上 下
95 / 103

鮎と山鵜 四

しおりを挟む
 頭の次は背だ。
 火によって銀から金へと輝きを変えた皮が前歯に当たれば、ぱりっと弾けるように破れる。口の中に入ると、柔らかな白身がほろほろと解れた。
 小骨が時折舌を撫でるように触れるが、すぐに身と共に潰れていく。

「皮が美味いんだよな。身ももちろん美味いけど」

 たかが薄皮と侮ることなかれ。焼かれたことで存在感を増した皮は微かなぬめりがあり、身よりもしっかりとした味がついている。
 ほろほろと崩れていく身も淡白で癖がなく、食べやすい。

「さて、お次は鮎最大の魅力であり、くじでもあるはらわただな」

 成長した鮎は石などに付いた苔を主食としている。澄んだ川は苔も綺麗で雑味が少ない。つまり、

「とろりとしてまろやか。奥にほんのりとした苦味が潜んでいて、絶品だな」

 川が綺麗だと苦味が少なく、雲丹に似た味がするのだ。
 生えている苔の種類や割合によっても味が違ってくるので、美食家の中には川ごとに食べ比べる者もいるという。

 汚れた川はもちろんだが、綺麗な川に見えてもほんの少しの要因で苦くなるため、必ずしも腸が美味とは限らない。
 とはいえ、その苦さが良いのだという意見もあるので、蓼食う虫も好き好きということだろう。蓼をすり潰して酢を加えた蓼酢を付けて食べる鮎も美味い。

 背骨も身と共に食べていく。旨みが滲み出てきて、身の味を深めてくれる。尾や鰭はぱりりとした食感と香ばしさが堪らない。
 頭から尾まで食い尽くして、一匹目は姿を消した。

「いやあ、美味かった。次は川蝦だ」

 鮎の余韻を残したままで、焼いた川蝦に向かうのは、二者を戦わせるようで躊躇われた。それに口の中に残る鮎の余韻を活かしたい。
 というわけで、川蝦と虎杖の煮物に箸を伸ばす。

 元のしゃっきりとした姿はどこへやら、骨抜きにされてとろとろになった虎杖の萌葱色の池を、桜色の小さな川蝦が泳ぐ。
 すくい取ると、虎杖は藻のように力なく箸に縋っている。色は美しいが、随分と腑抜けになったものだ。

 口に入れてやるが、生の時にあった酸味も、しゃきしゃきとした歯ごたえも消えている。だからといって味が落ちたわけではない。
 とろりと絡みつくような舌触りが気持ちよい。
 酸味が消えたことで、隠れていた甘味が表に出てきた。それに共に煮た川蝦から出たささやかな出汁の旨みも、しっかりと取り込んでいるではないか。

「不思議だよなあ。あの食感と酸味はどこに行った?」

 首を傾げながらもう一口頬張る。
 何も知らせずに調理前と調理後を差し出せば、同じものだと気付く人間は中々いないだろうなと思うほどに、虎杖は別物へと変貌を遂げていた。
 そんなとろりとした波の中から泳ぎ出てきた川蝦は、皮まで柔らかく、ぷりっとしている。小さくても吾輩は蝦であると主張しているようだ。

 口中に残る味が変わったところで、串焼きにしていた手長蝦を手に取る。体よりも長いのではないだろうかと思われる爪の付いた二本の手は、雄のみの特徴である。
 赤く染まり軽く焦げ目がついた手長蝦に塩を付け、まずは御自慢の腕を頂く。
 細い腕は一口でいけるはずなのだが、ちょっとずつサクサクと前歯で迎え入れてしまうのはなぜだろうか?

「美味い。美味いのか? サクサクが止まらない」

 正直に言えば、小さな腕の一欠けらで味が分かるほど、真夜の味覚は研ぎ澄まされていない。だが本人も自己申告しているように、止まらない。
 サクサクの魔力に魅了され、栗鼠のように小刻みに噛んでいく。その内に腕は根元まで食べ尽くされ、頭へと到達した。
 サクリッと一際小気味の良い音と共に、川蝦の旨みが口の中に広がる。

「おお。海老煎餅みたいだな」

 濃縮された出汁の旨みと仄かな甘み。僅かに付けただけの塩が味を引き立てていく。

「しんにゃ、うまー?」
「おお、うまーだな」
「うまー」

 うっかり夜姫に答えてしまい、真夜は固まった。人形の状態では食べることができない。見上げてきても、日中の現世では食べさせられないのだ。
 なんだかもやもやしたものが胸の辺りで疼いたが、真夜はすぐに動き出して食べかけの川蝦を一気に頬張ると、酒を煽る。
 海老の風味がぶわっと口から鼻、咽まで一気に広がった。

