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夜太郎と地侍 六

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 夫妻に子はいない。微かに不思議そうな表情をした多恵だったが、深く考えることなく決めると、竹筒を持っていそいそと台所に戻っていった。
 休むことなく動き回る多恵の後ろ姿に、賀蔵とお菊は揃って笑みをこぼす。子のいない夫婦は、多恵を我が子のように可愛がっていた。

「さて、こちらの子の手当てもしましょうか」
「ああ。頼む」

 裁縫道具と端切れを取り出したお菊は、糸を選び針に通したところで、困ったように手を止める。

「痛くはないですか?」

 動く人形に針を刺すのは気が引けたのだろう。念のために問うた。
 夜姫は反対側の手を上げて、大丈夫と主張する。愛くるしい人形の動きに和みながら、お菊は夜姫の解れてしまった腕を手早く繕う。
 綿が見えていた腕が綺麗に治ると、夜姫はしげしげと自分の腕を見つめ、動かしてみる。それから深々と頭を下げてお礼をした。

「まあまあ、きちんとお礼も出来て偉いわね。さあ、次は着物を仕立てましょう。どの生地が良いかしら?」

 着物を仕立てた際に余った端切れを取っておいたものを並べ、夜姫に選ばせる。目を止めたものがあれば体に合わせながら、手鏡で確認させた。
 そのたびに夜姫は嬉しそうにお菊を見上げ、両手を上げたり体を捻ってみせる。

「こちらの方が良いのではないか? この端切れは私の直垂の残りであろう?」

 賀蔵が自ら一枚の端切れを手に取って差し出す。じいっと見つめた夜姫は、ふるふると首を横に振ってから、紅梅色や菜の花色の生地を選んでいく。

「あらあら? もしかして女の子なのかしら?」

 問われてこくりと頷いた夜姫に、賀蔵とお菊は驚きながら顔を見合わせた。

「女の子だと知っていたら、あのような姿のままにしておくのではなかった。せめて手拭いでも巻いてやるのだった」
「では小袖を仕立てて、帯には刺繍を入れましょうか?」

 賀蔵は腕を組み、お菊は頬に手を当てて、夫婦は揃って難しそうな顔をして眉根を寄せる。
 二人の悩みがよく理解できない夜姫は、ぽてりと首を傾げてから端切れで身を包む。人間とは違う姿だが幼子そのもののような動きをする人形に、夫婦は目尻を下げた。

「旦那様、湯の支度ができました」

 喜平が告げに来て、賀蔵は残念そうに腰を上げる。

「お戻りになる頃には、きちんとおめかしを済ませておきますから」

 おかしそうに笑うお菊に見送られて、賀蔵は風呂へと向かった。

「そろそろ決めて仕立てましょうね。菜の花色も可愛いけれど、肌の色と似ているから、こちらでいいかしら?」

 持ち上げられた紅梅色の生地を見て、夜姫はこくりと頷く。
 お菊は布を夜姫の体に沿わせて採寸すると、直裁ちをして縫い始めた。指先が細かく震えているようにしか見えないが、時折針を引っ張ると身頃に襟が付き、袖が付いていった。

「おおー」

 人間には聞こえない歓声を上げながら、夜姫は夢中になってお菊の手元を注視し続ける。まるで妖術のように仕立てあがっていく。
 ぷつりと最後の糸を断ち切ったところで、賀蔵が風呂から戻ってきた。

「いい湯だったよ。お前も入ってきなさい」
「はい。ありがとうございます」

 針と糸をしまうと、お菊は夜姫に仕立てたばかりの小袖を手早く着せ、組紐を帯代わりに締める。

「ちゃんとした帯はまた作ってあげますから、今はこれで我慢してちょうだいね」
「あい、ありがと」

 ぺこりと頭を下げる夜姫に微笑んで、お菊は風呂へと向かった。
 一度沸かした湯も、薪が燃え尽きれば冷めてしまう。
 風呂を温め続けるには薪がいる。冷めた湯を温め直すにも、やはり薪がいる。だから湯を沸かした後は、立て続けに入ってしまうのだ。
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