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魔王の遺跡編

227.空気を読まなさ過ぎる

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「雪乃ちゃん、お父さん好き?」
「お父様も嫌い」
「ぐほっ!」

 胸を抑えて吐血するおっさん魔法使い。そこへマンドラゴラは、「今だ!」とばかりに駆け寄った。草色のローブによじ登り、登頂に成功する。

「わー!」
「「……」」

 虫の息で倒れているノムルも、人類滅亡を阻止していたムダイも、言葉を失った。

「ま、マンドラゴラ? 空気を読まなさ過ぎる」

 ムダイは半目で遠くを眺める。だがSランクに認定されるほどの冒険者が、予想外の出来事に気を取られて、それを見逃すはずはなかった。

「あれ? 手紙がある」
「わー」

 気付いたムダイに、マンドラゴラは頭を向けて手紙をアピールした。
 ムダイはノムルの上で跳ねるマンドラゴラから手紙を外すと、中を確認する。

「えーっと、何々?」

 中の文章を読もうとしたムダイは固まった。
 この世界とあの世界では、文字が違う。
 簡単な読み書きはできるようになっていたムダイだが、それを知らないカイからの手紙は、ムダイには理解できない単語が使われていた。

 そんなムダイの様子を、じいっと見つめる視線。
 目線を手紙から下げたムダイは、誤魔化すようににこりと微笑んだ。

「よく持ってきてくれたね。ありがとう」

 そうマンドラゴラを褒めてから、

「はい、ノムルさん。手紙ですよ?」

 と、流れるようにノムルの顔の前に差し出した。
 マンドラゴラは、じいっとじいいーっと、ムダイを観察している。ムダイの心に、何かがちくちくと刺さり続ける。

「くっ、マンドラゴラにダメージを加えられるとか! さすがは樹人、恐るべし」
「わー!」

 項垂れるムダイを確認したマンドラゴラは、満足そうに飛び跳ねた。
 倒れていたおっさん魔法使いは、死んだ魚のような目を動かし、手紙の文面を読む。その目が徐々に光を取り戻していく。
 がばりと起き上がったノムルの頭から、マンドラゴラが吹き飛ばされる。

「わー」

 くるくると後方伸身三回宙返り一回半捻りを見事に決めて着地すると、ムダイに向けて、きらりーんと根を輝かせてみせるマンドラゴラ。

「マンドラゴラって、こういう植物なの? 植物の域を超えてるよね? え? 魔物だっけ?」

 ムダイは混乱に打ち勝てず、見開いた目にマンドラゴラ選手を映したまま、頭を抱えた。
 そんなノリの悪いムダイに、マンドラゴラは不満そうだ。「やれやれ、若造が」とでも言いたげに、葉を左右にふるふると振る。

「うわっ。なんか立ち直れそうに無いダメージが。なにこの心理攻撃?!」

 Sランク冒険者、竜殺しのムダイは、マンドラゴラに敗北を喫したのだった。

「んな馬鹿なことしてないで行くぞ、マンドラゴラ! ムダイ、お前はユキノちゃんの体を守れ!」

 むんずっとマンドラゴラをつかみ上げたノムルは、そのまま謁見の間から走り去った。

「わー」

 廊下から聞こえるマンドラゴラの声は、すぐに小さくなって消えていく。

「え? あの、説明が……。雪乃ちゃんの体って、え? 中身は別人なの?」

 理解が追いつかぬままに、ムダイは置いていかれたのであった。


 廊下を駆け抜け、ノムルはカイの待つ部屋へと到着する。
 ノムルの気配を感じたカイは本を仕舞い、紅色の球体が置かれた棚の前で待ち受けた。

「これだ。この中に雪乃の精神が閉じ込められているようだ」
 
 紅色の球体を示すと、ノムルはすぐさまそれに向き合う。ぽいっと投げられたマンドラゴラを、カイは掌で受け止めた。

「わー?」

 すとんとカイの掌に座ったマンドラゴラは、首を傾げてカイを見上げた。カイはよくやったとばかりに、マンドラゴラの頭を撫でてやる。

「わー」

 マンドラゴラも満足そうに、カイの手に葉を摺り寄せた。けれどカイの顔は、難しそうに渋くなっていった。
 カイの視線の先では、紅色の球体に向き合ったノムルが、顔をしかめている。紅色の球体を確かめるように指先で触れると、苦痛に顔を歪めた。

「くそっ! どこのどいつだ?! こんな趣味の悪いもんを、俺のユキノちゃんに使いやがったのは!」

 怒りに魔力があふれ出し、部屋の中がびりびり揺れている。カイの体の周りにも、ぴりぴりと微量の雷撃が走り、尾や耳が毛羽立っていた。
 マンドラゴラもふるふると震えている。

「わ゛ー」

 まるで扇風機に向かって声を発する子供のように、楽しそうだ。

「それが何か分かるのか?」
「ああ。悪意の塊だ。これを使われた人間は、大抵すぐに気が狂う。お前が触れなかったのは正解だ。触ればお前の精神もやられていただろう。もし狂って壊しでもしてたら、中のユキノちゃんはどうなっていたか……くっ!」

 がしがしと頭を掻き毟りながら、ノムルは球体を調べ続ける。
 カイの顔が青ざめた。
 本能的に触れることを避けたが、下手をすれば自分だけでなく、雪乃まで巻き込むところだったのだ。

「お前は体のほうに行ってろ。ユキノちゃんが戻ったら、すぐに連れて脱出しろ。俺のことは放っておけ」
「だが」

 ノムルが自分を犠牲にして雪乃を救うつもりだと察したカイは、止めようとしたが飲み込んだ。

「雪乃はあなたがいなくなったら、悲しむと思う。無事に戻ってきてくれ」
「死にはしない。ただ、暴走する可能性があるだけだ」

 弾かれるようにカイはノムルを見る。この男が暴走するなど、死ぬより性質が悪いかもしれない。
 サアッと、血の気が引いた。

「時間が無いんだ。とっとと行け!」
「分かった。雪乃を頼む」
「お前に頼まれる筋合いは無い!」

 マンドラゴラを連れてカイが出て行くと、ぱたりと扉が閉まった。

「さてと、ユキノちゃん、無事でいてくれよ?」

 ノムルは魔法を発動させる。
 まずはこの部屋に外から入れないように結界を施す。更には室内の空間を世界から隔離した。
 自分の記憶と魔力にも干渉し、条件が満たされなければ元の世界に戻れないように、鍵を掛ける。
 そうして自身を封じてから、ようやく紅色の球体への介入を始めた。
 悪意がノムルの精神を侵食していく。

『憎い』
『許さない』
『お前のせいで』

 次々と頭に流れ込んでくる、怨嗟の言葉。

「ああ、知ってるさ。けど、ユキノは返してもらう」

 ノムルの体が黒いタールに包まれ、まぶたが閉じた。
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