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ラジン国編
179.交換する気は無いようだ
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この騒動の主犯とはいえ、まだ幼い美少女に、それは非道だろう。なにせその手に乗っているのは、植木鉢に根を下ろしている、ムッセリー草だ。
雪乃でさえ直視を拒否した、モザイクを掛けたくなるあれである。
そうっと視線を逸らしながらノムルのローブを引っ張るが、ノムルに交換する気は無いようだ。
「そーだよー。採取する前に魔力を込めれば、薬草に魔力が残ったままになるってことは、確認済みなんだけどねー。どれほど効能に違いが出てくるのかまでは、旅の途中じゃ調べられなくてさー。それに多くの薬草のデータを集めるには、俺一人じゃ時間が掛かるからねー」
満面の笑顔で、ヴィヴィの質問に丁寧に答えている。
「お役に立てて光栄ですわ」
ヴィヴィは雪乃に向けて口角を上げると、軽く鼻で笑った。彼女だけでなく、ノムルから薬草を渡された者の多くが、雪乃を勝ち誇ったように見下している。
だけどやっぱり、雪乃は彼らに対して、同情と感謝しかない。なにせこの騒動が無ければ、雪乃とノムルで確かめる予定だったのだ。
雪乃はきらきらと葉をきらめかせて、彼らを優しく見つめる。
「嗚呼、皆さん、本当にありがとうございます。雪乃は感謝の言葉以外、見つかりません」
「ユキノちゃん、気持ちは分かるけど、戻っておいで」
思わず本音がだだ漏れた雪乃は、今にも踊りだしそうだ。
ノムルはそうっと雪乃を引き戻す。
これから自分たちの身に降りかかる災いを知らない魔法使い達は、訝しげに顔をしかめるばかりだ。
そしてノムルが解散宣言を下すなり、薬草を受け取った者達は、一斉に駆け出した。
誰よりも先にノムルに成果を報告して、彼からの評価を得ようという魂胆だろう。だがしかし。
「ぅぎやああああぁぁぁあぁぁーーっ?!」
「いやああああぁぁぁーー!!」
「うぎゃらうぐぅあうあぅああー?!」
その日、魔法ギルドのあちらこちらから、悲鳴やら奇声やら怒声やら爆発音やら、ともかく、騒がしかった。
ノムルと雪乃は、しっかりと結界を張って侵入不可とした部屋の中で、のんびりお茶を楽しむ。
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
騒動に皆が気を取られている間に、ランタの回収も済ませることができた。
「これで後は、融筋病の薬が熟成するのを待つだけですね」
「そうだねー」
「災い転じて福となすとは、まさにこのことですね」
雪乃は空になったノムルの湯飲みにお茶を注ぐ。低めのお湯でじっくり煎れた緑茶は、甘く飲みやすい。
「やっぱりユキノちゃんのお茶が、一番だねー」
「ありがとうございます」
「ぴー」
二人と一匹は、赤く染まる夕日をのどかに眺めた。
今日も平和な一日が終わる。
「いぎやああぁぁぁーーっ!!」
「助け……ああああぁぁぁーー!!」
「おろしてええええーーーっ!」
「待て、俺ごと撃つなあーーっ!」
「ぎゃああああーー?! 来るなあーっ!」
扉の向こうから、賑やかな声や爆発音やら何かが壊れる音がするが、魔法使いのギルドだ。
明日の朝には何事もなかったように改修されているのだろうと、雪乃は植木鉢に根を張って、眠りに就いたのだった。
朝食を食べるためにラウンジへと向かうノムルに、雪乃も付いていく。
途中、蔓性魔植物が天井を這っていたり、甘ったるい香りが漂ってきたり、魔カマーフラワーが廊下の向こうを元気に走っていったが、気にせず歩いていく。
ラウンジに着くと、テーブルに突っ伏す魔法使いたちが目に入る。
全員の頬がげっそりと痩せこけ、目の下に真っ黒な隈が浮かんでいる。まるで飲まず食わずで、三日ほど徹夜仕事をしたかのような有様だ。
「お、おぞましいものを見たわ……」
まだ若いヴィヴィまで、げっそりとしていた。
顔には隈がくっきり浮かび、髪の毛もボサボサである。折角の美少女が台無しだ。
「昨日の夕方は、皆さんお元気だったはず。一夜にしてこれほどまで消耗されるとは」
「本当にねえ。たった一晩くらいで大げさだよねえ」
「「「……」」」
死んだ魚のような目が、雪乃とノムルを見る。
「何か滋養の付くものでも作りましょうか? それとも魔力回復のほうが良いでしょうか?」
