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ルモン大帝国編

73.通じなかったようだ

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※暴力的な場面があります。ご注意ください。※



「それより、飛竜討伐の際の出来事について説明したいんだが。奥でギルドマスターに話したほうが良いか?」

 ひやりと、静観していた冒険者達の背筋に、冷たいものが奔る。
 受付嬢以上に冷たい声を発したのは、フレックを背負って静かに立っていた、ナルツだった。
 本音を言えば、彼はここで全てを暴露してやりたかった。しかし冒険者としての誇りも持つ彼は、一部の冒険者の行動を、ギルド全体に押し付けるという選択は控えた。
 だがその気遣いは、勘違いしているオーレンの冒険者ギルドには、通じなかったようだ。
 ちらりと後ろを振り返った受付嬢に、ギルド職員達が頷く。

「いいえ、その必要はありません。ここでお話しください」

 地元の冒険者達も、聞き届ける気満々といったところか。
 周囲をゆっくりと一瞥したナルツは、肺の奥から息を吐き出して気持ちを落ち着けると、飛竜討伐に向かってから、オーレンの冒険者が逃げ出すまでの一連の内容を、はっきりとした口調で語った。
 ナルツが口を閉じた時には、ギルドの職員も、地元の冒険者達も、すっかり静まり返り、顔色を失っていた。
 飛竜という危険レベルの高い魔物を相手にし、一部の冒険者を見捨てて逃げ出すなど、冒険者として許されざる行為だ。
 しかも、ただ逃げるだけではなく、事前に術式を組んでいたとなれば、確信犯である。弁解の余地は無い。

「まさか」

 ギルド職員が呟きを漏らしたのを皮切りに、ざわめきが広がっていく。
 どうやら飛竜討伐に参加していたオーレンの冒険者達は、オーレンのギルドを代表するような、有名な冒険者だったらしい。まあ、Bランクを中心に、Aランクも混じっていたのだから、当然というところか。
 英雄であるはずの彼等が、許されざる裏切り行為を取ったというのだから、信じたくないのも当然だろう。

「嘘を吐くな! それが事実なら、お前達が無事なはずがないだろう?」
「そうだ。見たところ、無傷じゃないか!」

 雪乃が完璧な治療を施したことが、仇となったようだ。
 帝都の冒険者達は、顔を見合わせる。けれどユキノの治癒魔法やアイテムに関しては、他言しないようにノムルに言われていた。
 その重要性に気付いている彼等は、恩を受けた雪乃を危険に晒さない為に、ノムルに言われるまでもなく、誰にも言うつもりは無かったのだが。
 口をつぐんだ帝都の冒険者に、オーレンの冒険者達は確信を深めていく。真相は、裏切り者は帝都の冒険者達であり、彼等の英雄であるオーレンの冒険者達こそが、裏切りに遭い、重症を負ったのだと。
 罵声が飛び交い、物を投げる者まで現れた。
 高ランクである帝都の冒険者達は、それを難なくかわす。けれど一人だけ、その力をもたない子がいた。

「わっ?!」

 その小さな声に、魔王のオーラが溢れ始める。
 帝都の冒険者達は、目が死んでいた。
 振り向きたくない! 見たくない! そんな心の声が、彼等から聞こえてくるようだ。それでも拒絶する体に抗って無理矢理に命令を下し、ぎぎぎっと錆びた音を立てるように、首を回す。

「なになに? 治癒魔法を使ってみせれば良いの? んじゃとりあえず、怪我人が必要だよねー? そこの馬鹿でいい? ユキノちゃんに何してくれるのさ」

 とびっきりの笑顔だが、目が怖い! 怖いっ! いや、本気で怖い!
 帝都の冒険者達は、高ランク冒険者にあるまじき醜態だが、顔を恐怖に歪めて身を寄せあった。
 小さな子供のフードを深く下ろして視界を遮るなり、ノムルの杖がわずかに揺れる。

「ぎやああああーーっっ?!!」

 突如上がった悲鳴に、雪乃の体が跳ね、慌てて周囲を見回そうと体を捻っているが、しっかりとノムルに抑えられて何も見えない。
 地元の冒険者達からは悲鳴が上がる。
 雪乃に物を当てかけた冒険者が、見るも無惨な姿と化していた。

「あー。怪我人は六人だったから、六人用意したほうが良いのか」

 その場にいた人間たちの顔からも体からも、一気に血の気が引いていく。

「ぎゃああっ!」
「逃げろ!」
「退けえっ!!」

 阿鼻叫喚。全員が一斉に出口へと向かい、駆け出した。扉を開けようと取っ手に手を掛けるが、ぴくりとも動かない。

「何してる?! さっさと開けろ!」
「開かねえんだよ!」
「壊せ!」
「窓から!」

 完全なるパニック状態だ。
 扉に体を打ちつけ、窓に剣を叩きつけ、壁に戦斧を叩き込み……。

「え? 何々? このギルドを壊したいの? んじゃあ、手伝ってあげるよ」

 ノムルの杖が、床をこつんと叩く。その瞬間、爆風が吹き荒れ、粉塵が舞い上がった。

「う、嘘だろう?」
「本気でネーデルに帰りたい……」
「無事に帰れると良いな」

 帝都の冒険者達は、思考を手放した。この魔法使いといる限り、常識は存在しない。
 突風が吹き抜け、粉塵が消えると、ギルドから壁と天井は消滅していた。それなのに、誰一人としてギルドから出ることができない。
 物理的な壁の変わりに、見えない壁が張り巡らされていたのだ。
 何事かと、町の人間たちも遠巻きに集まってくる。

「さてと、あと五人」

 惨状に相応しくない長閑な声に、冒険者達は戦慄する。

「くそっ! 調子に乗るんじゃねえ!」

 目を怒らせた冒険者が三人、ノムルに向かっていった。
 一人は大剣を振りかぶり、振り下ろす。もう一人は太い鎖の先に付いた、棘だらけの鉄球を振り回し、ノムルに放つ。そして三人目の小柄な冒険者は、両手にナイフを持ち、彼等の後ろから迫った。
 その後ろで、他の冒険者に隠れるようにして詠唱を終えようとしている、魔法使いが一人。

「あと一人」

 戦いにもならなかった。ノムルはわずかに杖を揺らしたに過ぎない。

「お前がこの騒動の首謀者か?」

 奥から現れたのは、鍛え上げられた恰幅の良い男と、傍に控えるように立つ執事服の秘書。恰幅の良い方の男が、おそらくこのギルドのギルドマスターだろう。

「うん? 最後は責任者に責任を取ってもらおうか。これで六人」
「ぐあっ?!」

 ギルドマスターというのは、ただの事務職ではない。冒険者としても充分な活躍をして引退をした者の中から、人望厚く、頭もそれなりに切れる者が選ばれる。
 そう、一流の冒険者から選ばれるのだ。
 帝都の冒険者達は、そんな当たり前の常識を、脳内でセルフ解説した。
 恐怖に青い顔を引き攣らせた、オーレンの職員と冒険者達。遠巻きに見ていた町の人達からも、悲鳴が上がっている。
 その注目を浴びているのは、宙に浮いた六人の、無残な姿。
 生きてはいるが、その息もいつまで持つのだろうかと、心配せざるを得ない傷が、全身に刻まれていた。
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