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ドューワ国編

111.どんなマゾだよ?

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「自分を殺したやつに進んで従うなんて、どんなマゾだよ?」
「なっ?!」

 独り言のように吐き出された言葉に、ミレイの顔が朱に染まる。戸惑いと怒りで、唇まで震えていた。
 見かねたマリーとラームが、ノムルを一睨みした後、ミレイの肩に手を置いて宥め始める。
 雪乃もノムルの裾を引いて不安げに見上げたが、ぽんぽんと頭を撫でられただけで、引く気は無いようだ。
 憤りを浮かべた瞳でノムルを睨みつけていたミレイの目が、一点で留まり、朱が引いていく。なぜか笑みまで浮かび始めた。

「きちんと謝るなら、分けてあげても良いですよ? 樹人の素材」
「いや、いらないから。何でそんな話になるのさ?」

 呆れるノムルに、ミレイはくすりと笑う。

「強がらなくても良いですよ? あなたの杖、ただの雑木でしょう? この森には樹人を狩りに来たのではないかしら? でも見つけることができなかった、もしくは見つけても倒せなかったのでしょう?」

 その声には、同情と哀れみがこもっていた。
 古びたローブと山高帽を身にまとう、無精ひげを生やした痩せ気味の魔法使い。
 弟子と名乗る子供はまだ幼く、師から与えられたと思われるローブもまた、彼女の体に合っていない、大人用のものを無理矢理に繕った品だ。
 彼らの懐具合は見て取れる。そしてそこから、彼の能力の程も予測できた。魔法使いの腕前と収入は、基本的に比例する。
 マリーとラームは、ぎょっと目を見張る。
 いつもおとなしいミレイが、ここまで敵対心を顕わにすることは珍しい。けれどそれ以上に、杖の素材を貶める行為は、剣士の剣を貶めることと同じく、酷い暴言だと二人は認識していた。

「ちょっとミレイ、言いすぎよ」
「そうだ、その発言は許されないよ」

 慌ててマリーが袖を引き、ラームも鋭く注意する。
 けれどミレイに反省する素振りはなく、むしろ胸を反ってノムルに対向しようとしているように見えた。
 思わず広げた片手で顔を覆ったマリーとラームは、おそるおそるノムルの様子を窺う。
 予想通り、彼からは怒りのオーラが漂っている。いい笑顔だが。
 心配する仲間たちの声さえ流したミレイは、ちらりと雪乃を見る。
 マリーに使った治癒魔法の威力から、雪乃の魔法の才能は天才的だと分かる。きちんとした師に指導を受ければ、せめて魔法学校に入学すれば、彼女の才能は飛躍的に開花するだろう。
 もしかすると、歴史に名を残す魔法使いか、あるいは聖女と呼ばれる存在にまで到達するかもしれない。
 だからこそ、このままではいけないと思った。
 このだらしない魔法使いの下にいては、折角の才能も開花することなく終わってしまうだろう。もしかすると、それだけに留まらず、彼女の才能を食い物にされてしまうかもしれない。いや、すでにそうなっている可能性は高い。
 ミレイは正面からノムルを見据える。
 類稀な原石を見つけながら、埋らせたままにするなど、魔法使いの端くれとして許されない。どうにかしてこの男を説得し、子供を保護しなければと、眼差しに使命という名の炎を揺らめかす。

「雑木ねえ」

 貶められたはずのノムルはしかし、呑気に自分の杖を見つめている。それから雪乃の眼前に、杖を差し出した。

「ねえ、ユキノちゃん。これ、何の木だか分かる?」
「黒カカです」

 雪乃の目元がキラーンッと光る。

「お、さすがだねえ。もう少し詳しく説明できるかな?」

 無精ひげのおじさんから笑顔で問われた子供は、困ったように言葉に詰まっている。

「子供に八つ当たりをしないでください」

 ミレイが怒気を含んだ声で、鋭く牽制した。けれどノムルは一瞥すらせず、ずいと雪乃に迫る。
 困って身を引いた雪乃だが、諦めたように大きく息を吐き出した。

「非常に不服ですが、削って煎じれば、しゃっくり止めに使えます」
「……。いや、薬草としての知識を聞いたわけじゃなくて……というか、そんなこと考えてたの? 削っちゃ駄目だよ?」

 予想外の答えだったらしく、問うたノムルのほうがたじろぐ。
 その反応に、雪乃はぎらりとノムルを睨むと、一気に言葉を紡いだ。

「当たり前です! 黒カカといえば、カカの木の中でも千本に一本しか現れないという、希少な木材ですよ? しかもその杖、孔雀杢が出てるじゃないですか! 数十万本に一本、持っていれば幸運を呼ぶとさえ言われる、幻の素材ですよ?! そんな希少な品に傷を付けられるような度胸は無いです! そんなやついたら、飛び蹴りします! というか、なんでそんな物を平気で持ってるんですか?! たまに気にはなりつつもスルーしてきましたけど、ノムルさんってどんなお金持ちですか?! いや、それよりも、もっと大切に扱ってください! この間、魔物をそれで直接殴ってましたよね? 確かに硬い木ですけど、好きなだけ魔法を使えるんだから、杖で物理攻撃なんてしないでください! 汚れるでしょ? 傷が付いちゃうでしょう? 折れたらどうするんですか?!」

 ぜえはあと肩で息をする雪乃に、一同、あっけに取られた。
 息継ぎも無く放たれ続けた舌鋒の威力に、ノムルは硬直した上、軽く痙攣までしている。

「……えっと、ごめん?」
「私じゃなくて、杖に謝ってください」
「……。杖、いつもごめん?」

 ノムルは杖に謝るという、常の彼ならば絶対に取らない行動に出てしまったほどだ。

「えっと、そんなに価値のある素材なんですか?」

 躊躇いがちに、マリーが口を開いた。
 とっさに顔を向けた雪乃は、自分が口にした言葉を振り返り、真っ青になって頭を抱える。顔から火を噴きそうだ。
 いや、そうなると全焼しそうなので、絶対に出さないが。

「うああー。気にしないでください。ごめんなさい、ノムルさん。ノムルさんの杖なのに、偉そうに言ってしまって」

 ぺこぺこと米搗きバッタのように謝り始める。
 あまりの変貌ぶりに、誰もがどう対応すれば良いのか分からない。

「いやあ、ユキノちゃんの意外な一面が見れて面白かったと言うべきか……。やっぱり木材には愛着とかあるの?」
「まあ、それなりに……。あ、でも他の木に対しては、ここまで熱くならないんですよ?」
「ふーん……」

 疑うような目をしたノムルは、今耳にした言葉を信じていないのだろう。仮に真実だとしても、あの愛着より少し低い程度では、人間からすれば充分に異常である。
 そして樹人の前で木材を悪く言ったり、雑に扱うことは控えたほうが良いなと、ほんのり考えたのだった。
 ほんのりだが。
 周りを見回せば、なんとも微妙な空気が流れている。
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