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魔王の遺跡編
226.もう一つの生き物が
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廊下を駆け抜けていくカイの視界に、ダルクらしき物体が入る。ズダボロで置き捨てられているダルクは、一応生きてはいるようだ。
人間ならば天に召されそうな状態だが、幸か不幸かエルフは生命力が強い。特にダークエルフは死に難いというので、生き延びる可能性もあるだろう。
尋問できる状態ではなさそうだが。
それはさておき、カイの視界の中には、もう一つの生き物が映っていた。
「わー!」
ズダボロダルクの上で跳ねる、一匹のマンドラゴラ。
ご主人を慕ってとか、ご主人を心配してといった雰囲気では無い。
全力で飛び跳ね、踏みつけていた。
「わー!」
カイは思わず動きを止め、眉間に皺を寄せたまま、しばし凝視する。
雪乃から彼らを紹介されていなければ、カイが状況を受け入れるには、今しばらくの時間が掛かっただろう。
「ええっと、マンドラゴラ?」
ためらいがちに声を掛ければ、ズダボロダルクを足蹴にしていたマンドラゴラが、動きを止めて振り向いた。
「わ?」
そのままカイに向かって駆けてくる。
「君は、あの男の仲間なのではないのか?」
問うとマンドラゴラは振り返り、ダルクを見る。それから、さも嫌そうに葉を左右に何度も振った。
「そうか、違うのか。では雪乃の仲間か?」
「わー!」
今度は嬉しそうに飛び跳ねる。
ほっと安堵したカイの足元に、マンドラゴラは近付き、葉をもっさもっさと軽く足に二度当てた。それから上向いて、じいっとカイを見つめると、
「わ!」
と跳ねて、廊下を走り出した。
カイが見守っていると、マンドラゴラは足を止め、振り向く。
「付いて来いと言っているのか?」
「わー」
頷くマンドラゴラの後を、カイは戸惑いながらも付いていくことにした。
雪乃を救う方法を探そうにも、ダルクから聞き出すことは難しそうだ。他に策がない以上、わずかな手掛かりでも縋る他ないだろう。
マンドラゴラは迷うことなく廊下を走っていく。小さな体だが意外と速いようだと、カイは歩きながら考える。
だがさすがに階段は大変そうなので、途中からは肩に乗せて方向を示してもらった。
「わー!」
「この部屋か?」
マンドラゴラに案内されて辿り着いたのは、他の扉と変わらぬ、何の変哲も無い扉の部屋だった。
カイは扉を開き、中を見る。
中央に足の短い机があり、左右に一人掛けの黒いソファが一脚ずつ置かれていた。壁際には本棚があり、小振りの棚には紅色の球体が置かれている。
「わー」
カイから飛び降りたマンドラゴラは、小振りの棚に駆け寄ると、そこで何度も飛び跳ねた。
「この棚か?」
警戒しながら近付いたカイは、紅色の球体の中を見て眉をひそめた。
「何だ? これは?」
球体の中には、黒くどろりとした液体が、三分の二ほどまで入っている。触れようと手を伸ばせば、指先からぞわりと、身もすくむような悪寒が駆け上ってきた。
カイはとっさに手を引いた。
これはいったい何なのか? 良くない物であることは理解できるが、カイにはそれ以上は見当が付かない。
少し思案したカイは、マンドラゴラに救いを求めた。
「これをどうすればいいんだ?」
じいっと見つめ合う、カイとマンドラゴラ。
「わ?」
マンドラゴラは可愛らしく、根を傾げた。
カイは眉間に指を当てうつむく。ここからは自力で対応しなければならないようだ。
「すまないが、ムダイ殿とノムル殿にも伝えてきてくれないか?」
性格や色々な部分に問題のあるノムルだが、その知識は一級品であるはずだ。そしてムダイもまた、冒険者ギルドでSランクに認定されるほどの人物である。
カイの知らないことでも、彼らなら知っているかもしれないと考えたのだが、
「わー?」
マンドラゴラに根を傾げられてしまった。
「ええっと、ノムル殿とムダイ殿のことは知っているか?」
「わー」
頷くマンドラゴラ。
どうやら二人のことは知っていても、二人がどこにいるかが分からないようだ。自ら駆けたほうが良いだろうかと、カイは少し考える。
