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北国編

161.ラジン国法第四十六条

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「ラジン国法第四十六条。殺人に関しては<中略>ただし、死者が魔法を使えない人間であった場合、罪に問われることはない」
「……」
「……」

 雪乃とムダイは、ノムルを凝視して固まった。
 略されているのも気になるが、要するに魔法を使えない人間は、殺されても文句は言えないということだろう。
 偏見のレベルを超えている。

「防御魔法も結界も身体強化も治癒魔法も使えないようなやつとは思わず、うっかり殺しちゃったときに適応されるんだけどね」

 へらりと笑っているが、笑顔で言う台詞ではない。というか、どんな法律だ。

「ラジン国は魔法使いの国ですからねえ。魔法を使えない人間は、入国と同時に奴隷落ちも珍しくないですよ?」

 さらにギルド職員が駄目押ししてきた。

((だからどんな国だ?!))

 雪乃とムダイの心の叫びが重なった。

「まあ、お前がどうしても奴隷になりたいって言うなら、止めはしないけど?」
「ぐっ」

 良い笑顔を浮かべるノムルに、今度こそムダイは身を引いた。だがしかし、その目が雪乃へと移る。

「では雪乃ちゃんはどうなんですか? 見た目は魔法使いですけど、魔法は」
「あ、使えます」

 元気に右手を挙げて、雪乃は答えた。そもそも先程も、治癒魔法が使えることは告げたはずなのだが。
 硬直したムダイは、ぷるぷる震えている。それから額を押さえて、

「え? そういう種族だっけ? あれ?」

 と、何かぶつぶつ言い始めた。
 壊れてしまったようだと、雪乃とノムルは、そっとしておいてあげることにする。

「じゃあ、この依頼を受注ということで」
「はい、それではよろしくお願いします」
「りょーかい」
「ありがとうございました」
「ぴー」

 からんと音がして、二人と一匹は、冒険者ギルドを後にした。

「いや、やっぱりそんな攻撃は見たことが……。どういうことです? って、あれ?」

 思考の沼から復活したムダイは、目を瞬く。そこにいたはずの魔法使いと、そのつれは消えていた。辺りを見回すが、やはりいない。

「もうとっくに帰られましたよ?」

 あっさりと告げられた言葉に、ムダイはがく然として扉を見つめたのだった。



 ノムルは街の中を歩いていく。
 すれ違う人々の視線がぴー助に注がれているが、雪乃もノムルも気にする素振りはない。

「それで、何を悩んでいるんだい?」

 いつもならすぐに逃げようとするのに、おとなしく腕の中に収まったままの雪乃に、ノムルは静かに尋ねた。
 雪乃は下を向いたまま、答えない。
 ぎゅっとノムルのローブを握って、何かに耐えているようだ。
 ノムルは瞳から光を消すと、もう一度尋ねた。

「ムダイと行きたかった?」

 小さな樹人は、ぷるぷると首を横に振る。ほっと安堵したノムルだが、だからこそ、雪乃が何を悩んでいるのか分からなかった。

「言ってくれないと、分からないよ?」

 広場の噴水を囲むレンガに腰掛けたノムルは、防音と認識阻害の結界を張り、通行人たちが自分たちを認識できないようにする。
 膝の上に座る雪乃は、本当に子供のようだ。

「ノムルさん」
「うん?」
「融筋病のレシピが、開示されました」
「そっかー」

 黙っていたことを咎めることもなく、ノムルは淡々と答える。

「怒らないんですか?」
「何を?」
「すぐに言わなかったこと」
「んー? 俺も聞かなかったし?」

 聞かなかったのではなく、聞けなかったのではないかと、雪乃は考える。
 必要な薬草を集めても、融筋病の治療薬を作るレシピが手に入るかは、分からなかったのだ。雪乃が黙っているということは、レシピはなかったのだと、ノムルは解釈していただろう。
 それを改めて確かめようとは、思えなくても仕方ない。

「そんなことで悩んでいたの? 気にすることないのに。どうせラジンに着いたら、分かることなんだからさ」

 優しく笑みをこぼすノムルに、雪乃はぎゅっとしがみ付いた。
 そんな雪乃に驚きつつも、ノムルは優しく頭を撫でる。

「今日は本当に、甘えん坊だねー」

 そっと背中に手を回されて、雪乃は抗うことなくノムルの胸に顔を埋めた。
 ノムルが雪乃に同行しているのは、融筋病の治療薬を手に入れるためだ。もしもレシピが開示されなければ、一緒に薬を開発する予定だった。
 けれど、レシピは開示されてしまった。
 すぐに正確な薬を作れるのだから、喜ぶべきことだ。
 それなのに、もうすぐこの自由気ままな魔法使いともお別れだと思うと、こぼれることのない涙があふれそうになる。

「でもまあ、これで心置きなく手続きができそうだけど」

 優しく撫でてくれるノムルの手に、雪乃は心が押し潰されそうだった。
 きゅっと視界を閉じた雪乃は、顔を上げる。

「もうすぐ、ノムルさんの大切な人も、元気になりますよ」
「そーだねー。ちょっと怖いけど」
「?」

 別れることは辛いが、永遠の別れではない。薬草をコンプリートしたら、また会いに行けばいい。
 これでノムルは幸せになるのだ、なんら問題はない。
 雪乃は葉をきらめかせると、枝を突っ張ってノムルの膝から飛び降りた。残り少ないノムルとの旅路を、後悔で終わらせたくはない。
 楽しい思い出にして、次の旅へとつなげよう。
 そう思った日もありました。

「……。そうですよね。ブレメ発の護衛依頼ですから、馬車を引くのは、決まっていますよね」

 マロン山でのソリ滑りで鍛えられていたためか、のどかな旅路に感じる雪乃だが、その速度は速かった。
 視界に映るのは、扇風機にも負けぬ回転速度を誇る、パピパラの尻尾。
 最後の旅は、たった一泊二日で終了したのだった。

「情緒も何もありませんでした」
「ん? 何のこと?」
「何でもありません」

 雪乃は思考を切り替え、国境を越えた。


 国境を囲む結界を潜り入国したラジン国は、まさに魔法の国だった。
 上を見上げれば、空飛ぶ絨毯や椅子に乗った魔法使いたちが、縦横に移動している。
 道行く人は、ローブを着ていたり、魔法少女の姿をしていたりと、魔法使い尽くしだ。

「箒では飛ばないんですか?」

 魔法使いといえば、空飛ぶ箒だろう。しかし、現実は合理的った。

「箒? あんなのでどうやって飛ぶのさ? バランス悪いし、曲芸じゃないか」
「立たずに座ってください」
「それこそ疲れるし痛いよ?」

 言われてみれば、あの細い柄に跨っていたら、確かにきつそうだ。バランス感覚も必要だろう。
 雪乃は納得して、箒を諦めた。
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