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旅路編

251.これが魔力

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「魔力の相性だけを考えれば、魔力の性質が似ているカイ君の方がいいかもしれないわね。だけど火属性は、攻撃型の魔法を得意とするわ。人の体に流すような繊細な使い方は、苦手な使い手が多いの」

 なるほど、と雪乃は納得する。
 攻撃時はもちろん、日常生活でも、火魔法は放って使うことが主体だ。薪に火を着けるにしても、小さな攻撃と変わらない。
 逆に光属性の治癒魔法は、怪我を治したりと、人の体に関与することを目的として使う。

 ここまで説明を聞いて、ムダイも納得したようだ。

「じゃあ、お願いできますか?」
「ええ、もちろんよ。両手を出してくれるかしら?」

 前に差し出されたムダイの手に、ローズマリナの手が重なる。二人は目を閉じて、掌に集中しだした。
 ローズマリナの魔力が流れ込むにつれて、ムダイの表情が和らいでいく。

「なるほど、これが魔力」
「そのまま動きを意識して追いかけてちょうだい。ムダイ様の魔力が、私の魔力に押されているのが分かるかしら?」

 目を閉じたまま、ムダイは動かない。

「あ、分かりました。温かく心地よい感覚の先に、熱いような感覚があります。これが俺の魔力ですね?」
「そうよ。もっとしっかり意識して、流れを掴んでちょうだい」
「はい」

 ローズマリナによる魔力操作の授業が続く。
 雪乃はじいっと静かにして、二人の様子を見続けていた。

「いつまでやってるのさ? 才能無いんだから諦めろよ。ユキノちゃん、おとーさんのお膝においでー」

 至高の魔法使いは飽きているらしい。
 杖を撫でて雪乃を浮かせると、自分の膝の上に乗せた。そして、

「ふぬぬぬぬー」

 いつもどおり、頬を摺り寄せようとして、枝で突っ張られていた。
 気まずい空気に集中を切らしたローズマリナは、魔力をムダイの体内から引き戻し、手を離した。

「少しはお役に立てたかしら?」

 どこかぎこちない笑みを浮かべている。

「ええ、お蔭で少し分かった気がします」
「良かったわ」

 微笑み合う二人。

「ふんにゅうー! どうしてこう、油断するといつもいつも。ふんぬー!」

 頑張って突っ張り続ける雪乃。
 魔王対勇者に比べれば平和だが、静かで平穏な旅は難しいようだ。
 馬車は緑豊かな森の中に伸びる一本の街道を、どんどん駆けていく。
 
 その日の昼時、森を抜けた所に現れた町で、食事休憩がてら一行は馬車を下りた。
 小さな町は、豊かな森を生活の糧にしているのだろう。温かみのある木製の家具や雑貨を並べた店が目立つ。
 道の両側に並ぶ店を覗きながら歩いていた雪乃は、ふと目に入った店の前で足を止める。
 じいっと一点を見つめる雪乃に気付いたノムルたちは、厳しい表情で眉をひそめた。それは樹人の雪乃にとっては、恐ろしい凶器なのかもしれない。

「ユキノちゃん……」
「雪乃」

 思わず沈痛な声が、ノムルとカイからこぼれ落ちる。ローズマリナも不安そうに、雪乃を見守っている。

「くっ、世界中からあれを消滅させるか?」

 穏やかではない呟きに、カイたち三人は、雪乃から親ばか魔王へと首を回した。
 他の人間ならば、ただの戯言と流すところだが、この男はやりかねない。

「ノムルさん、必要とする人もいますから」
「家を建てたりするのにも、必要よ」

 ムダイとローズマリナは、ノムルを宥めにかかる。ローズマリナも魔王に慣れてきたようだ。
 心配する一向の視線の先で、雪乃は店に入るとソレを手に取り、カウンターへぽてぽてと歩いていった。

「これをください」
「はいよ」

 会計を済ませる雪乃を、大人たちは呆然と眺める。何に使うのか? とか、なぜお前がそれを買うのだ? とか、疑問が湧き出て思考が落ち着かない。
 気にはなるが、聞いてはいけない気がして、大人たちは現実から逃げだすことにした。

「きっと樹形を整えたいのだろう」

 カイの予想に、ノムルたちは虚ろなまま無理矢理に納得する。

「なるほど。俺たちにとっての、櫛やはさみと同じようなもの、か?」

 納得しながらもノムルが首を傾げれば、

「女の子ですからね。身だしなみも気になるよね、きっと」

 と、ムダイは半目で空を眺めた。

「あとで整えてあげましょう」

 ローズマリナも動揺を押し隠しながら、追随する。
 珍しく意見が一致した彼らだが、その表情は、なんともやるせなさにあふれていた。

 購入したソレを、雪乃は小さなポシェットにつっ込んでいる。
 小さなぽポシェットにはどう見ても入らない大きさなのだが、余すことなく入っていった。
 店員は驚いているが、ノムルにより空間魔法が掛けられているため、ポシェットの口さえ通れば、幾らでも入るのだ。

「よし、刃を引っ掛けずに入れられました」

 ギザギザの刃を持つ、木材を切るための薄い鉄板を買い終えた雪乃は、いつもと変わらぬ様子で店から出てきた。
 じいっと見つめる大人たちに、きょとんと瞬いてから、何も言わずに店に入ったことに気付き、謝る。

「ごめんなさい、声もかけずに勝手な行動をしてしまいました」

 しゅんっとしょげる雪乃。
 声もかけずに店に入れば、はぐれて迷子になりかねない。
 この世界は、日本のように治安が良いわけではないのだ。小さな子供が一人で歩くのは、危険も伴う。

「いいんだよ、ユキノちゃん。おとーさんはユキノちゃんを見失ったりしないから」

 なぜかノムルに優しく抱きしめられて、雪乃は怪訝な顔になる。

「ノムルさん? 何か変なものでも食べましたか?」

 逆に心配されてしまったノムルは、一瞬だけ固まった後、

「ユキノちゃんっ!」

 と叫んで、思いっきり抱きしめだした。

「ふみゃあああっ?! 何ですか? 何があったんですか?」

 軽くパニックを起こす小さな子供。
 道行く人たちは、思わず足を止めて目を向けていた。

 そんなこんなな珍道中を繰り広げながら、ゴリンを経って二十日も過ぎた頃、一行はコダイ国まで到達したのだった。
 徐々に減っていた森は、コダイ国の手前になる頃には、ぽつりぽつりと木が生える程度で、姿を消していた。

「時間が無い。もうすぐラジンに入ってしまう。奴隷落ちは嫌だ……」

 必死に魔法の習得に励むムダイの顔が歪んでいたが、雪乃たちは気にすることなく魔石屋を覗いていた。
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