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ルモン大帝国編

75.完全に黒

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 ルーザイの指示により、オーレン支部の魔法使いが集められ、魔法で荷馬車を照らす。煌々とした灯りの下、荷台の検証が行われた。
 竜巻により破壊されていたと思われていた荷馬車だが、きっちり証拠品として、壊すことなくノムルの空間魔法に収められていたのだった。

「本当に術式が仕組んである。逃げるの前提かよ」

 荷馬車を確認していた魔法使い達が、顔をしかめて吐き捨てる。
 次いで魔力の高い者と、魔力を持たない者を合わせた八人が選ばれ、指輪をはめた。魔法使いが声に魔力を込め、キーワードを発する。

「偽竜の尻尾切り」

 低く声が響くと、指輪をはめた冒険者達はその場から姿を消し、直後には荷馬車の上に移動していた。

「完全に黒だな」

 呟いたルーザイは、縛り上げられている八人をギロリと睨みつける。集まっていた冒険者達も、冷たい視線を投げつけた。

「「「ひいっ!」」」

 ガタガタと震える彼等に、高ランク冒険者としての威厳は欠片も見えなかった。

「仲間を置いての敵前逃亡。褒められる行為ではないけど、罰則行為とまではいかないねえ。思いがけない強敵が現れた場合、誰かが引き付けている間に他の仲間を逃がすのは、作戦としてはありだ。それに、いざというときに確実に逃げれる手段を用意しておくのも、一流を目指すならば必須の対策だからねー」

 ソファに座ったまま、優雅に紅茶を飲んでいたノムルの言葉に、一斉に驚愕の目が向かう。

「ノムルさん?!」

 ナルツが声を張り、帝都の冒険者達は歯を食いしばってノムルを睨む。オーレンの冒険者達でさえ、怪訝な目を向けた。
 一方、縛り上げられている敵前逃亡をした八人はといえば、

「そ、そうですよ! 飛竜から逃げるためには、仕方ない作戦です!」
「ああ、俺たちは悪くない!」

 と、まだ顔色は悪いながらも勝ち誇ったように、自分たちの正当性を主張し始めた。
 そんな彼等に対して、帝都の冒険者達はもちろん、オーレンの冒険者達も、野次馬に集まっていたオーレンの人々までも、苦々しい眼差しを向けている。
 雪乃は嫌な予感がして、大きく溜め息を吐く。ちらりと横目で見てみれば、ノムルはにやりと口許に笑みを浮かべていた。

「そもそも俺は、飛竜討伐に参加する気なんてなかったんだよねえ。受注した任務は、パーパスからオーレンに向かう、馬車の護衛だったわけだから」

 何を言い出したのかと、人々は眉をひそめながらノムルの内心を探る。

「その途中でさあ、馬車が一台しか走れないような狭い道に、対向車が止まって道を塞いでたんだよねえ。それで邪魔だったから、魔法で運んできたわけなんだけど」

 その言葉の意味を理解しかね、聴衆たちは近くの人達と顔を見合わせて、首を捻った。
 けれど、瞬時に理解したルーザイとモストル、それに一部の冒険者達は、怒りに震え総毛立った。

「お前等っ?!」
「「「ひいっ!」」」

 勝ち誇ったような笑顔は、一瞬にして真っ青に転じる。

「わざわざ光明を照らし、上げてから奈落の底に叩き落とす。見事ですが、最低です」
「あははー。そんなに褒められると、照れちゃうなあ」
「褒めてません。どうしてそう、ポジティブに黒いんですか?」
「ええー? だってえ、そのほうが面白いじゃん?」

 壁も屋根も無いギルドマスターの執務室で、ソファに座ってくつろぐおじさんと、幼い子供。
 そこから漏れ聞こえてくる会話に、人々は目を閉じて苦悶に耐える。

(誰だよ? こんな魔王みたいなヤツを呼び起こしやがったのは?!)

