上 下
97 / 402
北国編

132.後方にひしめき合う騎士達は

しおりを挟む
「お姫様の馬車は、ちゃんと馬車の中だけだよ? こっちは杖がないせいで、上手く調整できなくてさー」

 というわけで、後方にひしめき合う騎士達は、外にもれ出ている暖房魔法のおこぼれに預かろうと、馬車に馬を寄せているようだ。
 誰かが迷惑を被っているわけでも、ノムルに疲れが出ているわけでもないので、災い転じて福と成すといったところだろうか。
 とはいえ、声はかけておく。

「あまり無理はしないでくださいね。疲れたら早めに教えてください」
「え? 疲れたらユキノちゃんが癒してくれるの?」
「疲労回復薬を処方します」
「ええー? 膝枕とか、はぐとかがいいなー」
「……」

 ぎぎぎっと錆びた音を立ててノムルに幹を向けた雪乃は、軽蔑の色を顕わにした視線を送る。

「セクハラ禁止です。そして私の膝枕はお勧めできません」
「そこは気分の問題だよ。ユキノちゃんの膝枕なら、おとーさん、すぐに元気になれるよー?」

 前に向き直った雪乃は、それ以上は相手にしなかった。
 こっそり聞き耳を立てていた侍女たちは、くすくすと笑いを堪えている。
 初めはノムルと雪乃に対して緊張していた彼女たちも、ここまでの道中で、ずいぶんと気を許していた。
 そして明日には到着するだろうと言われた日の昼過ぎに、事件は起きた。

「の、ノムルさんっ!」

 とつぜん、雪乃がノムルのローブにしがみ付いてきた。表情は分からないが、声から逼迫していることが分かる。
 同乗していた侍女たちも、何事かと後ろの座席に座る雪乃を、心配そうに振り返る。

「落ち着いて、ユキノちゃん。どうしたの?」

 こんなに慌てる雪乃は珍しい。
 ノムルも何が起こったのかと、不安そうに顔をゆがめた。

「う、」
「う?」
「生まれそうです」

 雪乃はノムルのローブに縋り、かすれるような声で言った。

「「「……。はいい?!」」」

 ノムルも侍女たちも、雪乃の言葉に時が止まり、そして、揃って素っ頓狂な声を上げた。
 そして侍女たちはノムルへ、それはもう、氷の山も真っ青な、冷たい視線を向けたのだった。

「ちょっと待って、ユキノちゃん? どういうこと? 何が生まれるの?」

 流石のノムルも混乱気味だ。額を手で覆い、雪乃に確認する。

「た、」
「た?」
「卵が」
「ああ」

 ここでようやく、ノムルも理解した。
 飛竜から貰った卵を、雪乃はずっと温め続けていたのだ。樹人の体温で温まるのかは謎だが、生命力の強い種族なので、大丈夫だったのだろう。
 理解して落ち着いたノムルだったが、それも束の間だった。

「痛たたっ! み、幹が!」
「ええ?! ちょっと、ユキノちゃん?! どういう状況なの?!」

 痛みを訴え始める雪乃に、ノムルは再び動揺する。
 侍女たちも慌てているが、何がどうなっているのか分からず、手助けができない。とりあえず赤子が生まれるのかと、タオルや毛布を準備してくれているようだ。
 この小さな子供が? と、手を動かしながらも、侍女たちは混乱気味だったが。 

「か、殻が刺さって」
「……」

 ノムルは手で目元を覆って俯いた。
 どうやらローブの下に卵を抱えていたために、孵化しようとしている飛竜の卵の殻が、雪乃の幹に刺さっているようだ。
 雪乃としては大変な状況であるとは理解したが、ノムルは込み上げてくる笑いを抑えることができなかった。
 しかし、ここでローブを脱がすわけにはいかない。
 どうしたものかと考えているノムルの目に、侍女の持つ毛布が映る。

「ちょっとそれ借りるよ?」
「はい、どうぞ」

 受け取った毛布を雪乃に被せて、侍女たちの視界から隠す。

「ユキノちゃん、ローブ脱いでも大丈夫だよ?」
「ありがとうございます」

 毛布の下からくぐもった声が聞こえる。
 もぞもぞと動き、しばらくして、

「もう大丈夫です」

 という雪乃の合図で、ノムルは毛布を取った。現れた雪乃の膝には、ひび割れた翡翠の卵が乗っている。
 侍女たちは初めて見る種類の卵に、目が釘付けだ。

「飛竜の卵は凶器でした。ちょっと痛かったです。驚きました」

 淡々とした口調だが、雪乃はまだ少し動揺している。 
 樹人になってから、あまり痛みを感じることは無かったのだが、幹が傷付くと痛いようだ。
 そしてローブから卵を出せなければ、幹を真っ二つに伐られるのではないかと、ちょっとだけ命の心配をしてしまった。
 まあ樹人は幹を折られても、死なないことが多いのだが。

「怪我は大丈夫なの?」

 眉をひそめたノムルは、雪乃を気づかう。

「問題ありません。治癒魔法を施したので、すっかり元通りです。ノムルさんのスパルタが役立ちました」
「それなら良かったよ。俺は杖がないと、治癒魔法は使えないからねえ」

 雪乃は思わずノムルの顔を凝視する。
 それはつまり、治癒しすぎて別のものになったり、弾けたりするということだろうか?
 ちょっと想像してしまった雪乃は、ふるふるした。

「あのう、ユキノ様、それは?」

 侍女の一人が、卵を指差して尋ねた。
 答えて良いものか判断に困った雪乃は、ノムルを見上げる。

「飛竜の卵だよ。ルモン大帝国で討伐依頼を受けた時に、手に入れたんだ」

 狭い馬車の中に、歓声が上がる。

「さすがノムル様ですね!」
「竜種の卵なんて、初めて目にします。まして生まれる瞬間に立ち会えるなんて、本当に今回は運が良いです!」

 キラキラ輝く目で、ノムルや卵を見つめている。
 雪乃は空笑いを浮かべるが、そうしている間にも、卵はぐらぐらと動き、殻が少しずつ割れていく。

「ぴー、ぴー」

 小さな声が、卵の中から聞こえてくる。
 何度も鳴いては殻を押してを繰り返し、時折疲れたように休む。

「頑張ってください」

 雪乃は声援を送る。侍女たちも声を潜めているが、両手を握りこんで、卵を睨むように見つめていた。
 馬車の中の異変に気付いた騎士達も、何事かと覗き込んでいる。
 ノムルだけは、あくびをしたりと、いつもと変わらない様子だが。
 みんなに応援される中、ついに雛が殻を破り、姿を現すときがきた。
 雪乃の顔が緩み、侍女たちも身を乗り出したその時、

「ぴー」
「……」

 雪乃は沈黙する。
 侍女たちも、沈黙した。
 なぜか雪乃の視界は、真っ暗だった。

「ぴー」

 膝の上で、小さな子竜が動いているのは分かる。そして、雪乃に擦り寄っているのも分かる。
 ノムルが毛布を掛けて、侍女たちから隠してくれたのだと気付いた雪乃は、フードを取り、そうっと子竜を撫でてやる。

「始めまして。これからよろしくね」
「ぴー」

 子竜は雪乃に何度も体を摺り寄せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。