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ルモン大帝国編

93.列に並ぶ人々は

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 列は人間用と馬車用の二つあり、馬車のほうは荷物を確認されたりと、一台ごとの時間が掛かっている。とはいえ台数が少ないので、待ち時間は徒歩の人間よりも短いようだ。
 並んでいる人々は、女性よりは男性が多く、子供はあまり見えない。割合としては荷を担いだ商人らしき人や、筋骨たくましい冒険者らしき人が多く見える。
 順番を待っている間に、雪乃たちの後ろにも人が並んでいた。
 そんな中、雪乃はなんだか居心地の悪さを感じた。どうも周囲の人達が、雪乃とノムルをじろじろと見ているような気がするのだ。
 つないだ手にきゅっと力を入れると、なぜかノムルはへらりと笑む。

「どーしたのー、ユキノちゃん? 心配しなくても大丈夫だよー?」
「……」

 何か勘違いさせてしまったようだと、雪乃は枝先から力を抜き、真っ直ぐ前を見た。

「ちょっと、ユキノちゃん? 俺なんかした? 冷たくない?」
「何もしていません。ちょっといらっとしただけです」
「ええ?! 何で?」

 軽いパニックを起こし始めたおっさんに、列に並ぶ人々は冷たい眼差しを向ける。その中に、鋭い視線が幾つか混ざっていた。
 ノムルが一等車輌から降りたところを見ていたのだろう。獲物を狙う目で、雪乃とノムルを観察している。そして、

「おい、お前!」

 と、ついに声を張り上げた。

「うん? 何?」

 振り向いたノムルの肩を掴み、男はぐいっと引っ張る。いや、引っ張ったはずだった。
 男は古びたローブをまとうノムルの顔と体を、思わずといった様子で二度凝視する。大して筋肉も付いていない体なのに、ぴくりとも動かなかったのだ。

「なーにー?」

 笑顔で対応しているが、もう慣れている雪乃は太く息を吐き出す。
 魔王降臨は目前であった。

「あのう、ご用件は何でしょう? あまりこの人の機嫌を損ねないでほしいのですが」
「ちょっと、ユキノちゃん?! その言い方はあんまりじゃない?」

 先手を打って口を挟んだ雪乃だったが、ノムルから抗議を受ける。当然スルーするが。
 男は困惑の色を浮かべていたが、小さな子供に良いようにされているノムルを見て、自信が戻ったのだろう。不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。

「お前、盗んだ金を返せ!」
「「ん?」」

 雪乃とノムルは揃って首を傾げた。

「とぼける気か?! 小さな子供を使って油断させて、稼ぎを全て盗んだだろうが! この盗人め!」
「「んん?」」

 二人はさらに首を傾げた。雪乃は本当に意味が分からなくての行動だが、ノムルはノリだろう。
 
「失礼ですが、人違いでは? ローブに山高帽という、似た格好の方と間違われたのでは?」
「ユキノちゃん? 何で信じちゃうの?」

 ノムルは眉をひそめて雪乃を見る。

「言い逃れする気か?!」

 叫んだ男の手が、雪乃の頭上に伸びた。

「駄目です!」

 雪乃も叫ぶ。
 フードを取られることも困るが、それ以上に……

「ぎゃああああぁぁーーーっ?!」
「あー……。だから言ったのに……」

 男は突如発生した竜巻に巻き込まれ、空を舞っていた。竜巻の内部には、小さな雷まで発生している。

「ぎいやああああーーーっっ!!」

 男の凄まじい悲鳴が、広場に響き渡った。その声と突然、現れた竜巻に、周囲の人間も騒ぎだす。
 国境を越えるために並んでいた人々は悲鳴をあげ、クモの子を散らすように逃げていく。腰を抜かして泣き叫びながら、助けを求めるように手を伸ばす女性もいた。
 出国の手続きをしていた兵士達が、慌てて駆けて来る。その後ろでは、大きな門が閉ざされようとしていた。
 門へと逃げた人々は絶望に声を荒げ、慌てて向きを変えて駅へと走り出す。その先には、すぐに駅を目指した人々の背中が見える。
 さらに駅へと目を転じれば、これもまた阿鼻叫喚の騒ぎだ。
 竜巻に巻き込まれまいと、人々は必死に逃げ惑う。

