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旅路編

255.手っ取り早いでしょう?

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「うん? 新しく魔法ギルドに登録するやつが、魔法ギルドに相応しいだけの力を持ってるか試すには、この方法が一番手っ取り早いでしょう?」

 なんでもないことのように、魔法ギルド総帥はさらりと言い放つ。
 要するに、登録するための検査などはなく、居合わせた魔法使いたちの総攻撃を受けて、生き残れば合格ということか。

「え? つまり、あの攻撃を受けたのは……」

 ようやく思考が戻ってきた雪乃の体から、サアーっと樹液が引いた。
 あれだけの攻撃を受けて無事でいられる存在など、ノムル以外に考えられなかった。

 あわあわと慌てて小さな門に駆け寄ろうとする雪乃だが、障壁が邪魔をして近付くことができない。

「カイさんっ!」

 雪乃は優しい狼獣人の名前を、叫ぶように呼ぶ。
 ノムルの攻撃を受けても生きているムダイならば無事かもしれないが、カイは普通の人だ。
 あの攻撃で、無傷とは思えなかった。最悪の事態さえ想像できる。

「ノムルさん、障壁を解除してください!」

 振り向いた雪乃は、ノムルに訴える。その隣で、ようやく脳が機能を再開したらしきローズマリナは、ふっと意識を失って倒れた。

「ローズマリナさん?!」

 カイの身も心配だが、雪乃はとっさにローズマリナに飛びついた。
 失神して倒れた場合、頭部を強く打つことが多い。魔力を流し、脳に異常が無いことを確かめる。

「大丈夫だよ、ユキノちゃん」

 不満そうにしかめた顔を横に向けたノムルは、顎をしゃくって門からラジン国に百メートルほど入った位置を指した。
 雪乃はバネ仕掛けのように振り返る。
 地面から円柱状の光が立ち上り、その中に左手と片膝を地面に突いたカイがいた。

 黒いローブはぼろぼろになり、血や火傷まみれになっているが、生きている。手足の欠損もなく、雪乃の魔力で治せる程度だ。
 ローブが破れたり燃えたりしている上半身は、ほとんど裸になっていだが、なぜかフード部分とズボンは残っており、獣人の姿をさらすことはなかった。

「余計な騒動は避けたいからね。狼の正体が露見しないように、フードとズボンにだけ、強化魔法を掛けておいてあげたよ。おとーさん偉いー?」

 ほめてーとばかりに雪乃に笑いかけるノムルだが、雪乃は怒りでふるふると震えていた。
 常識が通じないことは理解している。しかし限度というものがある。

「偉くありません! カイさんに何かあったら、どうするんですか?!」
「え? ユキノちゃん? 大丈夫だよ? あいつなら、このくらいじゃ死なないって」

 戸惑いに笑顔を消して、ノムルは雪乃を呆然と見つめる。
 立ち上がった雪乃はノムル近付くと、草色のローブを握り、額を寄せた。

「怪我をしたら痛いでしょう? 誰かを失ったら、心が切り裂かれるように痛くて辛いでしょう?」

 ノムルに悪意がなかったことを、雪乃は知っている。
 自分の体を平気で傷付けるノムルだ。他人の傷に対しても、何も感じられないのかもしれない。
 幼い頃から愛されることもなく、傷付けられ続けてきた彼は、痛みを感じる心を封じることで生き延びてきたのだろう。
 かつての雪乃と同じように。

「もっと自分のことも、他の人のことも、大切にしてください」

 雪乃はノムルから離れると、カイのほうへと向き直る。
 試練に耐えたカイは、重傷を負いながらも、攻撃してきた魔法使いたちから話しかけられ、治癒魔法を施されていた。
 だがこの場にいる魔法使いの治癒魔法では、深手までは癒しきれていない。

「ノムルさん、障壁を解いてください。カイさんの傷を癒してきます」
「あ、ああ」

 上の空で答えたノムルは、杖を指先で撫で、障壁を解除する。

「ローズマリナさんをお願いします」
「ああ」

 答えたノムルに振り返ることもなく、雪乃はカイの元へと急ぐ。

「カイさん!」

 駆け寄ってくる小さな樹人に、カイは笑みをこぼす。
 片膝を付いて身を屈めたカイの胸に、雪乃は飛び込んだ。

「すぐに治します」
「ありがとう。怖い目に合わせてしまったようだな。大丈夫だ」

 小さく震えながら、涙声になっている小さな樹人の頭や幹を、カイはなぐさめるように撫でる。
 雪乃は震える体を葉を食いしばって抑えると、治癒の魔法を発動させた。

「凄い」
「これだけの傷が一瞬で?」

 雪乃の魔法を目の辺りにした魔法使いたちは、驚嘆の声を漏らす。そしてノムルをちらちらと伺った。

「さすがノムル様の娘様」
「ああ。素晴らしい治癒魔法の使い手だ」

 カイの治療を終えるなり、再びしがみ付いて動けなくなっている雪乃を抱き上げて、カイはノムルのところに向かう。

「助かりました。ノムル殿の魔法がなければ、耳や尻尾が顕わになっていたでしょう」
「ああ」

 丁寧に頭を下げるカイに、ノムルは虚ろな様子で頷いた。
 二人の会話を狼の耳で聞いていたカイだが、何も問わずに門へと向き直る。
 次はムダイの番だ。


 国境の外では、カイが入ってから閉まっていた門が、再び開いた。
 白い歯を見せて笑みを浮かべたムダイは、右の拳を左の掌で握り、指を鳴らす。
 自信みなぎる赤い男は、泰然とした足取りで一つめの門を潜った。二メートル四方ほどの空間に進むと、入ってきた門が閉まる。

「ギルドカードを発行いたします。魔水晶に手をかざし、魔力を注入してください」

 右側の壁に開いていた穴には、透明な水晶球が設置されていた。
 女性の声に従って、ムダイは魔水晶に手をかざし、魔力を注ぐ。透明だった魔水晶は、赤く染まっていく。

「認識が終了しました。カードを発行します。カードを受け取ると、十秒後に扉が開きます。攻撃を防ぎ、町に設置されている魔法陣まで進んでください。負傷者が出ても罪に問われることはありませんので、ご安心ください」

 水晶の脇にある小さな穴から、銀色の小さな金属板が現れる。
 ムダイは迷うことなくカードを受け取ると、懐にしまう。そして、ラジン国側の門に体を向けた。
 両手を重ねて前方へと突き出す。

「さあってと、僕の本気を見せてあげましょう」

 口角をあげて、ムダイは不敵に笑う。
 ゆっくりと門が開き、隙間から日の光が差し込んできた。 

「先手必勝」

 扉が開くと同時に、ムダイは魔法を放った。突き出された掌から、炎をまとった巨大鳥が飛び立つ。
 赤い勇者は右の口角を、不敵に上げたのだった。
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