上 下
21 / 402
ルモン大帝国編

56.腐ってるねえ

しおりを挟む
 ちらりと視線を落とせば、小さな樹人はやはり元気がない。

「ところで、飛竜が巣作りを始めたのはいつ?」
「半月ほど前ですね」
「じゃあ、際どいねえ」
「ええ」

 二人の会話を聞いた雪乃は、ぽてんと幹を傾げる。その様子に、ノムルは苦笑した。

「まだ卵を産んでいなければ、脅威となる存在がいると認識させるか、巣を撤去すれば他に移るんだよ。だから竜種が巣を作り出したら、早めに攻撃をする。そうすれば、討伐できなくても追い払うことができる」

 たとえ竜種を倒せる戦力がなくとも、ヒナに危害が加わるかもしれないと感じると、その地は捨てて別の場所を探すそうだ。だから人里近くに竜種が現れた場合、一刻も早く攻撃を開始し、それを繰り返すことが肝心になる。
 卵を産むと雛が巣立つまで二年以上その場に居座る上に、普段よりも攻撃的になる竜種だけに、早めに対処する必要がある。
 そう説明するノムルに、サウザン・ロスクも頷いて顛末を語る。

「仰るとおりで、飛竜の巣作りが確認されてすぐに、冒険者ギルドと領主様の私兵で、一度だけ襲撃を行ったのですが、脅威とは認識されませんでした。その後、帝都へ討伐要請をしているという話なのですが、如何せん辺境でして、軍が派遣される様子はなく、国から冒険者ギルドへ依頼が来たという状態です」
「つまり、領主も国も、乗り気じゃないと?」
「ええ、元ギルドマスターをご覧になれば分かるように、そういう領主ですから、私財を投じてまで討伐する気はなく、国もパーパスとオーレンの繋がる道が塞がるのは、問題よりも利益が大きく……」

 と、そこでサウザン・ロスクは口を濁した。
 ようするに、二つの町を行き来する道が通行止めになれば、商人たちは迂回ルートを通らなければならなくなる。
 そこで余分に掛かった時間を短縮するために、国が運営している機関車を利用する者が増え、国への収入も増えるというわけだ。

「あー、腐ってるねえ」
「お恥ずかしながら」

 そんな話をして捕らえられたりしないのだろうかと、雪乃は少し心配になったが、ギルドを吹き飛ばしているのだから今更かと思い直した。

「そういえば、あれだけ騒ぎを起こしたのに、捕まえに来たりしないんですね」

 警察なのか軍なのかは分からないが、ノムルを捕まえに誰かが来そうなものだが、今のところその気配は無い。

「冒険者ギルドは、治外法権みたいなものだからねえ。ギルド内で起こった問題は、領主が口を出すことはないよ? 冒険者を敵に回したいなら、別だけどねえ。それに、騒ぎは起こしたけど、問題は起こしてないだろう?」

 平然と言い放ったノムルに、ギルド内にいた人々は、揃って白い目を向けた。
 ギルドマスターを罷免し、ギルドの建物をまるっと吹き飛ばしておいて、どの口が問題は起こしていないと言うのだろうか?
 確かにすでに建物は元通りになっている。町の人々も何事もなかったかのように、というより、白昼夢を見たのだろうと無理矢理自分を納得させて、日常と変わらぬ生活を送っているようだが。

「まあ、早めに立ったほうがいいとは思いますが」

 ノムルは問題ないと認識しているようだが、領主がどう出るかは分からない。早めに町を出た方がよいだろうと、サウザン・ロスクは口にこそしないが、その思いを目に宿していた。

「そうだねえ、しかし面倒ごとの多い町だねえ」
「……申し訳ありません」

 サウザン・ロスクだけが悪いわけではないのだが、彼は素直に謝罪する。
 そんな騒動の末、雪乃とノムルは、早々にオーレンに向かって旅立った。
 気を利かせたサウザン・ロスクが、昼食にとサンドイッチを持たせてくれたので、ノムルは馬車に揺れながら頬張る。
 マイペースなノムルの横で、雪乃はギルドでの行動は本当に咎められないのかと心配していたのだが、ノムルも依頼主も、「気にすることは無い」と笑うばかりだった。


 だそくだが、冒険者ギルドの騒ぎを聞いた領主は、私兵を派遣した。
 けれど彼らが冒険者ギルドに駆けつけたときには、すでにノムルの姿はなく、彼の二つ名を聞いた私兵たちは震え上がって、上司に報告したという。
 領主もまた、弟がギルドマスターを勤めていただけあって、冒険者の情報は少しは持っている。ゆえにその名を聞いて震え上がり、即座に弟との縁を切り、ノムルが領土から出たという報告が来るまで、部屋に閉じこもって出てこなかったとか。
 まあ、雪乃の耳には入ることの無かった話だが。
 とにかく、雪乃とノムルは、パーパスの町から旅立った。


     †


「いやあ、ありがたい。護衛を引き受けてくれる冒険者はいないだろうと、諦め半分だったのですが、まさかAランク冒険者さんが偶然にも立ち寄るとは。私は運がいい」

 ラツクと名乗った小太りの男が操る馬車の荷台には、小さな箱が一つ、しっかりと固定されていた。
 他に毛布や食料が積み込まれているが、これは道中で夜を明かすための備えであって、荷物は先の小箱一つだけのようだ。
 お蔭でノムルも雪乃も広々と使わせてもらっている。ノムルにいたっては、ギルドで貰った昼食を食べ終え、遠慮もなく横になっていた。
 話によると、オーレンの町へ、急ぎで届けなければならない薬草があったらしい。
 昨夜の内に息子にも同じ品を持たせ、迂回ルートでも運ばせているそうだが、そちらは早くても一週間は掛かるという。
 どうにかならないかと冒険者ギルドに相談したところ、ノムルがやってきたというわけだ。
 御者台に座るラックは、ハンカチでしきりに額の汗を拭いながら喋り続けている。内容はノムルを持ち上げる内容がほとんどで、特に意味の無い話だったが。
 どうやら午前中の騒ぎを目にした上、冒険者ギルドからノムルの実績を語られ、かなり萎縮しているようだった。しかし同時に、これ以上無い護衛を雇えたと、まんざらでもないようだ。

「あの『竜殺し』と双極と呼ばれるお方に護衛をしてもらうなど、我がラツク商会も自慢ができますな」

 必死に機嫌を取ろうとしているのだが、その相手は現在荷台で爆睡中だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。