「うーん。どちらかと言えば、魔力が枯渇しているようだね」
「了解です。えーっと、魔力回復には……」
雪乃は薬草図鑑をめくる。
「……マンドラゴラジュースが良いみたいです」
「……。ユキノちゃんが良いならいいけど」
二人の頭上に、自由気ままな小さな友の姿が浮かぶ。
「わ?」
雪乃はローブの下から聞こえてきた声を、小枝で押さえて引っ込めさせた。
「最近、なんだか彼らの自由度が上昇している気がします」
「人前で出てこなければ、もうどうでもいいよ」
「そうですね」
ノムルはサンドイッチを摘まむ。
何かパンの間から蠢いている気がするが、ノムルが気にしないのならば放っておいて良いだろうと、雪乃は見なかったことにした。
「さすがに彼らをすりおろすのは心が痛みますので、マンドラゴラエキスにします。おそらく通常のマンドラゴラジュースと、効果は同じくらいになると思いますし」
「どうだろうねー。ユキノちゃんの薬は効果が高いから、もっと薄めても良いかもねー」
などと話しながら、のんびりと朝の一時を楽しむ。
近くの廊下から悲鳴が聞こえてくると、ラウンジにいた魔法使いたちが、びくりと震えて起き上がった。杖を構え、臨戦態勢に入る。
悲鳴と足音が近付いてきた。
雪乃はなんとなしに視線を向ける。
数人の魔法使いたちが駆け抜け、ラウンジにいる魔法使いたちの緊張が高まっていく。逃げた魔法使いを追いかけて、それは姿を現した。
肉厚の赤い花びら、それに負けぬタラコ唇。そこからだらしなく伸びた真っ赤な舌からは、透明な液体が滴っている。
花だけで一メートルほど、全長二メートルほどの、かつて見慣れた魔カマーフラワーだ。
ラウンジに人がいることに気付いた魔カマーフラワーは、根を止め、ラウンジの中を見回す。舌なめずりするように動いた舌から、透明な液体が飛び、壁をじゅわりと溶かした。
「おお! あの涎は、意外と攻撃力があったのですね」
今まで気付かなかった事実に、雪乃は感嘆の声をもらす。
そんな雪乃に意識を向ける余裕もないのかスルーして、魔法使いたちは杖を構えた。
「結界、展開!」
ヴィヴィの声に従って一斉に魔力を放ち、結界を張る。
数人の魔法使いが作り出した結界に阻まれて、魔カマーフラワーは、ラウンジ内に侵入できないようだ。
ノムルはサンドイッチを食べ終え、食後のお茶を楽しんでいる。
雪乃でさえ直視を拒否した、モザイクを掛けたくなるあれである。
そうっと視線を逸らしながらノムルのローブを引っ張るが、ノムルに交換する気は無いようだ。
「そーだよー。採取する前に魔力を込めれば、薬草に魔力が残ったままになるってことは、確認済みなんだけどねー。どれほど効能に違いが出てくるのかまでは、旅の途中じゃ調べられなくてさー。それに多くの薬草のデータを集めるには、俺一人じゃ時間が掛かるからねー」
満面の笑顔で、ヴィヴィの質問に丁寧に答えている。
「お役に立てて光栄ですわ」
ヴィヴィは雪乃に向けて口角を上げると、軽く鼻で笑った。彼女だけでなく、ノムルから薬草を渡された者の多くが、雪乃を勝ち誇ったように見下している。
だけどやっぱり、雪乃は彼らに対して、同情と感謝しかない。なにせこの騒動が無ければ、雪乃とノムルで確かめる予定だったのだ。
雪乃はきらきらと葉をきらめかせて、彼らを優しく見つめる。
「嗚呼、皆さん、本当にありがとうございます。雪乃は感謝の言葉以外、見つかりません」
「ユキノちゃん、気持ちは分かるけど、戻っておいで」
思わず本音がだだ漏れた雪乃は、今にも踊りだしそうだ。
ノムルはそうっと雪乃を引き戻す。
これから自分たちの身に降りかかる災いを知らない魔法使い達は、訝しげに顔をしかめるばかりだ。
そしてノムルが解散宣言を下すなり、薬草を受け取った者達は、一斉に駆け出した。
誰よりも先にノムルに成果を報告して、彼からの評価を得ようという魂胆だろう。だがしかし。
「ぅぎやああああぁぁぁあぁぁーーっ?!」
「いやああああぁぁぁーー!!」
「うぎゃらうぐぅあうあぅああー?!」
その日、魔法ギルドのあちらこちらから、悲鳴やら奇声やら怒声やら爆発音やら、ともかく、騒がしかった。
ノムルと雪乃は、しっかりと結界を張って侵入不可とした部屋の中で、のんびりお茶を楽しむ。
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
