上 下
54 / 402
ルモン大帝国編

89.頼れる仲間はいなかった

しおりを挟む
「つまり、ユキノちゃんは人間ではなく樹人で、しばらく根を張っていなかったせいで、お腹が空いて衰弱していると?」 

 頭痛を覚えながらも、マグレーンはなんとか情報を整理し、言葉を紡ぐ。
 ヤガルは顎を落としたまま雪乃を見つめて固まっているし、タッセはなぜがキラキラと輝く瞳でノムルを拝んでいる。
 今のマグレーンに、頼れる仲間はいなかった。

「そういうこと。で、どの肥料がいいんだ?」

 そんなことを聞かれても、マグレーンだって分からない。なにせ樹人に肥料を与えるなんて話、聞いたことも無い。
 そもそも樹人は魔物であり、討伐する相手だ。わざわざ育てようなんて物好きはいないだろう。
 しかも、と、マグレーンの頭痛がひどくなる。
 もし肥料選びに失敗し、雪乃に万が一のことがあれば、一国家の勢力にも匹敵するとまで噂される、最強の魔法使いの怒りに触れることは、想像に容易い。
 決してしくじりは許されない最重要任務だ。

「ゆ、ユキノちゃんは、何か言っていなかったのですか?」

 ともかく情報を得ようと、畏怖する心を抑えて口を開いた。

「腐葉土とかいうのが欲しいって」
「それでしたら、これではないでしょうか?」
「ん?」

 マグレーンが示したのは、土汚れた麻袋に入った肥料だった。口に付いたラベルに、確かに『腐葉土』と書かれている。
 さっそくノムルは袋を開けて、雪乃の足元に広げた。湿った土の臭いが漂う。

「ユキノちゃん、どう?」
「……。味はいまいちですが、空腹は癒えそうです」
「不味いのか。色々あるけど、他も試してみる?」
「とりあえず、このままで……」

 先ほどよりは和らいだが、まだどこか辛そうな声である。
 ノムルは優しく雪乃を撫でた。
 それから一時間ほど経ち、

「ご心配をお掛けしました」

 雪乃はぺこりと幹を曲げていた。
 大地に根を張り腐葉土を与えられたことで、一応の回復はできたようだ。

「本当に心配したよ。もう無理をしたらだめだよ?」
「はい」
「どこか体調の悪いところは無い?」

 眉尻を下げて問うノムルに、ゆきのは「うーん」っと唸りながら、自分の体の様子を確かめる。

「心なしか、チクチクします」
「虫でも付いたのかな?」
「え?」

 ノムルを見上げたまま、雪乃は固まった。
 雪乃は樹人。木に虫が付くことはままある。しかし、雪乃は人間でもある。
 さあっと、血の気が引いた。

「と、取ってください! 虫、怖い!」
「ええ?! 樹人って、虫が駄目なの? ああ、葉っぱ食べられちゃうのか」

 パニックを起こしてバタバタと体を動かす雪乃に、ノムルも困惑気味だ。
 取り除いてやりたいが、ここでローブを脱がせるわけにはいかない。すでに十二分に目立っていたようで、遠くに野次馬の姿も見える。
 なにせ魔法使い三人と、屈強な武人が一人だ。そんな集団が小さな子供を囲んで怪しい行動をしているのだから、通報されていないだけ幸運と言うべきだろうか。

「とりあえず、冒険者ギルドに戻りましょう。個室がありますから、そこで」
「分かった。ユキノちゃん、もう少し我慢してね?」
「う、うう……」

 半泣き状態の雪乃を抱き連れて、ノムルたちは冒険者ギルドへと走った。
 戻ってきたノムルを目にしたルッツは、何の問題も起こさずに帰ってきたかと、胸をなで下ろした。
 だがそれも一瞬のこと、ノムルの表情を見て口から魂らしきものが抜けかける。
 魔王の目は血走り、ギラギラと光っているではないか。

「部屋はどこ?」
「こっちです!」

 小さな子供を抱きかかえた魔法使い達プラス槍使い一名は、冒険者ギルドの中を駆け抜け、空いている個室に飛び込むと、扉を閉めた。
 すぐさまタッセが詠唱を開始し、誰も入れないように魔法を施す。

「さ、脱がすよ」

 と、ノムルはふるふるしている雪乃から、ローブを脱がした。
 現れた小さな樹人に、改めてマグレーンたちは呆然として、動きを止める。

「うわ、葉に赤い斑点が出てる。なんで?」

 雪乃の緑の葉には、ノムルが言うとおり、赤い湿疹が出ていた。幸いにも虫は付いていなかったようだが。

「何の病気だろう? 植物の病気までは、流石に知らないよ。ユキノちゃん、分かる?」

 マグレーンとタッセも覗き込むが、二人も対処法がわからない。
 薬草の採取経験はあるが、栽培経験は無い。そのため、植物の病気に関してての知識まではないのだ。

「園芸店に行って聞いてみたらどうだ?」
「樹人の病気は分からないだろう」
「見せれば何か分かるかもしれませんけど……」

 ヤガルの提案に、マグレーンが首を横に振る。そしてタッセの言葉で、三人は雪乃を凝視した。

「それは無しの方向で」
「そうだな」
「ええ」

 却下したマグレーンに、ヤガルとタッセは首肯する。しかし、放っておくわけにはいかない。
 三人は必死に考える。脳筋のヤガルは顔が真っ赤になって湯気が出てきたが、それでも無い知恵を振り絞った。

「たぶん、根を張った土地か、頂いた肥料に、好ましくない成分が混ざっていたんだと思います」

 小さな樹人の言葉を聞き、三人は凍りつく。
 錆びたネジのように、ぎこちなく首をノムルへと回した。予想通り、魔王が光臨しようとしている。

「ノムルさん、マグレーンさんたちは悪くないですよ?」
「なんで?」

 雪乃が庇うが、ノムルの怒りは収まらない。

「あの状況では、ベストな行動だったと思います。人間の世界で使われているものの中には、自然界とは相容れないものが多々あるので、そういった物質が含まれていたのでしょう。たぶん、しばらくすれば収まると思いますから」
「そう」

 魔王はノムルの体から抜け去ったようだが、ノムルは肩を落としてしょげている。

「早く良くなるような薬草とかあったら教えてよ。とりあえず、治癒魔法を掛けてみようか?」

 念のためにと治癒魔法を発動させたが、改善は見られない。ノムルはさらに落ち込んだ。そして、

「出よう」
「はい?」

 と言うなり、雪乃にローブを着せ、抱き上げる。

「こんな国、駄目だ。ユキノちゃんが暮らしやすい、緑あふれる自然豊かな森へ行こう!」
「ちょっと、ノムルさん?!」

 急展開についていけず、雪乃は困惑の声を上げ、マグレーン達は虚を突かれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。