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夜太郎と地侍 三
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真夜は夜姫を護るという契約をしている。今現在、夜姫は危機に陥っているのだが、彼女がどこにいるのか分からない真夜は、彼女を護ろうとすることさえできない。
つまり、胸に刺さった契約の楔が発動し、苦しみ悶えていた。
夜姫が窮地に陥っていても護ろうと行動していれば発動はしないのだが、何が起きているのか分からなければ、どうしようもない。
彼も困惑していることだろう。罵声が聞こえるようだ。
頼れる者が誰もいない絶体絶命の危機で、千夜丸も追い込まれていく。このままでは夜姫を失いかねない。
とにかく何とか状況を改善するために、全力で救助を乞う信号を付近にいる仲間たちに送り続けた。
そんな切なる願いが通じたのか、あるいは更なる窮地が訪れたのか、がさりと草むらが揺れる。
混乱している夜姫は気付かない。持てる力を振り絞っている千夜丸も気付かない。気付かないが、本能が危険を察知して無意識に身を隠した。はっと気づいた時には、石の影に身を潜めていた。
夜姫を残して自分だけ逃げた事実に、ずんっと落ち込む千夜丸。
しかし落ち込んでいる場合ではない。石の影からそろりと様子を窺った。
「驚いたな。人形が動いている」
「しんにゃ?」
人影に気付いた夜姫は動きを止めて顔を上げる。けれども、そこにいたのは真夜ではなかった。先日椎茸を採った時に遭遇した人間、地侍の沢田賀蔵である。
「じっとしていなさい。ぼろぼろではないか」
戸惑う夜姫に構わず、賀蔵は太く武骨な手で丁寧に、夜姫から野苺の棘を一つ一つ取り除いてくれた。
「ありがと」
全ての棘が外れて動けるようになると、夜姫はぺこりと頭を下げてお礼を伝える。人間には彼女の声は届かないのだが、幼い夜姫はそんなことは理解していない。
それでも賀蔵には夜姫の気持ちは伝わったようだ。言葉は通じなくとも、その動作を見れば彼女が何を伝えようとしたのかは分かる。
「きちんとお礼ができるとは偉いな。しかしどうしたものか?」
着ていたちゃんちゃんこは破れてぼろぼろで、体も傷ついて綿が見えかけている。放っておけばそのうちに、もっと酷い状態になってしまうだろう。
ふむと考え込んだ賀蔵は、辺りを見回し気配を窺う。人形の持ち主が付近にいるかと考えたのだろうが、近くにはそれらしき存在は見当たらない。
それを確認してから、改めて夜姫に向き直る。
「良かったら家に来ないか? 妻に見せれば直してくれるだろう」
「治る?」
夜姫は自分の体を見回して、傷ついた体を撫でたり、ぼろぼろになったちゃんちゃんこを持ち上げた。元々弱っていた生地は、びりびりに裂けてはたきのようだ。
「そのちゃんちゃんこは無理かもしれないな。新しいのを作ってもらおう」
困ったように苦笑を浮かべた賀蔵に、夜姫は頷く。
小さくとも女の子だ。ぼろぼろの格好でいるのは恥ずかしい。そして新しい衣というのは、心惹かれるものだ。
「では帰ろうか?」
夜姫が考えている間に、賀蔵は夜姫を持ち上げて動き出す。慌てて夜姫は賀蔵の手をぽふぽふと叩いた。
「どうした?」
「ちよー」
千夜丸を残していくわけにはいかないと夜姫は訴えたのだが、賀蔵にその声は届かない。彼女が腕指した先を見て、そして彼女が動けなくなっていた原因を思い出し、ふっと笑みを浮かべる。
野苺がたくさん生る茂みを見れば、何をしたかったのかは想像が付く。
体を棘に捕らわれてまで摘もうとしていたのだ。諦められないのだろうと察した賀蔵は、それが勘違いだとは知る由もなく、夜姫のために野苺を摘んで帰ることにした。
最初は野苺を摘もうとしていたので、完全なる勘違いとは言えないのだが。
「よし、待っていろ」
