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ゴリン国編2

231.待ち受けていたのは

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 あの後、ノムルとムダイのじゃれあいの流れ弾を受けないよう、雪乃とカイは飛竜に乗って、一足先に冒険者ギルド本部へと戻った。
 だが戻ってきた雪乃とカイを待ち受けていたのは、笑顔のノムルだった。
 その時の雪乃とカイの表情は、鳩が豆鉄砲を食らったよりも酷かったかもしれない。
 なにせ飛竜は一頭しか連れて行っていなかったのだ。つまり、ノムルの移動速度は、

「飛竜より早く走れる脚力と持久力。いったいどのような魔法を?」

 と、脚力を誇る狼獣人のカイがしきりに首を捻っていたように、飛竜を凌駕していたのだった。
 呆然とするカイから、こちらも思考の処理速度が追いつかず、ショートしていた雪乃を奪ったノムルは、抱きかかえて離そうともしない。
 お気に入りのぬいぐるみを持つ子供のようだ。

 スリープ状態から復活した雪乃は、慌てて抵抗したのだが、いつもと違い、セクハラ魔王様は加減をしなかった。
 無理矢理ほっぺをすりすりされ、もがいても抜け出せない。
 何度がカイが助けようとしたのだが、笑顔で攻撃され、雪乃に触れることさえ適わなかった。

 その状態が続いて五日目となった今日、雪乃は心身ともに脱力して、人形と化していた。

「依頼内容は達成したと思います」

 ドインの質問に対し、カイは雪乃を気にしながらも真面目に答える。
 一人掛けのソファを引っ張ってきて座っているムダイも、同意を示して頷いた。
 ちなみに彼は昨夜、つまり雪乃たちから遅れること四日後に戻ってきた。カイの報告を受けて確認に向かった冒険者たちの飛竜に、同乗させてもらったらしい。
 怪我だらけだったムダイは治療を受けて、ミイラ男のような、全身を包帯に包まれた姿で同席している。
 治癒魔法も追い付かなかったようだ。

「確かに提出された調査書には、依頼しただけの内容は記述されていた。だがなあ、昨夜帰ってきたやつらの話によると、魔王の遺跡は跡形もなく消えていたって話だが? それについては書かれてなかったよな?」

 ソファに腰を下ろしたドインは、ぎょろりとカイを睨みつけ、それからノムル、ムダイへと視線を動かした。
 カイはわずかにドインの気迫に押されそうになったが、ぐっと耐えた。ムダイは後ろめたそうに視線を逸らす。
 そして最大の原因であろうノムルは、でれでれでれでれと、顔が緩んで溶けかけていた。
 ドインは頭痛を覚えて額を押さえる。

「そうだな。説明されなくても原因は想像が付く。きつい任務に付かせちまったな」
「いえ、大丈夫です。俺は……」

 同情の眼差しを向けられたカイは答えたが、彼も結構な被害を受けていた。しかし自分よりも、現在進行形でダメージを受けている、小さな樹人のほうが心配である。
 カイの視線が向かった先を見て、ドインも苦く顔をゆがめた。

「おい、ノムル。いい加減に解放してやれ」
「は? 何言ってんのさ? ユキノちゃんはおとーさんのことが大好きなんだよ? おとーさんと一緒が幸せなんだよ? ね? ユキノちゃん」

 問われて雪乃は、ぐぐぐっと顔を上げる。そして、

「いえ、も、限界、です……」

 がくりと力尽きた。

「雪乃!」
「おいおい」

 カイとドインが手を伸ばすが、障壁に阻まれて救い出すことができない。
 小さな樹人の衰弱に、浮かれた親ばか魔王はいつ気付くのか。カイとドインは気の毒そうに雪乃を見つめることしかできない。
 と、その時、

「わー?」

 カイのフードから、マンドラゴラが出てきた。
 魔王の遺跡でダルクから回収したマンドラゴラは、そのままカイに懐いて彼と行動を共にしていた。

「なんだ、そいつは? マンドラゴラか?」

 ドインは眉をひそめてマンドラゴラを見る。
 マンドラゴラは雪乃をじいっと見つめ、それからカイと雪乃を交互に見た。それから一度ノムルを見て、

「わー?」

 と、カイに向かって根を傾げる。

「雪乃を助けてくれるのか?」
「わー!」
「頼む。そろそろ本当に限界が近そうだ」
「わー」

 マンドラゴラはカイの襟元からぴょんっと飛び降りると、雪乃に上りだす。なぜかマンドラゴラは、ノムルの障壁に弾かれなかった。
 雪乃の頭の上まで登頂を果たすと、

「わわわわ~」

 と、エコーの掛かった声を、ノムルに向かって発した。

「ん? マンドラ……ん? ユキノちゃん?」

 ノムルの双眸が、じーっとマンドラゴラを見つめる。手が雪乃から離れ、マンドラゴラを包み込んだ。
 ちらりとカイに視線だけを向けたマンドラゴラは、『今だ!』とばかりに根を輝かせた。
 マンドラゴラの合図を受けたカイは、ノムルに気付かれないよう、素早く雪乃を回収する。
 どうやら障壁は解除されていたようだ。

「んにゅ?」
「しっ」

 寝ぼけ声を出す雪乃に、静かにするように声を掛けると、まぶたで頷いたドインに目礼して、カイはそのまま部屋から出た。
 気配を消して足音も立てず、カイは森へと急ぐ。
 冒険者ギルドの敷地内にある森へと入り、人気の無い奥まで移動したカイは、雪乃を下ろす。

「さ、雪乃。根を張って少し休め」
「ふあい」

 もこもこと、雪乃の足元の土が膨らんだ。
 カイは雪乃の隣に腰を下ろすと、頭を優しく撫でてやる。

「よく頑張ったな、雪乃」

 疲れて眠ってしまったのか、雪乃は答えない。
 カイは少しためらったが、雪乃のローブも脱がせてやる。樹人の疲れを取るには、日光浴も欠かせない。
 小さな樹人の子供は、狼獣人に見守られながらまどろんだ。



「まさか俺が、ユキノちゃんとマンドラゴラを間違えるなんて……。娘の偽者に気付かないなんて、おとーさん失格だ……」

 この世の終わりとばかりに、四つん這いになっている、情けない魔法使いが一人。どんよりと重い空気をまとう彼は、顔を土気色に脱色していた。
 その背中には、やり遂げたとばかりに胸を張る、マンドラゴラが一匹。

「わー」

 ドインとヒツジーと紅の包帯男は、その光景を何とも言えない複雑な感情で眺めていた。

「ノムルに慰めの言葉を掛けてやれば良いのか、マンドラゴラを褒めるべきか……。そもそもマンドラゴラって、こんなに知能が有ったのか?」

 困惑する視線は、マンドラゴラへと注がれていく。

「わー?」

 可愛らしく小根を傾げるマンドラゴラ。

「わー!」

 何かに気付いたようで、ぴょんっと飛び跳ねると、机の上に移動した。それから後ろを向き、根を捻って上半身だけ向ける、見返りポーズを披露する。

「「「……」」」

 次はじっと上目遣いに見つめた後、葉をふるふると振るわせる。と思ったら、切なげに斜め下を向き出した。
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