上 下
118 / 402
北国編

153.お前は医者なのだろう?

しおりを挟む
「脈を取りますので、腕を出していただいても?」
「うむ」
「ちょっと待って!」

 雪乃とマーク王子は、ゆっくりと首を回す。
 思わず止めに入ったノムルは、人差し指と中指で眉間を押さえていた。

「何で普通に医者として診察してるのさ? ていうか、王子様もなんで素直に受けているのさ?」

 雪乃とマーク王子は、じいっとノムルを見つめる。それから、揃って首を傾げた。

「え? 俺がおかしいの?」

 ノムルのほうが混乱してきた。
 小さな雪乃が医者として現れたら、警戒するのが普通ではないだろうか? というノムルの疑問は、二人には通じていないようだ。

「お前は医者なのだろう?」
「薬師です」
「……」

 見詰め合う、雪乃とマーク王子。

「だからさあ、こんな小さな子供が薬師や医者って、違和感は覚えなかったの?」

 言葉に出して確認してみる。

「ドューワ国には小人がいるからな。小人族ならば大人や老人でも、私よりも小さくて当然だろう?」
「あー、なるほど」
「おお! 小人さん!」

 どうやら特殊なお国事情があったようだ。
 それはさておき、

「とりあえず、脈は俺が診るねー。ユキノちゃん、迂闊なことはしちゃ駄目だよ?」

 と、額を指で突かれた雪乃は、枝で額を押さえながら『?』マークを頭上に浮かべる。

「ん?」
「ぴぃ?」

 ノムルを見上げて数度瞬いた雪乃は、ぴー助に視線を移した。それから、ようやく気付いた。

「おお! すっかり忘れていました」

 マーク王子の手を取りながら、ノムルは苦笑を浮かべる。
 雪乃は樹人。手に触れれば、人ではないことが一発でばれてしまう。うっかり自ら正体をばらすところだった。
 自分の失態に気付き、雪乃はふるふると震えた。

「ああ、大丈夫そうだねー。筋肉が少ないのと、血行が悪いのと、腹の中が空っぽなくらいだね」

 マーク王子の掌に杖を当て、体内に流れ込ませた魔力から情報を読み取ったノムルは、雪乃に報告した。
 雪乃もノムルも、脈を診たところで病状は分からない。体内に魔力を流して情報を得るための方便として、脈を取るふりをしただけだ。
 結果としてノムルが杖を使ったので、バレバレであるが。

「それは良かったです。筋肉と血行は、少しずつ散歩などを日課にすれば改善するでしょう。若いから回復は早いと思いますよ。胃袋のほうは、まずは白湯から始めて、少しずつ慣らしていきましょうね」

 事前に用意してもらっていた白湯を、侍女に頼んでマーク王子に飲ませながら、雪乃は薬草図鑑を開く。
 氷の国アイス国では、薬草を採取することは難しい。しかしマーク王子が王族であること、閉鎖的な国であることを考慮に入れれば、雪乃自身の薬草を使っても問題ないだろう。
 さっそく雪乃は薬草図鑑をめくり、使えそうな薬草を探す。

「とりあえず、今日はこのまま様子をみて、落ち着いたら薬草の煎じ汁を、固形物を受けれ入れられる状態になったら、特性アエロ草を食べさせれば大丈夫でしょう」

 段取りを付け終えた雪乃は、マーク王子へと視線を戻した。
 ゆっくりと少しずつ、白湯を飲んでいるようだ。その向こうでは、未だに母娘の言い争いが続いている。
 白湯を飲み終えたマーク王子は、ふうっと息を吐いて侍女にカップを返した。

「それで、何が起こったのか、聞いてもいいか?」
「私よりも、リリアンヌ王女殿下に説明をお願いしたほうが良いのですが……」

 と視線を向けるが、母娘論争はまだまだ終わりそうにない。というより、床や天井が凍り、立派な氷柱が生えてきている。
 視線をマーク王子に戻せば、マーク王子も雪乃に視線を戻す。二人は無言のまま、こくりと頷きあった。
 見なかったことにしようと、心が通じ合った瞬間だった。

