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ラジン国編

173.やっぱりいけなかったのかな?

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 頭の上に、ノムルの額が触れる。

「ユキノちゃん」
「なんでしょう?」

 雪乃は淡々と答える。
 ノムルの体が、小刻みに震えだした。何度も声を出そうとしては、その度に飲み込む。

「俺、」
「はい」
「俺、やっぱりいけなかったのかな?」

 雪乃は答えない。
 唐突に聞かれても、何の話か分からなかった。
 しばらく待ってみたが、説明は無いようだ。

「私との養子縁組の件でしたら、ノムルさんの思うようにしてくださって構いませんよ? 私は親子とか、そういうものに興味が薄いので必要性を感じませんが、ノムルさんなら、お父さんでも構わないです」

 ほんのりと、雪乃は紅葉した。
 言葉にすると、恥ずかしい。
 ぎゅっと、ノムルの腕がさらに食い込む。葉がかさりと音を立てた。

「ユキノちゃん、聞いてほしいんだ」
「どうぞ」

 雪乃は逆らわない。
 ただ優しく、ノムルの震える腕を、あやすように叩いた。

「俺はね――」

 そう言って、ノムルは彼の過去を語り出した。それは、このラジン国が建国されるより以前の話だった。




 アラージ国では、魔法使いは奴隷のように扱われていたんだ。場合によっては、奴隷以下かな。
 ただの道具や燃料として使われていた。
 俺はスラムで生まれたらしいんだけど、物心付く前に魔力が強いことがばれて、国王軍に連行された。
 強制的に主従契約を交わされて、王様の命令には逆らえないようにされたんだ。体に魔術式を刻み込み、命令に背いたら激痛が走るってやつだねえ。

 それから学校という名の収容所に入れられて、色々と憶えさせられたよ。
 俺は魔力も多ければ、憶えも理解も早かったようで、すぐに卒業した。それからは、国のために働かされたんだ。
 なんでもしたよ? 魔物どころか、人間も手にかけた。どれだけの命を奪ったかなんて、憶えちゃいない。

 そんな日が続いて、十歳くらいになった頃だったかな。
 いつものように、魔法も使えない兵士から、鞭打たれるわ、蹴られるわの八つ当たりを受けてたときにさ、切れちゃった。

「魔法使いを物扱いするやつなんか、消えちゃえ!」

 ってね。
 そしたら、周りにいた偉そうな人間たちが、本当に消えちゃったんだ。何が起こったのか分からなくて、いわゆる、ぽかーんって感じ?
 でもまあ、じっとしてても仕方ないじゃん? 折檻に使われていた、軍の鍛錬場から出たわけさ。
 けど、やっぱり人がほとんどいないの。
 足音がして振り返ったら、いつもこっそり菓子やパンを差し入れしてくれてた、ドインって兵士が走ってきた。

「何があったの?」

 って、ドインに聞いたんだけど、お前が言うなよって話だよねー。
 兵士達を消したのは、俺なのに。
 でもその時は、自分が発した魔法だなんて思わなかったんだ。

「坊主は無事だったか」

 ドインは俺を見て、ほっと安心したように息を吐くと、乱暴に頭を撫でた。それから、

「何が起こったのか分からないが、城も城下も、大勢の人間がとつぜん消えて、混乱してる。魔法省の場所は分かるか?」

 俺は頷いた。
 定期検査という身体実験で、何度か連れて行かれた場所だ。

「今まともに動いているのは、あそこだけだ。魔法使い達も大勢いる。とりあえず、あそこに避難しておけ」

 ちらりと、俺は背中に刻まれた魔術式に視線を向けた。勝手な行動を取れば、魔術式が作動して、激痛に見舞われる。
 察したドインは困ったように眉を下げたけど、安心させるように俺の頭をもう一度撫でた。

「大丈夫だ。王族はフィフィル様を残して姿を消した。魔法使いたちに刻まれた魔術式の主は、フィフィル様に移行したとの確認も取れている。そのフィフィル様が、避難と救助を優先するようにと命令を下したから、ここから出てもそれが発動することはない」

 俺はほっと息を吐くと、ドインの指示に従って、魔法省に避難した。
 魔法省に行くまでの距離は、結構あったと思うんだけど、途中で見かけた人間は、ほんの数人だった。

 辿り着いた魔法省の建物内は、人込みであふれてた。そのほとんどが、ぼろを着た、魔法使いらしき人間だった。怒声や罵声も飛び交って、混乱していたっけ。
 俺は人ごみの中を分け入った。後ろで待ってても、状況が分からないからねー。

「押さないでください!」
「結界を張っていますから、大丈夫です! ……たぶん……」

 声を張り上げて、群集を落ち着かせようと頑張っている人に、俺は近付いた。

「何があったんだ?!」
「それが分かれば苦労しない! いいからおとなしく待っていてくれ!」

 国中の魔法使いを管理し、魔法に関する様々な研究をしている魔法省も、原因がつかめずに苛立っていた。
 俺は壁際に寄ると、小さく座って待つことにした。
 夜が来て、朝になっても、状況は良くなるどころか、悪化を辿っていた。

「城下だけじゃなく、王都全体から人が消えたらしいぞ」
「いや、もっと広いと聞いた。確認できてないだけで、国中じゃないのか?」
「この国だけか?」

 不安の囁き声が、あちらこちらから聞こえてくる。

「消えたのは非魔法使いだけらしいぞ?」
「いや、魔法使いの中にも、消えたやつがいる。まあ、貴族に媚を売って、他の魔法使いを隷属していたやつだから、同情はしないけどな」
「魔法使いの誰かが、俺達仲間を助けるために決起したんじゃないのか?」
「うわあ、俺も参加したかった」

 どこからか、嬉々とした声が灯り始めた。

「王族で残ったのは、フィフィル様だけだって? どんなお姫様だ?」
「さあ? 王族なんて、どれも同じだろ?」
「いや、フィフィル様は魔力をお持ちだと聞く。そのせいで、塔に幽閉されていた」

 フィフィル様の噂も聞こえてきた。
 そして、魔法使いを虐げていた王族や軍が、壊滅状態になったことに気付いた魔法使い達は、次々と決起していった。
 王城に乗り込み、貴族の屋敷を荒し、今まで虐げられてきた鬱憤を晴らすように、荒れ狂い出した。

 俺はそのまま、魔法省に留まっていた。
 怒りを向ける相手はとっくに消えてたし、何よりここにいれば、食事をもらえたからね。
 気付けば魔法省に避難している人間は、減っていた。玄関ホールで、ゆっくり横になれるだけのスペースを確保できるくらいにね。
 いつものように慌しく、魔法省の職員が出入りしていた。
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