「ぎいやあぁあぁぁ……」

 意識を失ったのか、竜巻の中から響いていた太い声は途絶えた。

「……平穏がほしいです」

 雪乃は天を仰ぎ、思考を手放した。

「あ、列が消えたよ。良かったねえ、ユキノちゃん」

 呑気な声が頭上に落ちてきて、枝を引いて歩きだす。

「何が良かったですか?! 自重してください!!」

 小さな樹人の大きな声が、国境に響いた。

「えー?」
「『えー?』じゃありません!! ちゃんと反省しなさい!」
「えー? めんどー」
「ノムルさんっ!!」

 我が道を突き進む魔法使いの上にも、雷が落ちたようだ。
 反省の色は、まったく見えないが。



「……状況を説明してもらおう」

 駆けつけた兵士達は、小さな子供に叱られる、いい年したおっさんに呆気に取られていたが、何とか気を取り直すことに成功したようだ。
 その横では、未だ一人の男を巻き込んだ竜巻が、ぐるぐると回っている。
 年若い兵士たちは、怯えるように首を竦めて目が離せないようだが、壮年の隊長は魔法と気付き、そっちは見えていないことにした。
 見たら現実と向き合えない。

「俺が聞きたいよ。いきなり俺を盗人呼ばわりして、ユキノちゃんに手を出そうとしてきたんだから。なんなの? あいつ」
「……」

 隊長は眉間に皺を寄せて俯いた。必死に色々と堪えて飲み込み、魔法使いを見据える。

「何か身に覚えは?」
「あるわけないじゃん」

 さらりと返されて、再び地面を見た。
 国境を守る兵士達は、いざという時のために、戦闘力の高い者が配置されている。見た目にも筋肉ムキムキの、厳つい兵士ばかりだ。だから普通の人間は、彼等の前を通るだけで萎縮する。
 魔物と戦う冒険者達だって、目を合わせれば怯えを見せたり、身を引くものだ。けれど目の前の魔法使いは、しれっとして全く動揺の気配がない。
 外見は貧相に見えるが、隣の竜巻といい、凄腕の魔法使いなのだろう。

「身分証を拝見させていただいても?」
「どーぞ」

 ためらうことなく差し出されたのは、冒険者ギルドの認定証だった。隣の子供もごそごそとローブの下を探り、小さな金属板を差し出す。
 父親の真似をしたい年頃なのだろうと、隊長は腰を落とし、微笑を浮かべて子供から金属板を受け取った。
 雪乃が渡した認定証は小指と薬指で握りこみ、隊長はノムルの差し出した認定証を確認する。
 警戒を解かぬ視界の端に、ノムルを入れたまま、そこに刻まれた文字を追いかけた隊長は、眉を跳ねる。

「Aランク? なるほど、それでこの威力か」

 ノムルのランクを聞き、他の兵士達もざわめいた。

「しかし先ほどの話が本当だったとしても、これはやりすぎだろう? というより、そろそろ下ろしてやったらどうだ?」

 眉をひそめて視線を横に動かした隊長に、ノムルは不満そうに声をもらす。

「えー?」
「ノムルさん、私も隊長さんに同意します。やりすぎです。解放してあげてください」
「えー?」

 続けて雪乃も言えば、不満の声を上げながらもノムルは杖を揺らし、竜巻を散らした。

「本当は八つ裂きにしたかったんだよー?」
「やりすぎです! そんなことしたら、もう一緒に行きません!」
「だから我慢したんじゃん」

 ぶーぶーと頬を膨らまして唇を尖らせるノムルに、雪乃は額を押さえて大きな溜め息を吐く。
 兵士達も、何とも言えない表情で二人を眺めている。

「なんていうか、大変だな、君も」
「ありがとうございます」

 憐れむように言われて、雪乃はがっくりとうな垂れた。
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