その方が早いことは理解しているが、この場を放っておくこともためらわれた。
カイがいなくなった隙に、誰かがやって、きてこの紅色の球体を奪っていく可能性もある。
どうすべきかと唸ったカイは、謁見の間にもう一人いることを思い出し、マンドラゴラに尋ねた。
「雪乃の居場所は分かるか?」
「わー」
マンドラゴラはなぜか、紅色の球体を見上げた。カイも怪訝な表情で紅色の球体を見る。
すると今度は、マンドラゴラは廊下のほうを見た。
「もしかして、雪乃は肉体と精神が分離しているのか?」
「わー!」
正解だとばかりに、マンドラゴラは飛び跳ねる。
つまり雪乃の体は謁見の間に、精神はこの紅色の球体に閉じ込められているということなのだろう。
そう解釈したカイは、胸元から紙と筆を出し、さらさらとマンドラゴラから得た情報を書き綴る。
マンドラゴラだけ現れても、「わー」しか言わない以上、事情を理解することはほぼ不可能だろう。
書き終えた文を折り、マンドラゴラの葉の根元へ括りつけると、
「雪乃の肉体がある場所に、ノムル殿もムダイ殿もいる。その文を届けてくれ」
と、マンドラゴラに頼んだ。
「わー!」
了解したとばかりに、マンドラゴラは元気に跳ねてから、部屋から駆け出していった。
残ったカイは部屋の中を見回し、本棚へと向かう。二人のどちらかが解決策を知っているかもしれないが、そうでない可能性もある。
何か情報を仕入れようと、カイは棚の本を引き出し、目を通していった。
「人間なんか嫌い!」
「よし! おとーさんが滅ぼして」
「お父さんは好き?」
「お父様も嫌い!」
「ぐはっ!」
謁見の間では、人類存亡の危機を賭けた――とは思えない、何とも低レベルなやり取りが続いていた。
ひょこんと廊下から覗き込んだマンドラゴラは、根を傾げる。
「わー?」
なんだか楽しそうだと、マンドラゴラは思ったとかなんとか。
「ゆ、ユキノちゃん、どうしたら戻ってきてくれる?」
「人間を滅ぼして!」
「よし!」
ノムルは杖を支えによろよろと立ち上がる。
よれよれのローブが更によれよれに見える。頬もげっそりとこけて、なんだか風前の灯という表現がしっくりくるようだ。
ふっと吹けば消えそうだが、突風が吹いても消えないのだろうと、ムダイは容赦なく樹人の子供に声を掛けた。
人間ならば天に召されそうな状態だが、幸か不幸かエルフは生命力が強い。特にダークエルフは死に難いというので、生き延びる可能性もあるだろう。
尋問できる状態ではなさそうだが。
それはさておき、カイの視界の中には、もう一つの生き物が映っていた。
「わー!」
ズダボロダルクの上で跳ねる、一匹のマンドラゴラ。
ご主人を慕ってとか、ご主人を心配してといった雰囲気では無い。
全力で飛び跳ね、踏みつけていた。
「わー!」
カイは思わず動きを止め、眉間に皺を寄せたまま、しばし凝視する。
雪乃から彼らを紹介されていなければ、カイが状況を受け入れるには、今しばらくの時間が掛かっただろう。
「ええっと、マンドラゴラ?」
ためらいがちに声を掛ければ、ズダボロダルクを足蹴にしていたマンドラゴラが、動きを止めて振り向いた。
「わ?」
そのままカイに向かって駆けてくる。
「君は、あの男の仲間なのではないのか?」
問うとマンドラゴラは振り返り、ダルクを見る。それから、さも嫌そうに葉を左右に何度も振った。
「そうか、違うのか。では雪乃の仲間か?」
「わー!」
今度は嬉しそうに飛び跳ねる。
ほっと安堵したカイの足元に、マンドラゴラは近付き、葉をもっさもっさと軽く足に二度当てた。それから上向いて、じいっとカイを見つめると、
「わ!」
と跳ねて、廊下を走り出した。
カイが見守っていると、マンドラゴラは足を止め、振り向く。
「付いて来いと言っているのか?」
「わー」
頷くマンドラゴラの後を、カイは戸惑いながらも付いていくことにした。
雪乃を救う方法を探そうにも、ダルクから聞き出すことは難しそうだ。他に策がない以上、わずかな手掛かりでも縋る他ないだろう。
マンドラゴラは迷うことなく廊下を走っていく。小さな体だが意外と速いようだと、カイは歩きながら考える。
