上 下
191 / 402
魔王の遺跡編

226.もう一つの生き物が

しおりを挟む
 廊下を駆け抜けていくカイの視界に、ダルクらしき物体が入る。ズダボロで置き捨てられているダルクは、一応生きてはいるようだ。
 人間ならば天に召されそうな状態だが、幸か不幸かエルフは生命力が強い。特にダークエルフは死に難いというので、生き延びる可能性もあるだろう。
 尋問できる状態ではなさそうだが。

 それはさておき、カイの視界の中には、もう一つの生き物が映っていた。

「わー!」

 ズダボロダルクの上で跳ねる、一匹のマンドラゴラ。
 ご主人を慕ってとか、ご主人を心配してといった雰囲気では無い。
 全力で飛び跳ね、踏みつけていた。

「わー!」

 カイは思わず動きを止め、眉間に皺を寄せたまま、しばし凝視する。
 雪乃から彼らを紹介されていなければ、カイが状況を受け入れるには、今しばらくの時間が掛かっただろう。

「ええっと、マンドラゴラ?」

 ためらいがちに声を掛ければ、ズダボロダルクを足蹴にしていたマンドラゴラが、動きを止めて振り向いた。

「わ?」

 そのままカイに向かって駆けてくる。

「君は、あの男の仲間なのではないのか?」

 問うとマンドラゴラは振り返り、ダルクを見る。それから、さも嫌そうに葉を左右に何度も振った。

「そうか、違うのか。では雪乃の仲間か?」
「わー!」

 今度は嬉しそうに飛び跳ねる。
 ほっと安堵したカイの足元に、マンドラゴラは近付き、葉をもっさもっさと軽く足に二度当てた。それから上向いて、じいっとカイを見つめると、

「わ!」

 と跳ねて、廊下を走り出した。
 カイが見守っていると、マンドラゴラは足を止め、振り向く。

「付いて来いと言っているのか?」
「わー」

 頷くマンドラゴラの後を、カイは戸惑いながらも付いていくことにした。
 雪乃を救う方法を探そうにも、ダルクから聞き出すことは難しそうだ。他に策がない以上、わずかな手掛かりでも縋る他ないだろう。

 マンドラゴラは迷うことなく廊下を走っていく。小さな体だが意外と速いようだと、カイは歩きながら考える。
 だがさすがに階段は大変そうなので、途中からは肩に乗せて方向を示してもらった。

「わー!」
「この部屋か?」

 マンドラゴラに案内されて辿り着いたのは、他の扉と変わらぬ、何の変哲も無い扉の部屋だった。
 カイは扉を開き、中を見る。
 中央に足の短い机があり、左右に一人掛けの黒いソファが一脚ずつ置かれていた。壁際には本棚があり、小振りの棚には紅色の球体が置かれている。

「わー」

 カイから飛び降りたマンドラゴラは、小振りの棚に駆け寄ると、そこで何度も飛び跳ねた。

「この棚か?」

 警戒しながら近付いたカイは、紅色の球体の中を見て眉をひそめた。

「何だ? これは?」

 球体の中には、黒くどろりとした液体が、三分の二ほどまで入っている。触れようと手を伸ばせば、指先からぞわりと、身もすくむような悪寒が駆け上ってきた。
 カイはとっさに手を引いた。
 これはいったい何なのか? 良くない物であることは理解できるが、カイにはそれ以上は見当が付かない。
 少し思案したカイは、マンドラゴラに救いを求めた。

「これをどうすればいいんだ?」

 じいっと見つめ合う、カイとマンドラゴラ。

「わ?」

 マンドラゴラは可愛らしく、根を傾げた。
 カイは眉間に指を当てうつむく。ここからは自力で対応しなければならないようだ。

「すまないが、ムダイ殿とノムル殿にも伝えてきてくれないか?」

 性格や色々な部分に問題のあるノムルだが、その知識は一級品であるはずだ。そしてムダイもまた、冒険者ギルドでSランクに認定されるほどの人物である。
 カイの知らないことでも、彼らなら知っているかもしれないと考えたのだが、

