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手負いの空鯨 三

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 視線を切った真夜は、一つ目小僧へと意識を戻す。藁に包まれた納豆と、味噌漬け豆腐、それに水切りを終えた豆腐を取り出していた。

「ではこちらを。ここは涼しいですから、数日なら日持ちするでしょう」

 受け取って代金を支払うと、一つ目小僧は荷を背負い、蓑と笠を付けて出ていく。

「それではまた御贔屓に」
「おう。気を付けて帰れよ」

 会釈をして雨の中を去っていく一つ目小僧を見送った真夜は、さっそく飯の支度にとりかかる。
 まずは火を熾して米を焚く。
 それから油を引いた鍋を強火に掛けて、水切り済みの豆腐を手で握るようにして潰しながら、放り込んでいく。
 鍋肌にくっ付かないように箸で手早く混ぜ水気が飛んだら、酒と醤油を加えて全体に行きわたるように混ぜて火から下ろす。
 すり潰して粉にした山椒を振り入れて、醤油の色に染まって照り返すように輝く豆腐――あらかね豆腐の完成だ。
 
「問題は、これをそのまま食べるか、飯に乗せて食べるかだな」

 器に盛ったあらかね豆腐を前に、真夜は腕を組んで考える。とてもどうでもいい問題に聞こえるが、真夜の表情は真剣だ。
 酒に合わせても美味い二品だが、今日はご飯で食べる。

 とりあえずそのまま食べることにした真夜は、飯茶碗を片手にあらかね豆腐に箸を伸ばす。
 一口ほどに切った鶏肉を焼いたようにも見えるが、口に入れれば柔らかく崩れた。
 しっかりと醤油が染み込んでいるが、豆腐の淡白なまろやかさは残っている。山椒もぴりりと効いていて、食欲をそそる。

「美味い。そしてやはり、丼にしたい」

 一口だけで、上品に食べるのは止めたようだ。
 ご飯の上にあらかね豆腐を乗せて、掻き込む。ご飯が加わっても負けることのない濃いめの味付け。それどころか温かいご飯と混じり合い、どんどん食べられそうだ。 

「これはいいな。簡単だし」

 早々に一杯目の飯を食べ終わると二杯目をお代わりし、今度は初めから丼にして食べる。
 柔らかな豆腐だけにすぐに咀嚼が終わり、次々と咽に落ちていく。

「いかん。食い過ぎそうだ。まあいいか」

 一度は危機感を覚えたものの、すぐに開き直った。食べ過ぎを気にする真夜ではない。
 掻き込むように食べ終わると、味噌漬け豆腐で酒を楽しむ。

 しっかりと水気を切った絹ごし豆腐を晒木綿で包み、酒で緩めた味噌に一昼夜漬けこんだものだ。硬く引き締まり、曙色に染まった姿は、豆腐とは別物のように見える。
 歯触りも豆腐というよりも、茹で卵の白身部分のようにしっかりとしている。塩気を含んだまったりとした濃厚な深い味わいだ。

「これは酒に合うな。しかし濁酒よりも果実酒の方が合いそうだ。現世に戻ったばかりで酒の種類が揃ってないのが悔やまれるな」

 何の果実が合うだろうかと、噛みしめながら考える。

「山葡萄を漬けた酒なんか良さそうだな。そういやこの間神社に行ったときに、梅を採ってきて漬けといたな。そろそろ飲めるか?」

 神社に植えられている梅の木から採ってきた青梅は、ヘタを取り、竹串で穴を開けてから酒に漬けておいたのだ。まだ飲みごろには早いが、飲めないわけではない。
 そんなわけで少しだけ汲んできた。

「ほんのり梅の香りが移っているが、まだ薄いな。まあ酒だから飲めなくはないが」

 などと言っている所に、本日二度目の客が訪れた。

「夜叉様、御無沙汰をしております。烏天狗の次郎でございます。子育ても一段落しましたので、改めてご挨拶に罷り越しましてございます」

 初対面時の慇懃無礼な態度と違い、随分と物腰が柔らかい。嘴が地面に付きそうなほど深々と頭を下げて、真夜の機嫌を窺う。
 ちらりと視線を向けた真夜は、

「辛口のほうが合うか?」

 と、気にすることなく酒を楽しむ。
 放置された次郎は、顔を伏せたまま上げることができない。
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