だがさすがに階段は大変そうなので、途中からは肩に乗せて方向を示してもらった。
「わー!」
「この部屋か?」
マンドラゴラに案内されて辿り着いたのは、他の扉と変わらぬ、何の変哲も無い扉の部屋だった。
カイは扉を開き、中を見る。
中央に足の短い机があり、左右に一人掛けの黒いソファが一脚ずつ置かれていた。壁際には本棚があり、小振りの棚には紅色の球体が置かれている。
「わー」
カイから飛び降りたマンドラゴラは、小振りの棚に駆け寄ると、そこで何度も飛び跳ねた。
「この棚か?」
警戒しながら近付いたカイは、紅色の球体の中を見て眉をひそめた。
「何だ? これは?」
球体の中には、黒くどろりとした液体が、三分の二ほどまで入っている。触れようと手を伸ばせば、指先からぞわりと、身もすくむような悪寒が駆け上ってきた。
カイはとっさに手を引いた。
これはいったい何なのか? 良くない物であることは理解できるが、カイにはそれ以上は見当が付かない。
少し思案したカイは、マンドラゴラに救いを求めた。
「これをどうすればいいんだ?」
じいっと見つめ合う、カイとマンドラゴラ。
「わ?」
マンドラゴラは可愛らしく、根を傾げた。
カイは眉間に指を当てうつむく。ここからは自力で対応しなければならないようだ。
「すまないが、ムダイ殿とノムル殿にも伝えてきてくれないか?」
性格や色々な部分に問題のあるノムルだが、その知識は一級品であるはずだ。そしてムダイもまた、冒険者ギルドでSランクに認定されるほどの人物である。
カイの知らないことでも、彼らなら知っているかもしれないと考えたのだが、
「わー?」
マンドラゴラに根を傾げられてしまった。
「ええっと、ノムル殿とムダイ殿のことは知っているか?」
「わー」
頷くマンドラゴラ。
どうやら二人のことは知っていても、二人がどこにいるかが分からないようだ。自ら駆けたほうが良いだろうかと、カイは少し考える。
その方が早いことは理解しているが、この場を放っておくこともためらわれた。
カイがいなくなった隙に、誰かがやって、きてこの紅色の球体を奪っていく可能性もある。
どうすべきかと唸ったカイは、謁見の間にもう一人いることを思い出し、マンドラゴラに尋ねた。
「雪乃の居場所は分かるか?」
「わー」
マンドラゴラはなぜか、紅色の球体を見上げた。カイも怪訝な表情で紅色の球体を見る。
すると今度は、マンドラゴラは廊下のほうを見た。
「もしかして、雪乃は肉体と精神が分離しているのか?」
「わー!」
正解だとばかりに、マンドラゴラは飛び跳ねる。
つまり雪乃の体は謁見の間に、精神はこの紅色の球体に閉じ込められているということなのだろう。
そう解釈したカイは、胸元から紙と筆を出し、さらさらとマンドラゴラから得た情報を書き綴る。
マンドラゴラだけ現れても、「わー」しか言わない以上、事情を理解することはほぼ不可能だろう。
書き終えた文を折り、マンドラゴラの葉の根元へ括りつけると、
「雪乃の肉体がある場所に、ノムル殿もムダイ殿もいる。その文を届けてくれ」
と、マンドラゴラに頼んだ。
「わー!」
了解したとばかりに、マンドラゴラは元気に跳ねてから、部屋から駆け出していった。
残ったカイは部屋の中を見回し、本棚へと向かう。二人のどちらかが解決策を知っているかもしれないが、そうでない可能性もある。
何か情報を仕入れようと、カイは棚の本を引き出し、目を通していった。
「人間なんか嫌い!」
「よし! おとーさんが滅ぼして」
「お父さんは好き?」
「お父様も嫌い!」
「ぐはっ!」
謁見の間では、人類存亡の危機を賭けた――とは思えない、何とも低レベルなやり取りが続いていた。
ひょこんと廊下から覗き込んだマンドラゴラは、根を傾げる。
「わー?」
なんだか楽しそうだと、マンドラゴラは思ったとかなんとか。
「ゆ、ユキノちゃん、どうしたら戻ってきてくれる?」
「人間を滅ぼして!」
「よし!」
ノムルは杖を支えによろよろと立ち上がる。
よれよれのローブが更によれよれに見える。頬もげっそりとこけて、なんだか風前の灯という表現がしっくりくるようだ。
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