 そんな声が、心の奥底から沸きあがってくる。そしてその答えを、彼等は知っていた。

「「「お前らだっ!!」」」
「「「ひいっ?!」」」

 一斉に指差され、怒鳴りつけられた八人は、互いに背をぶつけ合い震え上がった。

「さってと、今日はもう遅いし、いい加減に宿に行こうね」
「ふわぁい」
「寝ぼけたユキノちゃんも、可愛いなあ」
「セクハラはお断りします」
「ええー?」

 すっかり日も暮れて、うつらうつらと揺れる雪乃は、根も伸び始めている。そんな雪乃を抱き上げると、ノムルはギルドマスター室から出て、そのまま去って行った。

「「「え?」」」

 散々掻き回しておいて、まさかの放置&撤退である。
 人々は困惑したが、けれど魔王のような魔法使いを止める勇者など、この町には存在しなかった。
 ただ去って行く後姿を、呆然と見送るしかない。

「これ、どうしますか?」
「とりあえず、八人を牢へ……って、牢も無くなってたな」

 空を見上げたルーザイの目に、流れる星が一つ、飛び込んできた。

(どうか明日は、平穏でありますように)

 思わずそんな祈りがこぼれるほどに、彼は疲弊していた。

「緊急依頼だ。証拠品と八人の馬鹿どもの見張りを、Bランク以上の冒険者に。それと、帝都から来てくれた冒険者に宿と夕飯の提供。後は明日だ」

 ルーザイの言葉に逆らうものなど、一人もいなかった。
 彼等は皆、ぐったりと疲れ切っていた。主に精神面で。

 そして翌朝、昨夜の八人への尋問と、飛竜討伐に参加した冒険者達へ改めて報告を頼んで、更にギルドの再建を……と、眉間に現れた深い山脈を指で揉みながら家を出たルーザイは、自身の職場を前にして、立ち尽くした。
 いや、三秒して崩れ落ちた。
 地面に膝を付き、両手で何とか体を支える。
 情報が欲しくて首を回せば、同じように四つん這いになって項垂れている者、膝を付いて呆然と空を見上げている者の姿が視界に映った。

「俺は間違っていない、幻を見ているわけでもない!」

 そう必死に自分に言い聞かせて、よろよろと立ち上がる。そしてギルドの扉を開けて、自身の執務室へと向かった。
 ああ、もう一度言おう。
 扉を開けて、執務室に向かったのだ。

「ユキノちゃんは甘すぎるよー」
「直せるんだから、直してあげれば良いじゃないですか。そもそも問題を起こしたのはあの人達だけで、他の人は関係無いみたいだったじゃないですか」
「あ、やっぱりユキノちゃんは見抜いてたんだねー。てっきりギルドぐるみかと思ってたら、違ったねえ」
「ええ、予想外でした。でも良かったです」

 ルーザイは執務室の前で足を止めると、頭を抱えて蹲った。

(どうして彼等がここにいる?! いや、昨日の説明がまだ残っているんだから、来てもらわないと困るんだが。しかし昨日、跡形も無く消滅したはずの壁と屋根が、どうして元通りに戻っているんだ?! そして俺も疑われていたのか?!)

 いっそ意識を失ってしまいたいとさえ、ルーザイは願った。そしてその願いを、神は聞き届けた。

「もしギルドぐるみの暴挙でしたら、ノムルさん、この町から冒険者ギルドの存在自体を、消してましたよね?」
「もちろん。そこまで気付いてくれるなんて、やっぱりユキノちゃんと俺の相性って、最高だよねー?」
「それは否定させていただきます」
「えー?」

 ギルドマスターの執務室の前、立て替えられたばかりの綺麗な廊下で、恰幅の良い男が一人、白目を剥いて天井を見上げていた。
 ついでに言うと、扉一枚を隔てた部屋の中でも、ちょび髭の執事が紅茶の入ったティーポットを持ったまま、意識を失っていた。
 今日も青空の広がる良い天気だ。小鳥達も楽しげに、鳴き交わしている。
 そんな麗らかな朝の出来事だった。
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