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魔王の遺跡編

225.あの人が魔王なのでは

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「直撃はもちろん、直線的な力の余波も避けたつもりだったんだけど?」
「掠ったにも値しないはずの状況でこの威力……。あの人が魔王なのではないのか?」

 さすがのムダイも、ノムルの力に呆れているようだ。カイの言葉にも、心の中で同意を示した。
 雪乃とノムル。誰が考えても、魔王に相応しい人物は決まっているだろう。

「第二波は来ないみたいだし、戻ろうか? ノムルさんだけだと心配だ。……色々と」
「そうだな」

 二人はがくりと肩を落としながら、のろのろと歩きだした。
 念のため、そうっと謁見の間を窺ってみると、どうやら樹人の子供に反応があったようだ。ムダイはほっと胸を撫で下ろしたが、カイは眉間に皺を寄せ渋い顔だ。

「出ていきなさい! 人間など見たくもないわ。滅んでしまえば良いのよ」

 雪乃とは思えない言葉に、カイとムダイは訝しく思いながら謁見の間へと入っていく。

「ユキノちゃん……」

 呆然と佇むノムルは、ただ一点、玉座に座る樹人の子供を見つめていた。

「ユキノちゃん、この壁を壊して。その玉座に嵌められた魔法石が、この壁を作ってるんだ。その青い石を壊すんだ」

 さすがというべきか、ノムルは壁を壊すことはできなかったが、その仕組みと解除方法は見つけていたようだ。
 しかし、

「結界を解いたら、また人間たちが私を苦しめに来るのでしょう? もう嫌よ! 傷付けられたくない!」

 樹人の子供は魔法石の破壊を拒んだ。頭を抱え、駄々っ子のように首を振る。

「ユキノちゃん……」

 ノムルは力なく、愛する我が子の名を呟く。
 ムダイもまた、樹人の子供の豹変に驚きながらも、痛ましげに二人を見つめた。
 そんな中、カイは一人違和感を覚えていた。彼の知る雪乃と、目の前の樹人の子供は、一致しない。
 姿や匂いは同じだが、雪乃はあのような言葉遣いはしない。なにより、

「撫でたいと思わない」

 と、本能的に受け入れることができなかった。
 一人首を傾げながら、樹人の子供を注視するカイ。その間にも、事態は進展していく。

「分かったよ、ユキノちゃん。おとーさんが人間を滅ぼしてきてあげる。だから、おとーさんのところにおいで」
「「は?!」」

 哀愁を漂わせながら、切実に訴えているノムルだが、その口から飛び出てきた言葉は不穏すぎる。
 あまりに自然な口調で言うので聞き流しかけたムダイとカイだが、ぎょっとしてノムルを凝視した。

「ノムルさん? 冷静になりましょう?」

 取りあえず、ムダイはノムルに声をかけて制止してみる。
 他の誰かの言葉ならば聞き流せても――放置はできないが、このおっさん魔法使いの場合は、本当に人間を滅ぼしかねない。
 それだけの力を十二分に持っているのだ。恐ろしいことに。

「俺は冷静だ! このままユキノちゃんと引き裂かれるくらいなら、おとーさんは人間を滅ぼす道を選ぶ! ユキノちゃんさえいれば、俺はそれでいい!」
「よくないですから! お願いだから考え直してください! ユキノちゃんがそんなことを望むはずないでしょう?」

 と、ムダイは必死に言い募ったのだが、

「人間なんて嫌いよ! 滅べばいい!」

 樹人の子供本人が、あっさり否定した。
 ムダイはぐるりと首を回し、絶望の眼差しで樹人の子供を見つめる。

「雪乃ちゃん、お願い。今すぐ取り消して。本当にこの人やりかねないから」

 全身真っ赤な勇者候補は、顔を真っ青に変えて、樹人の子供に懇願した。

「いいや、ユキノちゃんのためなら、おとーさんはやる。待っててね、ユキノちゃん。ユキノちゃんの大好きなおとーさんが、ユキノちゃんをいじめる悪い人間を、退治してくるからね」

 そう言うなり、ノムルは謁見の間から出て行こうと歩きだした――のだが、

「お父様も嫌い!」

 背中に被弾して崩れ落ちた。

「ゆ、ユキノちゃんは、お、おとーさんのこと、だ、大好き、だよね?」

 倒れながらも、ノムルは必死に愛する娘を振り返り、手を伸ばす。

「お父様なんか大嫌い!」
「ごふっ」

 第二射により、おっさん魔法使いは血を吐くという、瀕死の重症を負ったようだ。
 結果として人類絶滅の危機から救われたようだが、カイもムダイも、何とも言いがたい気持ちに襲われる。
 二人は片手で顔を覆って俯いてしまった。

「今のうちに対策を練ろうか?」
「彼が復活しかけたら、父上を好きか『雪乃』に聞けば良いのではないか?」
「その作戦でいこう」

 二人は視線を逸らし俯きがちに、頷きあった。
 人類の存亡を掛けた戦いとは思えぬ、残念な策である。

「しかし、どうすれば元に戻るんだ?」

 根本的な原因を取り除かないことには、常に危機は隣り合わせだ。

「あー……。戻せるかどうかは分かんないんだけど、倒す方法なら」

 と、ムダイが言ったところで、二つの殺気がムダイを射抜く。

「ユキノちゃんを倒すだと?! ムダイ、まずはお前から」

 一人目は、暗黒龍を背負い、目がくらむほどの雷光を持ってムダイに笑みかける。それはもう、誰がどう見ても、魔王様の嗜虐的な笑みだった。
 さすがのムダイも、これはやばいと身を引くほどに。
 そしてもう一人は、

「『雪乃』、父上は好きか?」

 冷静だった。黒髪の獣人は、怒りを覚えはしても、飲まれて状況を見失ったりはしなかった。

「お父様なんて、嫌い!」
「ごふっ」

 間一髪、ムダイが雷撃に倒れる前に、大魔王は封印された。

「ありがとう、助かったよ」

 背筋に冷や汗を流しながら、ムダイはカイに礼を言う。けれどカイはムダイを睨みつける。

「雪乃に危害は加えるな。何かに操られているのだろう。倒すべきは黒幕だ」
「あー、まあ、普通はそうなんだけどさ」

 ムダイは頬を掻いた。彼はその黒幕に目星がついている。おそらく『無題』の運営だろう。
 だが異世界から人間を呼び寄せたり、空からカードを降らせるような相手を、引きずり出すことなどできるのか。
 しかもいつ人類を絶滅させるか分からない爆弾(ノムル)を抱えている状態で。
 ムダイの視線がノムルに向かったことで、カイも眉をひそめる。

「確かに時間は限られるようだ。取りあえず、あのダルクとかいう男を尋問してみる」
「分かった。そっちは任せるよ。どうせノムルさんの足止めは、僕しかできないだろうし」

 困ったように、けれどどこか楽しげに言うムダイに一抹の不安を感じながらも、カイは謁見の間から出て行った。
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