騒動に皆が気を取られている間に、ランタの回収も済ませることができた。
「これで後は、融筋病の薬が熟成するのを待つだけですね」
「そうだねー」
「災い転じて福となすとは、まさにこのことですね」
雪乃は空になったノムルの湯飲みにお茶を注ぐ。低めのお湯でじっくり煎れた緑茶は、甘く飲みやすい。
「やっぱりユキノちゃんのお茶が、一番だねー」
「ありがとうございます」
「ぴー」
二人と一匹は、赤く染まる夕日をのどかに眺めた。
今日も平和な一日が終わる。
「いぎやああぁぁぁーーっ!!」
「助け……ああああぁぁぁーー!!」
「おろしてええええーーーっ!」
「待て、俺ごと撃つなあーーっ!」
「ぎゃああああーー?! 来るなあーっ!」
扉の向こうから、賑やかな声や爆発音やら何かが壊れる音がするが、魔法使いのギルドだ。
明日の朝には何事もなかったように改修されているのだろうと、雪乃は植木鉢に根を張って、眠りに就いたのだった。
朝食を食べるためにラウンジへと向かうノムルに、雪乃も付いていく。
途中、蔓性魔植物が天井を這っていたり、甘ったるい香りが漂ってきたり、魔カマーフラワーが廊下の向こうを元気に走っていったが、気にせず歩いていく。
ラウンジに着くと、テーブルに突っ伏す魔法使いたちが目に入る。
全員の頬がげっそりと痩せこけ、目の下に真っ黒な隈が浮かんでいる。まるで飲まず食わずで、三日ほど徹夜仕事をしたかのような有様だ。
「お、おぞましいものを見たわ……」
まだ若いヴィヴィまで、げっそりとしていた。
顔には隈がくっきり浮かび、髪の毛もボサボサである。折角の美少女が台無しだ。
「昨日の夕方は、皆さんお元気だったはず。一夜にしてこれほどまで消耗されるとは」
「本当にねえ。たった一晩くらいで大げさだよねえ」
「「「……」」」
死んだ魚のような目が、雪乃とノムルを見る。
「何か滋養の付くものでも作りましょうか? それとも魔力回復のほうが良いでしょうか?」
「うーん。どちらかと言えば、魔力が枯渇しているようだね」
「了解です。えーっと、魔力回復には……」
雪乃は薬草図鑑をめくる。
「……マンドラゴラジュースが良いみたいです」
「……。ユキノちゃんが良いならいいけど」
二人の頭上に、自由気ままな小さな友の姿が浮かぶ。
「わ?」
雪乃はローブの下から聞こえてきた声を、小枝で押さえて引っ込めさせた。
「最近、なんだか彼らの自由度が上昇している気がします」
「人前で出てこなければ、もうどうでもいいよ」
「そうですね」
ノムルはサンドイッチを摘まむ。
何かパンの間から蠢いている気がするが、ノムルが気にしないのならば放っておいて良いだろうと、雪乃は見なかったことにした。
「さすがに彼らをすりおろすのは心が痛みますので、マンドラゴラエキスにします。おそらく通常のマンドラゴラジュースと、効果は同じくらいになると思いますし」
「どうだろうねー。ユキノちゃんの薬は効果が高いから、もっと薄めても良いかもねー」
などと話しながら、のんびりと朝の一時を楽しむ。
近くの廊下から悲鳴が聞こえてくると、ラウンジにいた魔法使いたちが、びくりと震えて起き上がった。杖を構え、臨戦態勢に入る。
悲鳴と足音が近付いてきた。
雪乃はなんとなしに視線を向ける。
数人の魔法使いたちが駆け抜け、ラウンジにいる魔法使いたちの緊張が高まっていく。逃げた魔法使いを追いかけて、それは姿を現した。
肉厚の赤い花びら、それに負けぬタラコ唇。そこからだらしなく伸びた真っ赤な舌からは、透明な液体が滴っている。
花だけで一メートルほど、全長二メートルほどの、かつて見慣れた魔カマーフラワーだ。
ラウンジに人がいることに気付いた魔カマーフラワーは、根を止め、ラウンジの中を見回す。舌なめずりするように動いた舌から、透明な液体が飛び、壁をじゅわりと溶かした。
「おお! あの涎は、意外と攻撃力があったのですね」
今まで気付かなかった事実に、雪乃は感嘆の声をもらす。
そんな雪乃に意識を向ける余裕もないのかスルーして、魔法使いたちは杖を構えた。
「結界、展開!」
ヴィヴィの声に従って一斉に魔力を放ち、結界を張る。
数人の魔法使いが作り出した結界に阻まれて、魔カマーフラワーは、ラウンジ内に侵入できないようだ。
ノムルはサンドイッチを食べ終え、食後のお茶を楽しんでいる。
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