「くうっ。美味え!」

 思わず呻くと、酒と手長蝦を交互に見る。
 おそらく焼いた手長蝦に熱燗を注げば、しっかりと蝦の出汁が染み出た美味い酒が飲める。けれどそうしてしまえば、サクサクとした食感は楽しめない。

「究極の選択。いや、今日は串焼きを食べると決めたんだ。今度だ今度」

 誘惑と戦いながら、真夜は二本目の鮎を手に取った。
 まだ日は高い。

「しんにゃ、酒、めっ!」
「俺は夜叉だぞ? 人間が米食うのと同じように、夜叉には酒が良いんだ」
「めっ?」

 残念ながら真夜の屁理屈を論破できるほど、夜姫は大人ではなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダンジョンで温泉宿とモフモフライフをはじめましょう!〜置き去りにされて8年後、復讐心で観光地計画が止まらない〜

猪鹿蝶
ファンタジー
仲間はモフモフとプニプニなモンスター?関わる悪党は知らないうちにざまぁされ、気づけば英雄?いえ無自覚です。これが新境地癒し系ざまぁ!?(*´ω`*) あらすじ ディフェンダーのバンは無能だからとダンジョンに置き去りにされるも、何故かダンジョンマスターになっていた。 8年後、バンは元凶である女剣士アンナに復讐するためダンジョンに罠をしかけて待ちながら、モフモフとプニプニに挟まれた日々を過ごしていた。 ある日、女の子を助けたバンは彼女の助言でダンジョンに宿屋を開業しようと考えはじめるが……。 そして気がつけばお面の英雄として、噂に尾びれがつき、町では意外な広まりを見せている事をバンは知らない。 バンはダンジョンを観光地にする事でアンナを誘き寄せる事ができるのだろうか? 「あの女!観光地トラップで心も体も堕落させてやる!!」 仲間にはのじゃロリ幼女スライムや、モフモフウルフ、モフモフ綿毛モンスターなど、個性豊かなモンスターが登場します。 ー ▲ ー △ ー ▲ ー マッタリいくので、タイトル回収は遅めです。 更新頻度が多忙の為遅れております申し訳ございません。 必ず最後まで書き切りますのでよろしくお願いします。 次世代ファンタジーカップ34位でした、本当にありがとうございます!! 現在、だいたい週1更新。

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

七瀬美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

超リアルなVRMMOのNPCに転生して年中無休働いていたら、社畜NPCと呼ばれていました

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
★お気に入り登録ポチリお願いします! 2024/3/4 男性向けホトラン1位獲得  難病で動くこともできず、食事も食べられない俺はただ死を待つだけだった。  次に生まれ変わったら元気な体に生まれ変わりたい。  そんな希望を持った俺は知らない世界の子どもの体に転生した。  見た目は浮浪者みたいだが、ある飲食店の店舗前で倒れていたおかげで、店主であるバビットが助けてくれた。  そんなバビットの店の手伝いを始めながら、住み込みでの生活が始まった。  元気に走れる体。  食事を摂取できる体。  前世ではできなかったことを俺は堪能する。  そんな俺に対して、周囲の人達は優しかった。  みんなが俺を多才だと褒めてくれる。  その結果、俺を弟子にしたいと言ってくれるようにもなった。  何でも弟子としてギルドに登録させると、お互いに特典があって一石二鳥らしい。  ただ、俺は決められた仕事をするのではなく、たくさんの職業体験をしてから仕事を決めたかった。  そんな俺にはデイリークエストという謎の特典が付いていた。  それをクリアするとステータスポイントがもらえるらしい。  ステータスポイントを振り分けると、効率よく動けることがわかった。  よし、たくさん職業体験をしよう!  世界で爆発的に売れたVRMMO。  一般職、戦闘職、生産職の中から二つの職業を選べるシステム。  様々なスキルで冒険をするのもよし!  まったりスローライフをするのもよし!  できなかったお仕事ライフをするのもよし!  自由度が高いそのゲームはすぐに大ヒットとなった。  一方、職業体験で様々な職業別デイリークエストをクリアして最強になっていく主人公。  そんな主人公は爆発的にヒットしたVRMMOのNPCプレイヤーキャラクターだった。  なぜかNPCなのにプレイヤーだし、めちゃくちゃ強い。  あいつは何だと話題にならないはずがない。  当の本人はただただ職場体験をして、将来を悩むただの若者だった。  そんなことを知らない主人公の妹は、友達の勧めでゲームを始める。  最強で元気になった兄と前世の妹が繰り広げるファンタジー作品。 ※スローライフベースの作品になっています。 ※カクヨムで先行投稿してます。 文字数の関係上、タイトルが短くなっています。 元のタイトル 超リアルなVRMMOのNPCに転生してデイリークエストをクリアしまくったら、いつの間にか最強になってました~年中無休働いていたら、社畜NPCと呼ばれています〜

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...