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手負いの空鯨 二

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「そういやお前、河童の皿の水を吸ったんだったな。体の中に残ってるのか? それとも力を奪ったのか?」

 以前川に行ったときに、真夜は河童におぼれさせられた。その時に、河童から逃れるために真夜は千代丸をけしかけたのだ。
 河童は強い治癒能力を持つ。手足が切り落とされても、くっつけることができるほどに。そしてたまに気に入った相手がいれば、その力を込めた薬を与えることがある。
 とはいえ、間違っても千夜丸が気に入られたということはないだろう。なにせ河童は千代丸に皿の水を吸われ、瀕死の状態にまで追い込まれたのだから。

 窄めた目で探るように凝視してくる真夜を誤魔化すように、千夜丸は相手にせず夜姫を乗せて移動を始める。

「ちよ?」
「おーい、どこに行くんだ?」

 そのまま揃って洞窟の入り口へと向かった。

「豆腐、納豆、炒り豆。御入用ではありませんか?」
「あーい」
「おう、頼むわ」

 洞窟の入り口近くまで来たところで、ちょうど来客があった。
 真夜の肩ほどにも届かぬ少年は、大きな竹笠を被り、体には蓑をまとって雨を避けていた。その蓑は、背側が大きく膨らんでいる。そして肩には桶を下げた天秤棒を担いでいた。
 雨が降り込まない洞窟の中に入ると、少年は肩に担いでいた桶をおろし、濡れた笠と蓑を脱いで水気を払う。それから背に背負っていた木箱も下ろした。

「お勧めは何だ?」
「そうですね、木綿豆腐はもちろんですが、納豆と味噌漬け豆腐は如何でしょう? 炒り豆もありますよ?」

 と、背から下ろした木箱の中からそれぞれを取り出した少年は、はたと動きを止めると、おもむろに真夜を見上げる。
 少年の姿は、人間とよく似ている。違うのは、目が顔の中央に一つしかないことだろうか。ご存知、一つ目小僧である。

 彼らは大豆をこよなく愛する。大豆を育て、豆腐や醤油や納豆を作り、雨の日に売り歩く。晴れた日中は滅多に外には出ない。
 別にお天道様に当たると溶けるとか、そういうことはない。目立つ力を持たない一つ目小僧は、人間たちに対抗する手段も無いため、見つからないように生活しているのだ。
 
 さて、そんな一つ目小僧に見つめられている真夜は、何か問題でもあったのかと眉をひそめた。

「夜叉様に、炒り豆?」
「そのネタは止めろ。そして鬼じゃねえ」

 冷めた目を向けてやると、一つ目小僧はどこか遠くを見る。

「まあアレは、ねえ」
「アレはなあ」

 人間たちは鬼が豆を怖がると思っているようだが、別に怖がったりはしない。爆ぜる音に驚いた鬼がいたというだけで、普通に食べる。

「枝豆はまだか?」
「まだですねえ。採れたら持ってきましょうか?」
「頼む。お勧めの三品を貰おう。あと、水を切った豆腐はあるか?」
「ええ、御座いますよ」

 桶から木綿豆腐をすくいあげ、真夜が出した盥に移す。そのまま洞窟を流れる冷たい水に浸けておけば、数日は持つだろう。

「そういえば今年の長雨は、もう少し続きそうですよ」
「なんかあったのか?」

 真夜は洞窟の入り口から外を見上げてみた。
 相変わらず空鯨の群が停滞している。その泳ぎは彼が封じられる前に比べて、遅く見える。
 
「あそこですよ。どうやら怪我をしている空鯨がいるようで、遅々として進まないのです」

 目を窄めて見れば、確かに一頭の動きが鈍く、その周囲を他の空鯨たちが心配そうに旋回している。

「お空、いたいたい?」
「そうみたいだな。しかし珍しいな。空鯨が怪我するなんて。あれを狙う鳥もいないだろ?」

 鷹や鷲だって、巨大な空鯨を襲ったりはしない。

「そうなんですけどね」

 一つ目小僧も困惑した様子で顔をしかめるが、原因までは知らないようだ。

「ちよ、治す?」
「残念だが陸海月は空を飛べない。諦めろ」

 夜姫はしょんぼりと肩を竦めながら、心配そうに空を見上げる。その哀しげな姿を見て一つ息を吐いた真夜だが、空の出来事となれば彼にだってどうすることもできない。
 洞窟には空鯨から落ちてきた螢螺たちがいるが、彼らを空に戻してやることもできずにいるのだから。
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