「わー?」

 マンドラゴラに根を傾げられてしまった。

「ええっと、ノムル殿とムダイ殿のことは知っているか?」
「わー」

 頷くマンドラゴラ。
 どうやら二人のことは知っていても、二人がどこにいるかが分からないようだ。自ら駆けたほうが良いだろうかと、カイは少し考える。
 その方が早いことは理解しているが、この場を放っておくこともためらわれた。
 カイがいなくなった隙に、誰かがやって、きてこの紅色の球体を奪っていく可能性もある。
 どうすべきかと唸ったカイは、謁見の間にもう一人いることを思い出し、マンドラゴラに尋ねた。

「雪乃の居場所は分かるか?」
「わー」

 マンドラゴラはなぜか、紅色の球体を見上げた。カイも怪訝な表情で紅色の球体を見る。
 すると今度は、マンドラゴラは廊下のほうを見た。

「もしかして、雪乃は肉体と精神が分離しているのか?」
「わー!」

 正解だとばかりに、マンドラゴラは飛び跳ねる。
 つまり雪乃の体は謁見の間に、精神はこの紅色の球体に閉じ込められているということなのだろう。
 そう解釈したカイは、胸元から紙と筆を出し、さらさらとマンドラゴラから得た情報を書き綴る。
 マンドラゴラだけ現れても、「わー」しか言わない以上、事情を理解することはほぼ不可能だろう。
 書き終えた文を折り、マンドラゴラの葉の根元へ括りつけると、

「雪乃の肉体がある場所に、ノムル殿もムダイ殿もいる。その文を届けてくれ」

 と、マンドラゴラに頼んだ。

「わー!」

 了解したとばかりに、マンドラゴラは元気に跳ねてから、部屋から駆け出していった。
 残ったカイは部屋の中を見回し、本棚へと向かう。二人のどちらかが解決策を知っているかもしれないが、そうでない可能性もある。
 何か情報を仕入れようと、カイは棚の本を引き出し、目を通していった。



「人間なんか嫌い!」
「よし! おとーさんが滅ぼして」
「お父さんは好き?」
「お父様も嫌い!」
「ぐはっ!」

 謁見の間では、人類存亡の危機を賭けた――とは思えない、何とも低レベルなやり取りが続いていた。
 ひょこんと廊下から覗き込んだマンドラゴラは、根を傾げる。

「わー?」

 なんだか楽しそうだと、マンドラゴラは思ったとかなんとか。

「ゆ、ユキノちゃん、どうしたら戻ってきてくれる?」
「人間を滅ぼして!」
「よし!」

 ノムルは杖を支えによろよろと立ち上がる。
 よれよれのローブが更によれよれに見える。頬もげっそりとこけて、なんだか風前の灯という表現がしっくりくるようだ。
 ふっと吹けば消えそうだが、突風が吹いても消えないのだろうと、ムダイは容赦なく樹人の子供に声を掛けた。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

神の種《レイズアレイク》 〜 剣聖と5人の超人 〜

南祥太郎
ファンタジー
生まれながらに2つの特性を備え、幼少の頃に出会った「神さま」から2つの能力を授かり、努力に努力を重ねて、剣と魔法の超絶技能『修羅剣技』を習得し、『剣聖』の称号を得た、ちょっと女好きな青年マッツ・オーウェン。 ランディア王国の守備隊長である彼は、片田舎のラシカ地区で起きた『モンスター発生』という小さな事件に取り組んでいた。 やがてその事件をきっかけに、彼を密かに慕う高位魔術師リディア・ベルネット、彼を公に慕う大弓使いアデリナ・ズーハーなどの仲間達と共に数多の国を旅する事になる。 ランディア国王直々の任務を遂行するため、個人、家族、集団、時には国家レベルの問題を解決し、更に心身共に強く成長していく。 何故か老化が止まった美女や美少年、東方の凄腕暗殺者達、未知のモンスター、伝説の魔神、そして全ての次元を超越する『超人』達と出会い、助け合い、戦い、笑い、そして、鼻の下を伸ばしながら ――― ※「小説家になろう」で掲載したものを全話加筆、修正、時々《おまけ》話を追加していきます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。