腰に下げていた三つの水筒の内、一つはすでに飲み干し空になっている。その中に摘んだ野苺を入れていく。
賀蔵が野苺を摘む姿を見て、夜姫も苺を摘み始めた。
つまり、胸に刺さった契約の楔が発動し、苦しみ悶えていた。
夜姫が窮地に陥っていても護ろうと行動していれば発動はしないのだが、何が起きているのか分からなければ、どうしようもない。
彼も困惑していることだろう。罵声が聞こえるようだ。
頼れる者が誰もいない絶体絶命の危機で、千夜丸も追い込まれていく。このままでは夜姫を失いかねない。
とにかく何とか状況を改善するために、全力で救助を乞う信号を付近にいる仲間たちに送り続けた。
そんな切なる願いが通じたのか、あるいは更なる窮地が訪れたのか、がさりと草むらが揺れる。
混乱している夜姫は気付かない。持てる力を振り絞っている千夜丸も気付かない。気付かないが、本能が危険を察知して無意識に身を隠した。はっと気づいた時には、石の影に身を潜めていた。
夜姫を残して自分だけ逃げた事実に、ずんっと落ち込む千夜丸。
しかし落ち込んでいる場合ではない。石の影からそろりと様子を窺った。
「驚いたな。人形が動いている」
「しんにゃ?」
人影に気付いた夜姫は動きを止めて顔を上げる。けれども、そこにいたのは真夜ではなかった。先日椎茸を採った時に遭遇した人間、地侍の沢田賀蔵である。
「じっとしていなさい。ぼろぼろではないか」
戸惑う夜姫に構わず、賀蔵は太く武骨な手で丁寧に、夜姫から野苺の棘を一つ一つ取り除いてくれた。
「ありがと」
全ての棘が外れて動けるようになると、夜姫はぺこりと頭を下げてお礼を伝える。人間には彼女の声は届かないのだが、幼い夜姫はそんなことは理解していない。
それでも賀蔵には夜姫の気持ちは伝わったようだ。言葉は通じなくとも、その動作を見れば彼女が何を伝えようとしたのかは分かる。
「きちんとお礼ができるとは偉いな。しかしどうしたものか?」
着ていたちゃんちゃんこは破れてぼろぼろで、体も傷ついて綿が見えかけている。放っておけばそのうちに、もっと酷い状態になってしまうだろう。
ふむと考え込んだ賀蔵は、辺りを見回し気配を窺う。人形の持ち主が付近にいるかと考えたのだろうが、近くにはそれらしき存在は見当たらない。
それを確認してから、改めて夜姫に向き直る。
「良かったら家に来ないか? 妻に見せれば直してくれるだろう」
「治る?」
夜姫は自分の体を見回して、傷ついた体を撫でたり、ぼろぼろになったちゃんちゃんこを持ち上げた。元々弱っていた生地は、びりびりに裂けてはたきのようだ。
「そのちゃんちゃんこは無理かもしれないな。新しいのを作ってもらおう」
困ったように苦笑を浮かべた賀蔵に、夜姫は頷く。
小さくとも女の子だ。ぼろぼろの格好でいるのは恥ずかしい。そして新しい衣というのは、心惹かれるものだ。
「では帰ろうか?」
夜姫が考えている間に、賀蔵は夜姫を持ち上げて動き出す。慌てて夜姫は賀蔵の手をぽふぽふと叩いた。
「どうした?」
「ちよー」
千夜丸を残していくわけにはいかないと夜姫は訴えたのだが、賀蔵にその声は届かない。彼女が腕指した先を見て、そして彼女が動けなくなっていた原因を思い出し、ふっと笑みを浮かべる。
野苺がたくさん生る茂みを見れば、何をしたかったのかは想像が付く。
体を棘に捕らわれてまで摘もうとしていたのだ。諦められないのだろうと察した賀蔵は、それが勘違いだとは知る由もなく、夜姫のために野苺を摘んで帰ることにした。
最初は野苺を摘もうとしていたので、完全なる勘違いとは言えないのだが。
「よし、待っていろ」
腰に下げていた三つの水筒の内、一つはすでに飲み干し空になっている。その中に摘んだ野苺を入れていく。
賀蔵が野苺を摘む姿を見て、夜姫も苺を摘み始めた。
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