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幽世と精進料理 十二

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「だったらあの子は、先に行ったのかねえ?」
「そうなんじゃないか? 極楽浄土とやらに行けば会えるだろう?」

 しみじみと言葉を紡ぐ老婆に釣られるように、真夜も言葉を返す。
 見ず知らずの人間を相手に丁寧な返しをするなんて自分らしくないと思いつつ、老婆が夜姫を抱き抱えたままなので立ち去ることもできない。
 老婆は夜姫の背を撫でながら体を揺らしている。心地良いのか、夜姫のまぶたが下がり、うとうとと舟をこぎ始めた。
 しばし無言の時を経て、老婆は苦い笑みを浮かべる。

「あの子が極楽に行ったとは思えん。どうやったらあの子と同じ所へ行けるだろうか?」

 真夜は得体の知れないものでも見るように、まじまじと老婆を凝視した。
 自分の子が地獄へ行ったと確信している親など、そうはいないだろう。いったいこの老婆の息子だか娘だかは何をやらかしたのかと、思わず考えてしまう。

 真夜自身も素行が良いとは決して言えないが、自分の死後に親からこのような評価を下されていたとしたら、ちょっとどころではなく心が傷を負いそうだ。
 生前の行いが悪いからなのだから、自業自得なのではあるだろうが。

 しかし現世では、小さな戦も珍しくない。戦場に出れば大勢の人間を手に掛けることになる。
 更に乱捕りなどに参加すれば、無垢な子供や戦う力を持たない女や年寄りまで傷つけることもあるだろう。
 そう考えれば、地獄へ行くことが自然である人間は大勢いて、気にするほどのことでもないのかもしれない。

 戦とは無縁の場所で生きていても、生きている限り命を奪い、傷付けることは避けられない。
 誰もが罪を背負っているのだ。極楽へ行けると面と向かって言える人間の方が希少だろう。

「あんたは子が死んでから、そいつが地獄に行くようにと願ったのか?」

 口から出たのは抑揚のない、凪いだ声だった。
 老婆は驚きに目を見開く。

「子の不幸など願うものかね。あの子の罪が軽うなるように、毎朝毎晩、祈っておったわ」
「だったらそこそこの所に行ってるんじゃねえか? 十王は使者の罪を暴き裁くが、そいつと関わった奴の懇願によって酌量する」

 思いがけないと言った様子で真夜を凝視した老婆は、数度の瞬きの後ふわりと笑った。

「そうかい。そうかね」

 何度も噛みしめるように頷いているうちに、涙が一粒こぼれ落ちた。

「おばば、だいじょうぶ?」
「ああ。大丈夫だよ。これは嬉し涙といってね、嬉しくて泣いているんだよ。お嬢ちゃんとお兄さんのお蔭だねえ」

 にっこりと微笑んで夜姫を抱いた体をもう一度揺らすと、真夜に夜姫を戻した。涙を袖で拭い、真夜を真っ直ぐに見上げる。
 口角はしっかりと上がっているし目尻も下がっているのだが、その眼は笑っていなかった。柔らかさなどなく、鋭く光っている。

「さ、あんたもその子を連れていくのなら、ちゃんと極楽を目指さないとねえ」
「俺は別に」
「鬼さんに言われただろう? ここにある金銀や玉は、採ってはいけないと」
「いや、俺は初江の許しをもらって」
「いいから、ちゃんと川に戻しなさい」

 真夜の言葉に被さるように叱責する老婆から、真夜はじりりと後退る。間合いを取ると、くるりと踵を返して走り出した。

「こらっ!」

 後ろで老婆が溌剌とした声で叫んでいるが、真夜は振り返りもしない。

「おばばー、またねー」

 逃げる真夜の気持ちなどどこ吹く風で、夜姫は老婆に向かって大きく手を振った。
 知らない人間が近くにいたために、夜姫の腕の中で固まっていた千夜丸がぽよりと揺れる。別に老婆との別れを惜しんだわけではなく、緊張が解けて緩んだだけだ。

 夜姫によって呼びこまれた面倒事から解放されて、真夜はひたひたと濡れた草鞋で歩いていく。眠っている夜姫を連れて地獄の二丁目から出ると、自分の暮らす洞窟へ帰っていった。

 立てた片膝に肘を乗せた頬杖を突いて、むっすりと不機嫌そうな顔の先には、仲良く遊ぶ小さな一人と一匹。
 黄泉の国に連れていき上等な菓子を用意させても、夜姫は引っかからなかった。正確には食べたがる夜姫を、千夜丸の絶対防壁が抑え込んでしまったのだが。

「神社も駄目。幽世も駄目。他に昇天させる方法って、何があるんだ?」

 ふーむっと岩肌を見るともなしに眺めながら、真夜は考える。考えている間に、腹が鳴った。
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