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魔王の遺跡編

223.変態ダークエルフ

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 足を止めたカイとムダイは、ノムルを不思議そうに見つめる。

「知ってるんですか?」

 片方の眉を上げ、ムダイは尋ねた。

「……変態ダークエルフだ。あの野郎、マンドラゴラで満足したんじゃなかったのか? まだユキノちゃんを狙っていたのか?!」

 ノムルの脳裏には、アトランテ草原でであったダークエルフの姿があった。
 雪乃を「母上」と呼び襲い掛かってきた挙句、雪乃のマンドラゴラを一匹捕獲し、「母上」と呼んでいたという、訳の分からない少年である。

「ノムルさんに『変態』呼ばわりされるって、よっぽどだね」

 呆れたように述べたムダイだが、彼もノムルから変態呼ばわりされていることは棚上げしたようだ。

「しかし雪乃ちゃん、意外とすごい人たらしだね。ノムルさん以外にも、獣人とかダークエルフとか、レアキャラをコンプしそうな勢いじゃない?」

 しみじみと呟くムダイを、カイは不思議そうに見る。
 狼の耳が、ぴくりと動いた。

「こちらへ来るようだ」

 その一言を合図にするように、ノムルが復活した。

「ほおう。あのクソダークエルフ、自分からやってくるとはいい覚悟だ。きっちりお仕置きをしてやろう」

 カイの尻尾が逆立ち膨れ上がる。
 ノムルの背後には、八つ首の暗黒龍が顕現していた。

「あー、じゃあ、ここはノムルさんに任せて、僕たちは雪乃ちゃんを救出に……」

 言いかけたムダイを、ノムルはぎょろりと睨む。

「ユキノちゃんは渡さん!」
「いえいえ、奪いませんから! 本っ当、面倒くさいですね。一人にしてたら危ないでしょう? 護衛を兼ねて守ってますよ」
「手え出すなよ?」
「もちろんです」

 何とかノムルを承諾させたムダイは、カイと共に先に進もうとしたのだが、

「先に行こうにも、道は一つだぞ?」

 と、カイから冷静なツッコミを頂いた。
 凹むムダイ。しかしSランク冒険者は切り替えも早かった。

「分かった。じゃあ、僕たちは下がろう。今の状態のノムルさんの喧嘩に巻き込まれたら、さすがの僕も命の危険を感じる。君なんて流れ弾でやられかねないよ?」
「そうだな」

 ムダイの意見にカイは逆らわない。
 実力差は嫌というほど感じていた。ただ、人格的にノムルに対して敬意を払う気にはなれないが。
 カイとムダイは素早く戦線から離脱した。壁の頑強さから、少し離れて廊下を折れたところで待っていれば良いと判断し、そこから様子を窺う。
 ノムルが一人残されたところに、廊下の向こうから人影が走ってきた。肩にマンドラゴラを乗せたダークエルフ、ダルクだ。

「あのときの薄汚い人間か! 今日こそ排除する」

 ダルクは両手に暗黒の雷を発生させ、ノムルに向かって放つ。しかしそれは、ノムルに触れる前に霧散した。

「なっ?!」

 目を瞠るダルク。
 ノムルは顔を俯けたまま、ブツブツ言い続けている。

「嗚呼、本っ当、苛つく。俺のもんに手え出すんじゃねえよ」

 顔を上げたノムルは、光の消えた暗い眼をダルクに向けた。その背後には、口を開けた八つ首の暗黒龍が、早く獲物を喰わせろとばかりに蠢いている。

「なんだ、この威圧感は? 貴様いったい何者だ?!」

 ようやくどんな相手に手を出したのか気付いたダルクだったが、時すでに遅し。国会議事堂(仮)に、ダルクの悲鳴が響き渡った。

「おいおい、この程度で啼くなよ。お仕置きはまだこれからだぜ?」

 魔王……いや、大魔王ノムル様のお仕置きタイムが開始されたようだ。
 悲鳴を上げようと泣き叫ぼうと、意識を失おうと、容赦なく叩き起こされて、ノムルの鉄槌が下される。
 冷め切った眼差しを落としながら、薄っすらと笑みを浮かべているノムルの姿は、親ばかノムルとは別人であった。
 そうっと覗き見たカイが、絶句したまま固まってしまったほどに。

「やっぱり本物のノムルさんであってたんだ。雪乃ちゃんといるときは別人だからさ、ちょっと疑ってたんだよね」

 と、カイの後ろから首を出したムダイは、のほほんと感想を述べる。
 カイの視線はムダイへと移った。
 変態っぷりと突飛な言動こそ警戒していたが、どこか気の抜けたノムルの様子に、噂ほど恐ろしい人間ではないようだと見定めていたのだ。
 しかし今目の前にいる男は、噂どおりの――いや、それ以上の、最強にして最凶の魔法使いだった。

「ああなったら時間掛かるよ? 先に行こうか?」

 顔を引き攣らせているカイの肩を叩くと、ムダイは廊下へと踏み出した。

「じゃ、先ほどの打ち合わせどおり、先に行って護衛しときますから。存分に憂さ晴らししてからきてください」
「ああ。二度と俺のユキノちゃんに手を出そうなんて思えないように、しっかりしつけてやるさ」

 カイは瀕死のダルクに視線が釘付けになったまま、ムダイを追うようにノムルの脇を通り過ぎる。

「雪乃、本当にあの人と行動を共にして、大丈夫なのか?」  

 小さな樹人の子供の身を、改めて心の底から案じたカイだった。



 その頃、雪乃はどろりとしたタールのような重い液体の中に、沈みつつあった。根を引きずり込まれ、枝に重くまとわり付く。
 タールが触れるたび、悪意が流れ込んできた。

『気味が悪い』
『こっちへ来ないで!』
『出来損ないが』

 どこかで聞いたことのある声、深く、心へと沁み込んでくる声。

『化け物!』
『出て行け』
『家の恥が』

 憎しみ、蔑み、怒り、恐れ……。
 言葉に乗せて押し寄せてくる感情に、雪乃は流せないはずの涙をこぼす。

「ごめんなさい。何もしないから、ごめんなさい――」

 黒いタールは容赦なく雪乃を飲み込んでいく。

『魔王になりますか?』
「なりません」
『復讐しますか?』
「しません」
『……』

 無機質な声が、雪乃の頭に問いかける。

『なぜ?』
「どうして? だって、悪いのは私。皆を傷つけてしまったから」

 雪乃はほろほろと涙をこぼす。
 胸が潰れそうに痛んだ。

『では、あの子は悪い子かい?』

 雪乃は振り返る。
 そこには小さな女の子がいた。母親に虐げられ、父親は関心も示さない。心に深い傷を負い、布団の中で声を殺して泣く少女。

「いいえ。彼女は悪くない。でもきっと、お母さんも苦しんでいる。幸せなら、誰かを傷付けようなんて思わないもの。子供を傷付けないといけないほど、追い込まれていてしまっている」

 雪乃はぽろぽろと涙をこぼす。

「誰か、お母さんの話を聞いてあげて。女の子の涙に気付いて。誰でもいい、誰か、二人を助けてあげて――」

 視界を閉じた雪乃は、心の底から二人が救われることを願った。
 すると、雪乃を沈めようとしていたタールのような悪意が、雪乃から離れていった。
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