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ルモン大帝国編

56.腐ってるねえ

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 ちらりと視線を落とせば、小さな樹人はやはり元気がない。

「ところで、飛竜が巣作りを始めたのはいつ?」
「半月ほど前ですね」
「じゃあ、際どいねえ」
「ええ」

 二人の会話を聞いた雪乃は、ぽてんと幹を傾げる。その様子に、ノムルは苦笑した。

「まだ卵を産んでいなければ、脅威となる存在がいると認識させるか、巣を撤去すれば他に移るんだよ。だから竜種が巣を作り出したら、早めに攻撃をする。そうすれば、討伐できなくても追い払うことができる」

 たとえ竜種を倒せる戦力がなくとも、ヒナに危害が加わるかもしれないと感じると、その地は捨てて別の場所を探すそうだ。だから人里近くに竜種が現れた場合、一刻も早く攻撃を開始し、それを繰り返すことが肝心になる。
 卵を産むと雛が巣立つまで二年以上その場に居座る上に、普段よりも攻撃的になる竜種だけに、早めに対処する必要がある。
 そう説明するノムルに、サウザン・ロスクも頷いて顛末を語る。

「仰るとおりで、飛竜の巣作りが確認されてすぐに、冒険者ギルドと領主様の私兵で、一度だけ襲撃を行ったのですが、脅威とは認識されませんでした。その後、帝都へ討伐要請をしているという話なのですが、如何せん辺境でして、軍が派遣される様子はなく、国から冒険者ギルドへ依頼が来たという状態です」
「つまり、領主も国も、乗り気じゃないと?」
「ええ、元ギルドマスターをご覧になれば分かるように、そういう領主ですから、私財を投じてまで討伐する気はなく、国もパーパスとオーレンの繋がる道が塞がるのは、問題よりも利益が大きく……」

 と、そこでサウザン・ロスクは口を濁した。
 ようするに、二つの町を行き来する道が通行止めになれば、商人たちは迂回ルートを通らなければならなくなる。
 そこで余分に掛かった時間を短縮するために、国が運営している機関車を利用する者が増え、国への収入も増えるというわけだ。

「あー、腐ってるねえ」
「お恥ずかしながら」

 そんな話をして捕らえられたりしないのだろうかと、雪乃は少し心配になったが、ギルドを吹き飛ばしているのだから今更かと思い直した。

「そういえば、あれだけ騒ぎを起こしたのに、捕まえに来たりしないんですね」

 警察なのか軍なのかは分からないが、ノムルを捕まえに誰かが来そうなものだが、今のところその気配は無い。

「冒険者ギルドは、治外法権みたいなものだからねえ。ギルド内で起こった問題は、領主が口を出すことはないよ? 冒険者を敵に回したいなら、別だけどねえ。それに、騒ぎは起こしたけど、問題は起こしてないだろう?」

 平然と言い放ったノムルに、ギルド内にいた人々は、揃って白い目を向けた。
 ギルドマスターを罷免し、ギルドの建物をまるっと吹き飛ばしておいて、どの口が問題は起こしていないと言うのだろうか?
 確かにすでに建物は元通りになっている。町の人々も何事もなかったかのように、というより、白昼夢を見たのだろうと無理矢理自分を納得させて、日常と変わらぬ生活を送っているようだが。

「まあ、早めに立ったほうがいいとは思いますが」

 ノムルは問題ないと認識しているようだが、領主がどう出るかは分からない。早めに町を出た方がよいだろうと、サウザン・ロスクは口にこそしないが、その思いを目に宿していた。

「そうだねえ、しかし面倒ごとの多い町だねえ」
「……申し訳ありません」

 サウザン・ロスクだけが悪いわけではないのだが、彼は素直に謝罪する。
 そんな騒動の末、雪乃とノムルは、早々にオーレンに向かって旅立った。
 気を利かせたサウザン・ロスクが、昼食にとサンドイッチを持たせてくれたので、ノムルは馬車に揺れながら頬張る。
 マイペースなノムルの横で、雪乃はギルドでの行動は本当に咎められないのかと心配していたのだが、ノムルも依頼主も、「気にすることは無い」と笑うばかりだった。


 だそくだが、冒険者ギルドの騒ぎを聞いた領主は、私兵を派遣した。
 けれど彼らが冒険者ギルドに駆けつけたときには、すでにノムルの姿はなく、彼の二つ名を聞いた私兵たちは震え上がって、上司に報告したという。
 領主もまた、弟がギルドマスターを勤めていただけあって、冒険者の情報は少しは持っている。ゆえにその名を聞いて震え上がり、即座に弟との縁を切り、ノムルが領土から出たという報告が来るまで、部屋に閉じこもって出てこなかったとか。
 まあ、雪乃の耳には入ることの無かった話だが。
 とにかく、雪乃とノムルは、パーパスの町から旅立った。


     †


「いやあ、ありがたい。護衛を引き受けてくれる冒険者はいないだろうと、諦め半分だったのですが、まさかAランク冒険者さんが偶然にも立ち寄るとは。私は運がいい」

 ラツクと名乗った小太りの男が操る馬車の荷台には、小さな箱が一つ、しっかりと固定されていた。
 他に毛布や食料が積み込まれているが、これは道中で夜を明かすための備えであって、荷物は先の小箱一つだけのようだ。
 お蔭でノムルも雪乃も広々と使わせてもらっている。ノムルにいたっては、ギルドで貰った昼食を食べ終え、遠慮もなく横になっていた。
 話によると、オーレンの町へ、急ぎで届けなければならない薬草があったらしい。
 昨夜の内に息子にも同じ品を持たせ、迂回ルートでも運ばせているそうだが、そちらは早くても一週間は掛かるという。
 どうにかならないかと冒険者ギルドに相談したところ、ノムルがやってきたというわけだ。
 御者台に座るラックは、ハンカチでしきりに額の汗を拭いながら喋り続けている。内容はノムルを持ち上げる内容がほとんどで、特に意味の無い話だったが。
 どうやら午前中の騒ぎを目にした上、冒険者ギルドからノムルの実績を語られ、かなり萎縮しているようだった。しかし同時に、これ以上無い護衛を雇えたと、まんざらでもないようだ。

「あの『竜殺し』と双極と呼ばれるお方に護衛をしてもらうなど、我がラツク商会も自慢ができますな」

 必死に機嫌を取ろうとしているのだが、その相手は現在荷台で爆睡中だった。
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