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ドューワ国編
118.ぼでんっと
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「おい爺さん、いい加減にしろよ! そもそもユキノちゃんをどうしたいのさ?」
立ち上がったノムルは、古老の樹人に対して杖を向ける。
樹人たちに緊張が走り、葉がピリピリと振動した。
痛いほどの沈黙の中、ノムルは警戒を高める。たかが樹人などと、侮るつもりは無い。
なにせ竜種を相手にしても、彼が傷を負うことは滅多にないのだ。
雪乃を庇うためと、雪乃の同族であるゆえに傷付けることを避けたとはいえ、古老の樹人によってダメージを受けたのは、予想外の出来事だった。
樹人たちの葉から発せられる振動音が、ぴたりと止む。いつでも魔法を発動できるように、ノムルの準備は万端だ。
巻き込まないように、ノムルは雪乃を強く抱き寄せる。
そして、次の瞬間――
ぼでんっと、樹人たちは幹を傾げた。
「は? なに?」
反応できず、ノムルは情けない声を発する。戸惑いながら雪乃を見れば、額を押さえて項垂れていた。
「え? どうしたの? ユキノちゃん、通訳してほしいんだけど?」
樹人たちの緊張は完全に解けているが、魔物の言葉が分からないノムルには、さっぱり状況が理解できない。
雪乃の様子から危険は無いようだと判断できるが、頭の混乱を抑えるための、状況説明が欲しかった。
「あの、なんだかすみません」
「なんで謝るの? 状況が知りたいんだけど?」
両枝で顔を覆う雪乃は、お姫様と呼ばれたときとはまた違う紅葉の仕方をしている。
「えっと」
「うん? 直球で話して良いよ?」
「何も考えていなかったそうです」
雪乃はそう述べると、そうっと視線を逸らした。
ノムルは崩れた顔で視線を泳がせ、それから頭を抱える。しばらく硬直した後、ようやく樹人たちを見回した。
雪乃の言葉に同意するように、樹人たちは一斉に頷く。
落ち葉が堆積し、ノムルはよいしょっと脱出する。
「飛竜といい、魔物ってみんなこうなの?」
絶大な力を持って人間たちの脅威となり、振り回す魔物たち。話を聞いてみれば、それぞれに理由がある事が分かる。
けれど、その先のことは何も考えていないのだ。
「つまり、樹人のお姫様を見つけたから、会いたかったんだね。でも会ってどうするかは、何も考えてなかったと」
話をまとめたノムルに、樹人たちはバサーっと一斉に頷いた。
「ということは、このままユキノちゃんが俺と旅を続けても、問題は無いわけ?」
確認するように聞くと、樹人たちはザッと古老の樹人に幹を向ける。少しの沈黙の後、ブオオォォォーーッと大音響と暴風が駆け抜けた。
その途端、雪乃の葉が青ざめ、うろたえるように数歩下がった。
「……嫌です。拒否は出来無いのですか?」
小さな樹人の姫は、古老の樹人の話に首を振って拒絶を示す。
古老の樹人は困ったように洞をハの字に下げると、もう一度、咆哮を上げた。
「おお! それは僥倖です。もう少し詳しく教えていただけますか?」
安心したように葉を輝かせる雪乃に、古老の樹人は少し困ったような顔をしながら、咆哮を上げる。
「ふむふむ、なるほど。了解しました。ありがとうございます」
嬉しそうに、雪乃は葉をきらめかせた。他の樹人たちも雪乃の感情に同調するように、さわさわと嬉しそうに揺れている。
その動きに合わせて、バサーポキっと不穏な音が聞こえてくるが。
「ユキノちゃん、何て?」
様子を見守っていたノムルは、不安を感じる。気になって尋ねたノムルに、雪乃はきらきらと輝く葉を向けた。
「薬草コンプリートを目指しても大丈夫だそうです」
「へえ、それは良かった。じゃあこれからも、一緒にいられるね」
「はい! これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしくねー」
ぺこりと幹を下げた雪乃に、ノムルは笑みをこぼす。
一抹の不安は残るが、それは心に留めておけば良い。人間にせよ魔物にせよ、小さな樹人を奪うというのならば、奪い返せば良いだけだ。
「じゃあ、もうここに用はないよね? 次に行こうかー?」
「そうですね。皆さん、お元気でー」
大きく枝を振る雪乃に、樹人たちも枝を振り替えして見送る。
雪乃とノムルは樹人の領域から離れた。