「私が聞いた話によりますと……」

 と、雪乃はマーク王子が眠り病を患い、眠りに就いたことを話した。
 その後、リリアンヌ王女殿下が彼を助けようと、ドューワ国に留まり氷の魔法を掛け続けていたこと、それからすでに十年が経過していることなども伝えた。

「……というわけでして、今回、リリアンヌ王女殿下の尽力により、病を克服するに至りました」

 説明を聞き終えたマーク王子は、がく然としている。何度も視線を彷徨わせ、思考の整理を試みているようだ。

「そうか、リリアンヌが助けてくれたのか。しかし十年も、彼女の時間を奪ってしまった……」

 ようやく絞り出したのは、リリアンヌ王女への、感謝と懺悔を含む言葉だった。
 噛みしめた唇が、赤く染まっていく。

「僭越ながら、リリアンヌ王女殿下のことは、どの様にお思いですか?」
「リリアンヌは私の妻となるべき人だ。誰よりも愛しく、幸せになってほしいと願っている」

 マークは一片の迷いも無く、断言した。
 その姿を見て、雪乃はほほ笑む。

「でしたら、今までの分も幸せにして差し上げればいいのですよ。結婚式は春だそうですから、それまでに元気になりましょう。とりあえず、今はしっかりと休んで、体力を取り戻してください」
「分かった」

 はっきりと頷いたマーク王子に頷き返すと、雪乃はノムルを見た。それからアイス国の母娘へと顔を向ける。
 ノムルの魔法で雪乃とマーク王子の周りは小春日和だが、病人の部屋をこれ以上凍らせることは適切ではない。城自体が氷ではあるのだが。

「りょーかい」

 ノムルの杖が動き、母娘の姿が消える。
 マーク王子を含む室内にいた者たちが、ぎょっとして辺りを見回しているが、雪乃もノムルも澄ました顔だ。

「とりあえず、謁見の間に飛ばしといたからー」

 呑気な声に、弾かれたように何人かの騎士や従者達が部屋から飛び出していく。

「何かありましたら、すぐに呼んでください。わずかな変化でも、お知らせくださいますようお願いいたします」
「うむ。よろしく頼む」

 少し戸惑いながらも、マーク王子は動揺を隠して首肯した。
 雪乃は後を侍女に任せて、ノムルとぴー助をつれて部屋を出た。

「それで、これからどうするの?」

 廊下を進みながら、ノムルは雪乃に問いかける。
 さり気無く防音魔法で自分たちを包むことを忘れないのは、さすがというべきか。

「ノムルさんには申し訳無いのですが、当初の予定通り、春まで滞在しようと思います」
「ふーん。まあ俺のことは良いけど、そんなに王子様が心配? もう彼女いるんだよー? しかも結婚間近」
「浮気も不倫もお断りします!」

 雪乃ははっきりと否定した。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

神の種《レイズアレイク》 〜 剣聖と5人の超人 〜

南祥太郎
ファンタジー
生まれながらに2つの特性を備え、幼少の頃に出会った「神さま」から2つの能力を授かり、努力に努力を重ねて、剣と魔法の超絶技能『修羅剣技』を習得し、『剣聖』の称号を得た、ちょっと女好きな青年マッツ・オーウェン。 ランディア王国の守備隊長である彼は、片田舎のラシカ地区で起きた『モンスター発生』という小さな事件に取り組んでいた。 やがてその事件をきっかけに、彼を密かに慕う高位魔術師リディア・ベルネット、彼を公に慕う大弓使いアデリナ・ズーハーなどの仲間達と共に数多の国を旅する事になる。 ランディア国王直々の任務を遂行するため、個人、家族、集団、時には国家レベルの問題を解決し、更に心身共に強く成長していく。 何故か老化が止まった美女や美少年、東方の凄腕暗殺者達、未知のモンスター、伝説の魔神、そして全ての次元を超越する『超人』達と出会い、助け合い、戦い、笑い、そして、鼻の下を伸ばしながら ――― ※「小説家になろう」で掲載したものを全話加筆、修正、時々《おまけ》話を追加していきます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。