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ゴリン国編

212.寝台で寝ないの?

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「マンドラゴラって、こういう生態なの? たしか、薬草として使われてるんだよね? え? これを飲むの? え?」

 困惑するムダイに向き直ったマンドラゴラたちは、身を寄せ合って、ふるふると震えた。

「違う! 僕はマンドラゴラを飲んだりしないから! さすがにこれは無理!」

 わたわたと両手を振るムダイを、マンドラゴラたちは疑わしそうに、じいっと見つめる。

「いや、本当に、絶対に採取とかしないって。無理でしょう? これは」

 ようやく安心したのか、机の上を駆け回るマンドラゴラたち。おそらく初めから、ムダイをからかっていただけなのだろうが。

 そんなことをしているうちに、日も翳ってきた。そろそろ寝床を探したほうが良いだろう。
 雪乃が考えていると、カイも察してくれたようだ。

「奥に森がある。あそこを借りて休めばいい」

 そう言うと、雪乃を膝から下ろす。雪乃は机に枝を差し出し、マンドラゴラたちを回収した。

「森? 寝台で寝ないの?」

 二人の様子を、ムダイは訝しげに見る。
 雪乃とカイは目を見合わせた。
 雪乃は単純に、なぜ自分の正体を知るムダイがそんな質問をするのかと、不思議に思ったのだ。
 一方のカイは、ムダイは雪乃と親しいようだが、樹人だとは知らなかったのかと、わずかに警戒を強めた。

「眠る時は、根を張りますから」

 そんなカイの心配を、あっさり雪乃は打ち砕く。
 答えを貰ったムダイは、固まった。一点を見つめたまま、何度か瞬きを繰り返し、

「ああ、そうか。そうだよね。……え? そうなの? あれ?」

 と、挙動不審になった。
 混乱の海に沈んでいったムダイは放っておいて、雪乃はカイと手をつなぎ、部屋を出て行く。

 森に入った雪乃は根を張ると、目立たないようにポシェットとローブを外す。
 そこでカイは目を丸くし、雪乃の枝に手を伸ばした。腕代わりの枝より下に幾つかある、短く細い枝だ。
 視線を落とした雪乃は、ぽんっと紅葉する。
 そこにはニューデレラの町で買った、ガラスの人形が掛けてあった。
 一つはノムルに似た、魔法使いの人形。そしてもう一つは、黒い服を着た、狼獣人の人形だ。

「ええっと」

 うつむき口ごもる雪乃には構わず、カイは人形を指先でつまみ、じいっと見つめる。その表情が、ふっと和らいだ。
 けれど、どこか自嘲めいていて、悲しそうな微笑みだった。

「本当は、雪乃にはもう会えないと思っていた」

 カイの大きな手が、雪乃の頭を撫でる。

「俺たち獣人ですら、人間たちが支配する大陸を旅することは、危険を伴う。一歩間違えれば狩られて奴隷落ち、最悪、命を奪われることもある」

 黒いカイの目は、哀しみと苦しみに染まっていた。

「そんな世界に、俺たち以上に危険な状態である雪乃を残して帰ったことを、ずっと悔やんでいた。無理矢理にでも連れ帰るべきだったのではないかと」
「カイさん……」

 雪乃は胸が苦しくなった。
 樹人が旅をすることの危険は、何度も言い聞かせられた。一緒にカイたちの国へ来ないかと、誘ってももらった。
 だが雪乃がそれを断わったのだ。
 この世界に来て間もなかった雪乃は、まだどこか現実感が乏しかった。人間に追いかけられたことはあったが、そこまで切迫した気持ちは持っていなかった。
 ノムルと出会って受け入れられ、護られてきたことで、ここまで無事に旅を続けてこられた。
 しかしそれは、本当に幸運なことで、実際はいつ人間に討伐されても、おかしくない状況だったのだ。

「本当に、無事でよかった」

 小さな樹人の体を、カイは優しく包み込む。その体は、小刻みに震えていた。
 どれほど心配を掛けたのか、雪乃は嫌と言うほど気付かされた。

「ごめ、なさい」

 息が詰まって、美味く言葉を紡げなかった。
 カイの頭が左右に振れる。良いのだと、全てを許すように。

「カイさん、助けてくれて、ありがとうございました。心配してくれて、ありがとうございました」

 雪乃もまた、枝を伸ばし、カイを抱きしめた。
 その瞬間だった。
 世界が真っ白に染まり、直後に森を揺るがすほどの、雷鳴が轟く。

「人の娘に何してんのさ? 破廉恥だ! 即刻離れろ。成敗してくれる!」
「「……」」

 雪乃もカイも、一瞬で醒めた。むしろ冷め切った。
 仁王立ちになり、右手の人差し指を突き出している、クロネコ耳を付けた魔法使い。
 いつも以上に威厳も何もあったものではない。むしろ何のお笑いだ? と呆れるより他なかった。

「ノムルさん、いい加減に空気を読むということを、少しは学んでください」

 怒りや羞恥にふるふる震えながら、雪乃は何とか声を絞り出したのだった。

 騒ぎのせいで人が集まってきたため、雪乃はすぐさまカイに抱えられて、その場を離れた。
 人目に付かない木の上でローブを着せてもらい、さらに場所を変える。

「こらー! ユキノちゃんを返せー!」

 後ろからは変態魔法使いが追ってくる。
 しっかりフードも被って正体を隠した雪乃は、ようやくノムルに向かい合った。

「ノム……」
「どういうつもりだ?」

 雪乃が声を張り上げるより先に、怒りを含んだカイの声がノムルへ向かう。

「それは俺の台詞だっての。何勝手にユキノちゃんを連れまわしてるのさ? おまけに裸にして抱きつくとか、死ぬ覚悟はできてるんだろうな?」

 魔王が降臨し、暗黒オーラが漂っている。
 それはともかく、

「誤解を招くような言い方をしないでください!」

 雪乃は真っ赤に紅葉して、訂正を求めた。カイもわずかに頬を赤らめている。

「ユキノちゃんの裸を見て良いのは、おとーさんだけなの!」

 ノムルはぷんすか怒っている。
 視線をそらして考えるようにうつむいていたカイは、意を決したように口を開く。

「すまない。言われてみれば、確かに女の子の服を家族でもない俺が脱がせるのは、問題だったかもしれない。最初に出会ったときの雪乃は何も着ていなかったから、つい、そういう意識を失っていた」

 理不尽な八つ当たりであるのに、カイは神妙な顔で謝罪した。
 勝ち誇ったように、ノムルが胸を張る。

「しかし先ほどの行動は許容できない。下手をすれば雪乃の正体が露見していた。よりによって、この冒険者ギルドの本部で。この危険性が分からぬノムル殿ではないと思うが?」

 目を細めて、カイはノムルを射るように見る。
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