†
グレーム森林を抜けた雪乃とノムルは、ブレメの町に到着していた。
町の中央広場には噴水があり、その回りでは、大勢の音楽家達が、自慢の楽器や歌声を披露している。
ギターやフルート、バイオリンといった見慣れた楽器に似たものから、ちくわに似た筒状の穴に棒をつっ込み、その棒を上下することで音程を変える楽器など、様々だった。ちくわもどきは食べれるようで、昼時になると演奏者のお昼ご飯に消えた。
雪乃は楽しそうに楽器を観察し、耳に心地よい音楽に足を止める。
「ユキノちゃんは音楽も好きなんだねー?」
「ものによります。綺麗なのとか、楽しいのは好きですよ」
「へー。じゃあ、ここで一番気に入ったのはどれかな?」
雪乃は耳を澄ます。
楽しく遊ぶ子猫、深々と降り積もる雪の情景、春の息吹、愛する人への熱い想い、妖精たちの跳ねる水の音……。
どの音楽も、それぞれに良いところがあって楽しい。
「いっぱいあって答えられません」
「そっかー」
「はい!」
ノムルは楽しそうに笑って雪乃の手を取ると、広場を離れた。そしていつもどおり、冒険者ギルドへと向かう。
「マロン山行きの馬車ある? そっち方面ならとりあえず良いけど」
張り出された依頼書を確認することなく、高ランク冒険者用の受付へと向かっていた。
「マロン山というとアイス国ですね。風魔法と火魔法による寒さ避けの魔法は使えますか?」
「もちろんさ」
「連続してどのくらいの時間、使用可能でしょう?」
「馬車一台分くらいなら、何日でも可能だよ?」
「え?」
「え?」
あ然とした受付嬢に、ノムルは首を傾げる。
状況を察した雪乃は、ひょこっとカウンターに手を掛けた。
「ノムルさんの魔力はちょっと変わっているので、気にしないでください」
「あ、はい」
釈然としない様子ながらも、受付嬢は書類をめくる。
「ではこの辺りですね」
カウンターに並べられた書類に目を通したノムルは、渋い顔だ。
「片道はないの?」
「もちろんありませんよ。マロン山からなるアイス国は、氷に覆われた国。普通の人間は暮らすことができません。片道だけ雇ったら、帰れなくなるじゃないですか」
雪乃とノムルは顔を見合わせる。言われてみれば、往復で雇うほうが理に叶っている。
行った先に帰りの護衛を雇える当てがあるからこそ、可能となる依頼の仕方だろう。あまり人の住まない土地では、帰りの護衛は雇えない。
立ち上がったノムルは、古老の樹人に対して杖を向ける。
樹人たちに緊張が走り、葉がピリピリと振動した。
痛いほどの沈黙の中、ノムルは警戒を高める。たかが樹人などと、侮るつもりは無い。
なにせ竜種を相手にしても、彼が傷を負うことは滅多にないのだ。
雪乃を庇うためと、雪乃の同族であるゆえに傷付けることを避けたとはいえ、古老の樹人によってダメージを受けたのは、予想外の出来事だった。
樹人たちの葉から発せられる振動音が、ぴたりと止む。いつでも魔法を発動できるように、ノムルの準備は万端だ。
巻き込まないように、ノムルは雪乃を強く抱き寄せる。
そして、次の瞬間――
ぼでんっと、樹人たちは幹を傾げた。
「は? なに?」
反応できず、ノムルは情けない声を発する。戸惑いながら雪乃を見れば、額を押さえて項垂れていた。
「え? どうしたの? ユキノちゃん、通訳してほしいんだけど?」
樹人たちの緊張は完全に解けているが、魔物の言葉が分からないノムルには、さっぱり状況が理解できない。
雪乃の様子から危険は無いようだと判断できるが、頭の混乱を抑えるための、状況説明が欲しかった。
「あの、なんだかすみません」
「なんで謝るの? 状況が知りたいんだけど?」
両枝で顔を覆う雪乃は、お姫様と呼ばれたときとはまた違う紅葉の仕方をしている。
「えっと」
「うん? 直球で話して良いよ?」
「何も考えていなかったそうです」
雪乃はそう述べると、そうっと視線を逸らした。
ノムルは崩れた顔で視線を泳がせ、それから頭を抱える。しばらく硬直した後、ようやく樹人たちを見回した。
雪乃の言葉に同意するように、樹人たちは一斉に頷く。
落ち葉が堆積し、ノムルはよいしょっと脱出する。
「飛竜といい、魔物ってみんなこうなの?」
絶大な力を持って人間たちの脅威となり、振り回す魔物たち。話を聞いてみれば、それぞれに理由がある事が分かる。
けれど、その先のことは何も考えていないのだ。
「つまり、樹人のお姫様を見つけたから、会いたかったんだね。でも会ってどうするかは、何も考えてなかったと」
