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岩魚と河童 三

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「しんにゃー、びしょびしょ」
「ん?」

 言われてようやく気付いたらしき真夜は、虫を取りに行くついでに夜姫と千夜丸を川原に下ろす。
 東袋から落ちて急流に流されても危険なので、初めから残っておくべきだったかもしれない。

 陸に上がったちびっ子たちは、木の影と日向の境目で休む。
 布と綿でできた夜姫にとって、日向ぼっこは体が軽くなり気持ちもよい。けれど千夜丸にとっては、水分が蒸発していく好ましくない状況だ。

「いい場所取りだな」

 隣合って座りながらも、日向に夜姫、日陰に千夜丸という位置取りに、感心の声がこぼれた。

 新たな虫を捕った真夜は、踵を返して川に向かう。
 岩魚が現れれば場所を変え、虫が足元を過ぎて下流へと流れていっては引き戻して川上に投げることを、何度か繰り返す。

「八寸程か。これは塩焼きにすれば美味いんだけどな」

 少し悩む様子を見せた真夜だったが、結局その岩魚も逃がした。彼の狙いは一尺前後の、生でも良し、焼いても良しな大きさだ。
 都合よく希望通りの岩魚がやってくるとは限らないので確保しておいても良いのだが、あいにくとその場で食べるつもりだったので、魚籠も何も持ってきていない。
 石や草を使って溜め池や籠を作る手もあるが、そんなことに時間を費やすよりも狩りを続けている方が、目的の魚に出会える確率は高まる。

「そろそろ移動するか」

 狭い範囲にいる岩魚の数には限りがある。それに何度も腕を突っ込めば、魚だって警戒する。
 真夜は夜姫たちと荷物を持つと、川面から顔を出している岩の上を飛び移り、上流へと登っていった。

「よし、今度こそ」

 と捕まえたのは、確かに一尺ほどの岩魚だった。痩せ細って別の魚のように細長くなっているが。
 他の岩魚との餌争奪戦に負けたのか、単に餌を取るのが下手なのか、満足な食事が取れなかったのだろう。
 それでも生き残ってきたのは、彼の生命力が高かったからだろうか。それとも小食な体質だったからか。
 そのあまりに哀切な姿に、真夜の顔に珍しく憐憫の色が浮かぶ。

「餌が少ないとは知っていたが、骨と皮だけじゃないか。よく生きていたな」

 思わず持っていた虫を全て口に詰め込んでから、川に放してやる。
 どうせ痩せた魚は食べても美味しくない。いつか健康的な体形になることを祈るばかりである。

「達者でな」

 声を掛けて見送ると、虫も無くなったので一度岸に上がる。

「しんにゃー、おかえりー」
「おう。少し移動するぞ」
「あーい」

 岸でお留守番をしていた夜姫と千夜丸は、東袋に戻る。

「袋が重くなってないか?」

 布と綿でできた夜姫の体重は、ほとんど感じないほどに軽い。水の塊である千夜丸はそれなりの重さがあるが、四寸ほどの大きさでは然して気になるほどではない。
 ずしりと感じる東袋を開けて覗いた真夜は、大人しく座って移動を待っている夜姫と千夜丸を摘み上げ、一度外に出す。

 袋をひっくり返せば、かちんかちんと音がして、石が川原に飛び散った。
 どうやら真夜が川で岩魚との戦いに夢中になっている間、夜姫は綺麗な石を探して集めていたようだ。

「あー。しんにゃ、めっ!」
「誰がめっだ。お前がめっだろうが」
「あい?」

 残念そうに捨てられた石を見つめていた夜姫が怒ったが、すぐに怒り返されて小首を傾げた。

「こんなに石を入れたら重いだろ? 俺にとっては大した重さじゃないが、袋が破れたら困るのはお前たちだ。千夜丸が穴から落ちていなくなっても探さないからな?」

 さっと血の気が引いたように固まった夜姫は、慌てて千夜丸の存在を確かめ、それから東袋に入れてくれと両手を挙げて抱っこをせがむ。
 掴み上げて袋に入れてやると、四つん這いになって底を確認し始めた。
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