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ルモン大帝国編

76.今朝は何の用だ?

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「それで、今朝は何の用だ?」

 何とか意識を取り戻したルーザイは、十回以上の深呼吸を繰り返して、ようやく執務室に入った。
 すでにソファに座り、紅茶とアマモイのパイで寛いでいるノムルの対面に座ると、用件を切り出す。
 ちなみにアマモイは、サツマイモに似た食べ物らしい。

「ああ、昨日の結果を聞いておこうと思って。首謀者は誰だったの? それと処罰は?」

 やはりそのことかと、ルーザイは息を吐く。
 残業に不満を漏らすギルド職員達に無理を言ってまで、昨夜のうちに粗方の段取りを付けておいた判断は、正しかったようだ。

「うちの八人の目論みは、お前さんが見立てていた通りだろうな。飛竜を討伐できれば上々、できなければパーパスの町へと誘導する。そそのかしたと思われる人物の名前は勘弁してほしい。目処はついているが、やつ等は吐こうとしないし証拠も無い。もちろん、見逃すつもりはない。帝都のギルドへも連絡する予定だ。だが一介の冒険者や、地方のギルドマスターの手には余る相手とだけは伝えておこう」

 ノムルは口を挟むことなく、ルーザイの言葉を聞いている。
 飛竜を誘導し、町一つを壊滅させる可能性もあったのだ。それなりの地位と権力を持つ人物が黒幕にいることは、予想の範疇だった。
 ルーザイ自身が手を出すことなく、国内の冒険者ギルドをまとめるルモン大帝国支部に判断を仰ぐことも、ギルドマスターとして正しい判断だろう。
 だからこそ、ノムルが聞きたいことは、そこではない。

「それで?」

 薄っすらと笑みを浮かべたまま、ノムルは問いかける。
 ルーザイの額に、薄っすらと汗が滲む。ここまでは、冒険者ギルドのギルドマスターとしての定石があり、正しく運べば問題はない。
 しかし、ここから先はルーザイの手腕に掛かっている。指す手を間違えれば、目の前で笑み続ける男が、魔王と化しかねない。
 強敵を前に竦む足とは裏腹に、腹から湧き出てくる愉悦に、ルーザイは、まだ冒険者としての血が残っていたかと笑みが浮かぶ。

「八人には賠償金の支払を命じると共に、Fランクに降格処分とした」

 冒険者ギルドに、Fランクは表向き存在しない。一般の冒険者ならば首を傾げるランクだが、目の前の魔法使いは疑問を浮かべる素振りも無かった。
 Fランクは認定証の剥奪よりも、厳しい処分になる。認定証の剥奪であれば、一定期間を空ければ、再びEランクから登録可能だ。
 けれどFランクへ降格されたものは、生涯Fランクから上昇することは無いと言って良いだろう。
 よほどの問題を犯した者でなければ与えられないランクであるため、冒険者ギルドに顔を出せば、まあ、そういう扱いを受ける。
 そのためFランクへの降格は、冒険者ギルドからの永久追放に等しい。
 ついでに言うと、冒険者ギルド以外のギルドや、各国の中央もその情報は掴んでいる。これは何も、冒険者ギルドが広めるわけではない。
 荒くれ者の多い冒険者ギルドでさえ追放される者など、普通に考えて危険人物でしかないだろう。それ故に、それぞれの機関が勝手に情報を収集して、リストアップしてしまうのだ。
 
「法的な処罰は、現段階では難しい。だが昨夜の騒ぎは目撃者も多く、今日中にやつ等の名前も、何をしでかそうとしたのかも、オーレン中に広まるだろう」

 ノムルは静かに聴いている。
 法的に裁くのは難しいことは、彼も理解している。
 飛竜から逃げ出すことが法に違反するというのなら、誰も飛竜の討伐には向かわなくなってしまう。
 人間の力を超える生物を相手に、確実に倒せるなどと、奢れる者はいない。逃亡不可となれば、敵を倒せなければ死ねと言っているようなものだ。
 そしてパーパスの町に飛竜を誘導しようとしたという件も、現時点では状況証拠しかない。
 だからこそ、現時点で八人が法的な処分を受けることは無い。しかし証拠を探し出せば、法的にも罪を償うことになる。
 だがその前に、八人にはオーレンの町の人々から、充分な報いを受けることになるだろう。
 ルーザイの言葉には、そういう含みも込められていた。

 一言も挟まないノムルを、ルーザイは注意深く窺う。全てを吐き出させろ、生ぬるいと言い出しかねないと、危惧したのだ。
 けれど予想に反して、ノムルは眉一つ動かすことが無い。
 ここまでの自分の行動は、彼の意に沿っていたのかと安心しそうになるが、簡単に表情に出す相手ではないのだろうと、慌てて気を引き締める。
 
「パーパスの冒険者ギルドにも、これから経緯を伝えると共に、詫びの連絡を送らせる予定だ」

 実害は出なかったものの、ノムルたちが現れなければ、パーパスには大きな被害が出ていたかもしれないのだ。そしてパーパスを害そうとする黒幕が、これで手を引くとは限らない。
 気をつけるようにとの注意喚起も含めて、朝一番で連絡するつもりだった。
 その前に、ノムル達が執務室で寛いでいたため、彼等への説明が先になってしまったのだが。
 そこまで伝えて、ルーザイは異変を感じ取る。
 魔王――ではなく、ノムルの隣に座る子供が、ルーザイの言葉に反応して顔を上げたかと思うと、ノムルの様子を窺うように見上げている。
 フードに隠れて表情は見えないが、体より大きなローブの袖にすっぽり収まった手が、所在無さげに揺れていた。
 自分には感じ取れないが、彼女にだけは分かる変化がノムルに起きているのだろうかと、ルーザイは目を鋭く細める。

「あー……。パーパスのギルドへの報告は、俺達が発ってからにしてくれない?」
「?」

 意外な要求に、ルーザイは首を傾げる。視線をノムルの隣に座る子供に移すと、彼女はノムルを見上げた後、少し考えてから、大きく頷いて彼の言葉に同意を示した。
 昨日今日という短い時間だが、ルーザイは彼なりに二人の立ち位置を推し測っていた。
 子供のほうは、比較的常識を持っており、更に魔王……いや、ノムルの暴走を止めるストッパーの役目も果たす、貴重な存在だ。もしかすると低身長なだけで、中味は成人なのかもしれない。
 その彼女が同意するのであれば、何か意味があるのだろう。

「あまり長くは待てんぞ?」
「それは大丈夫。俺たちもこの町に居座るつもりは無いから。予定では今日の機関車で帝都に向かうつもりだったし。面倒に巻き込まれてなければね」

 にっこりと笑うノムルからは、黒いオーラが漂い、ルーザイに圧し掛かってくる。

「それは申し訳なかった。良ければ機関車の切符を手配させてもらおう」
「うん、よろしく。一等車輌でね」
「……」

 問題を起こした八人は、ルーザイが管理するギルドに所属する冒険者だ。その責任の所在は、彼にもある。
 そしてオーレン支部のギルド職員や冒険者達が、昨夜ノムルたちに対して取った行動も、責任者であるルーザイが問われることになる。聞いていなかったから関係ないと、切り捨てるわけにはいかない。
 パーパスの冒険者ギルドのギルドマスターと違い、ルーザイは責任と義務を理解していた。
 していたがしかし、

「せめて三等車輌で……」
「えー? 最低でも二等車輌でしょう?」
「……。分かった」

 この要求は、きつかった。 
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