話をまとめたノムルに、樹人たちはバサーっと一斉に頷いた。
「ということは、このままユキノちゃんが俺と旅を続けても、問題は無いわけ?」
確認するように聞くと、樹人たちはザッと古老の樹人に幹を向ける。少しの沈黙の後、ブオオォォォーーッと大音響と暴風が駆け抜けた。
その途端、雪乃の葉が青ざめ、うろたえるように数歩下がった。
「……嫌です。拒否は出来無いのですか?」
小さな樹人の姫は、古老の樹人の話に首を振って拒絶を示す。
古老の樹人は困ったように洞をハの字に下げると、もう一度、咆哮を上げた。
「おお! それは僥倖です。もう少し詳しく教えていただけますか?」
安心したように葉を輝かせる雪乃に、古老の樹人は少し困ったような顔をしながら、咆哮を上げる。
「ふむふむ、なるほど。了解しました。ありがとうございます」
嬉しそうに、雪乃は葉をきらめかせた。他の樹人たちも雪乃の感情に同調するように、さわさわと嬉しそうに揺れている。
その動きに合わせて、バサーポキっと不穏な音が聞こえてくるが。
「ユキノちゃん、何て?」
様子を見守っていたノムルは、不安を感じる。気になって尋ねたノムルに、雪乃はきらきらと輝く葉を向けた。
「薬草コンプリートを目指しても大丈夫だそうです」
「へえ、それは良かった。じゃあこれからも、一緒にいられるね」
「はい! これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしくねー」
ぺこりと幹を下げた雪乃に、ノムルは笑みをこぼす。
一抹の不安は残るが、それは心に留めておけば良い。人間にせよ魔物にせよ、小さな樹人を奪うというのならば、奪い返せば良いだけだ。
「じゃあ、もうここに用はないよね? 次に行こうかー?」
「そうですね。皆さん、お元気でー」
大きく枝を振る雪乃に、樹人たちも枝を振り替えして見送る。
雪乃とノムルは樹人の領域から離れた。
†
グレーム森林を抜けた雪乃とノムルは、ブレメの町に到着していた。
町の中央広場には噴水があり、その回りでは、大勢の音楽家達が、自慢の楽器や歌声を披露している。
ギターやフルート、バイオリンといった見慣れた楽器に似たものから、ちくわに似た筒状の穴に棒をつっ込み、その棒を上下することで音程を変える楽器など、様々だった。ちくわもどきは食べれるようで、昼時になると演奏者のお昼ご飯に消えた。
雪乃は楽しそうに楽器を観察し、耳に心地よい音楽に足を止める。
「ユキノちゃんは音楽も好きなんだねー?」
「ものによります。綺麗なのとか、楽しいのは好きですよ」
「へー。じゃあ、ここで一番気に入ったのはどれかな?」
雪乃は耳を澄ます。
楽しく遊ぶ子猫、深々と降り積もる雪の情景、春の息吹、愛する人への熱い想い、妖精たちの跳ねる水の音……。
どの音楽も、それぞれに良いところがあって楽しい。
「いっぱいあって答えられません」
「そっかー」
「はい!」
ノムルは楽しそうに笑って雪乃の手を取ると、広場を離れた。そしていつもどおり、冒険者ギルドへと向かう。
「マロン山行きの馬車ある? そっち方面ならとりあえず良いけど」
張り出された依頼書を確認することなく、高ランク冒険者用の受付へと向かっていた。
「マロン山というとアイス国ですね。風魔法と火魔法による寒さ避けの魔法は使えますか?」
「もちろんさ」
「連続してどのくらいの時間、使用可能でしょう?」
「馬車一台分くらいなら、何日でも可能だよ?」
「え?」
「え?」
あ然とした受付嬢に、ノムルは首を傾げる。
状況を察した雪乃は、ひょこっとカウンターに手を掛けた。
「ノムルさんの魔力はちょっと変わっているので、気にしないでください」
「あ、はい」
釈然としない様子ながらも、受付嬢は書類をめくる。
「ではこの辺りですね」
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「片道はないの?」
「もちろんありませんよ。マロン山からなるアイス国は、氷に覆われた国。普通の人間は暮らすことができません。片道だけ雇ったら、帰れなくなるじゃないですか」
雪乃とノムルは顔を見合わせる。言われてみれば、往復で雇うほうが理に叶っている。
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