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ラジン国編

172.どうして私が

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 しかしディランは聞き逃さなかった。

「ユキノ様には、ご親戚がおられるのですか?」

 にっこりとほほ笑んで確認してきた。

「いないわけではないのですが、ちょっと癖が強いと言いますか」
「構いませんよ? ご紹介いただけますか?」
「……」

 笑顔で押してくるディランは、本能的に危険を感じるほどだ。
 ディランとしては、ノムルと雪乃の様子から、その親戚とやらに連絡を入れられることを恐れていると見ている。
 上手くいけばこの話を流せるかもしれないと、算段をつけた。
 雪乃は考える。どうすればディランの追求をかわせるかと思考を繰り返し、そして気付いてしまった。

「どうして私が頑張っているのでしょう?」

 ぽてんと幹を傾げる。
 冷静になってみれば、養子縁組を望んでいるのはノムルだ。雪乃としては、確かにノムルと一緒にいると楽しいが、養子になることまで望んでいるかとなると、そこまでではない。

「ユキノちゃん? おとーさんと名実ともに、親子になりたいでしょう?」
「いえ、特にどちらでも」
「……っ?!」

 真顔で答えた雪乃に、ノムルは声にならない悲鳴をあげる。

「ディラン! 急いで手続きを! ユキノちゃんが他の人間にとられる前に、既成事実を作り上げるんだ!」
「誤解を生みそうな発言はやめてください」
「ユキノちゃんは渡さん!」
「聞いていますか? ノムルさん」

 どうやら雪乃の発言が、ノムルに火を着けてしまったようだ。

「えっと、ですから、そのユキノ様のご親戚という方をご紹介いただければ」
「ディラン、お前、俺より弱いよな?」
「ええ。もちろんです」

 弱いと言われて爽やかな笑顔を見せるディランに、雪乃はちょっと引いてみる。
 彼はいけない扉を開きかけているのかもしれない。

「あの変態爺はな、俺に半身血まみれ、さらに火傷という、重症を負わせたんだぞ? それでも会いたいか?!」
「っ?!」

 正確には、高速ほっぺすりすりの摩擦により、すりおろされて、ついでに火傷を負ったのだが。
 それはともかくとして、ディランは衝撃で顔が土気色になって固まってしまった。
 小さな声で何か繰り返し呟いているようだが、雪乃たちには聞き取れない。
 とりあえず、動き出すまで待ってみる。
 待ってみたのだが、カッと目を見開いたディランは、拡声魔法を展開し始めた。

「全世界の魔法使いに告ぐ!」
「「ん?」」
「ノムル様を傷つけたという爺を、まっさ」
「待ていっ!」

 雪乃の飛び蹴りが炸裂した。
 見事にディランの顔面にヒットし、演説を止めることに成功したようだ。

「え?」

 蹴られたディランは呆然としている。
 雪乃の意思を察したノムルは、さっくりとディランの魔法に侵入した。

「今の無しねー」

 こんな軽い言葉で無かったことに出来るのかは謎だが。
 ディランの隣に着地した雪乃は、枝先を突きつける。

「なんでいきなり、そうなるんですか?! ノムルさんは非常識だと思っていましたが、それを上回ってどうするんですか?!」
「いや、ユキノちゃん? おとーさん、ちょっと傷付くかもよ?」

 雪乃はちらりとノムルを見たが、間違ったことは言っていないと判断し、ディランに向き直る。

「えー? おとーさん無視?」

 凹んでいるが、放置する。

「なっ?! ノムル様に傷を付けたのですよ? 報復が必要です!」
「不要です! そもそもお爺ちゃんがしたことは、ノムルさんが普段していることと変わりません!」
「えー?! 俺をあんな変人と一緒にしないでよ!」
「同じです!」
「えー?」

 ノムルも古老の樹人も、雪乃にしてみれば、どちらも頬擦り攻撃を仕掛けてくる相手であることに、違いはない。

「いい加減にしてください!」

 ばんっと、机を拳が振るわせた。

「ノムル様を損ないかねない存在は排除する。それは魔法使い達にとって当然のことです。それも分からぬような無知な存在が、ノムル様の養子となるなんて。ましてノムル様を傷つけたのは、あなたの身内だというではありませんか! そもそも昨日から見ていましたが、なんですか? ノムル様に対して不遜過ぎます! 君のような存在、魔法ギルドは認めるわけにはいきません!」

 血走った眼で、ディランは雪乃を睨みつける。
 言い争っていた雪乃とノムルは、口を閉じてディランに顔を向けていた。
 雪乃は驚いて、ノムルは怒りを湛えて。

「ぴ?」

 ぴー助も、しっぽバンを忘れてディランを見つめている。
 ノムルはソファに座り直すと、杖を取った。雪乃を浮かせて、自分の膝の上に回収する。

「あのさ、アラージを滅ぼしたのは俺だし、ラジンや魔法ギルドも、俺のせいで出来たみたいなもんだから、俺のことはどーでもいいんだけどさ。ユキノちゃんを傷付けるのは止めてくれない?」

 むき出しの刃先を咽元に突きつけるように、ノムルは冷え切った声をディランに向けた。
 ひゅっと、ディランの咽が高い音を立てる。顔色は真っ青で、瞳孔が開いてきている。
 それでもノムルの暗い眼光は、ディランから離れない。
 窓の隙間から吹き込むような甲高い風音が、ディランの咽から聞こえてくる。

「ノムルさん、そこまでです」

 これ以上はディランの体に危害が及びかねないと、雪乃は静かに制止を告げた。
 ノムルは消せない憤りを、まぶたで隠す。それにより、ようやくディランの呼吸が戻った。
 長距離を走ったかのように、ディランは肩を揺らして何度も大きく呼吸を繰り返す。
 雪乃はノムルの様子を窺った。いつもと違う、苦しそうな怒りだ。
 正面に首を戻した雪乃は、怒りを抑えるために声を発することのできないノムルに代わり、ディランに告げる。

「申し訳ありませんが、今日はお引き取りください。ノムルさんが落ち着いたら、こちらからご連絡しますので」
「なぜ君が――っ?!」

 反論しようと顔を上げたディランの呼吸が再び止まる。一点を見つめたまま、動けなくなった。
 薄く開いたまぶたの隙間から覗いた瞳には、ノムル・クラウの強い意思がこもっていた。
 これ以上ここにいれば、更なる怒りを買うだろう。そして、ノムル・クラウを失うかもしれない。
 ディランには、退室するしか選択肢が無かった。
 肩を落として部屋から出て行くディランを目で見送った雪乃は、扉が閉まったことを確認してから、視界を閉じた。そして、後ろに重心を移動する。
 ぽてりとノムルのお腹に身を預けると、雪乃は声を出した。

「大丈夫ですよ、ノムルさん」

 大きな手が、ぴくりと震える。躊躇うように小さく動き、それから雪乃を抱きしめた。
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