なった。

「いやいや、美形の女性騎士なんて、彼女しかいないだろう?」

 呆れた声を出すムダイに、ナルツはわずかに不快感を示すように眉を寄せる。

「彼女は騎士団の仲間でした。そのような目で見たことなどありません」
「ララクールさんはナルツさんを、異性ではなく憧れの先輩として見ていました。違うと思います」

 雪乃も困惑しながらムダイに反論した。
 鈍感なのか鋭いのかわからない雪乃を、ムダイは残念そうに見つめる。

「たぶんナルツのことだから、他に好きな女の人ができなくて、気心の知れたララクールさんと付き合うことになったんじゃないかな? 周囲の騎士の勧めとかで。で、付き合った以上はきちんと対応しないとって考えそうだよね」

 ローズマリナを除く四人の視線がナルツでぶつかり、納得したように頷いた。彼の生真面目っぷりは、共通認識だったようだ。
 とはいえ、現実とは乖離しすぎている。

「だがなぜ、ローズマリナ嬢ではないんだ? ローズマリナ嬢らしき人物のことは書いてないのか?」

 思案顔のアルフレッドが、雪乃に問う。

「それが驚くことに無いんですよ。最初は公爵と伯爵を書き間違えていたのかと思って読んでいたんですけど、どうも違うみたいで。他に出てくる女性となると、この『ドリルの赤髪。美人だけど性格最悪。最強魔法使い。魔王になる』だけなんですよね」
「ドリル?」

 アルフレッドの眉間に皺が寄った。

「たぶん、縦ロールのことですね」

 答えたのはムダイだった。
 全員の視線が、今度はローズマリナに向かう。
 一致するのは髪の色だけだろう。性格は穏やかで優しく、顔に関しては好みは人それぞれということで。
 ちなみに彼女はツインテールで、ドリルではない。

「ローズマリナさんの魔力って、どのくらいなんです?」

 ムダイが確かめるように疑問を挟んだ。

「簡単な中級治癒魔法ならなんとか。ですが貴族の中では、それほど珍しいレベルでもないわ」
「魔力以前の問題ですよ」

 ぷくりと、雪乃は頬葉を膨らませるように逆立てて、ムダイに抗議する。なにせ彼女は、ローズマリナにすっかり懐いているのだから。
 ナルツも雪乃に賛同するように、強く頷いている。
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