上 下
40 / 103

茸と雉 二

しおりを挟む
 しばらく進んでいると、千夜丸の歩みが止まった。前方をふさぐ倒木のせいで、進路を絶たれてしまったようだ。
 ぽよぽよと揺れて、夜姫と何やら相談している。何故意思の疎通ができるのかは、今更なので真夜は気にしない。

「お、椎茸発見」

 倒木を何気なく見てみれば、肉厚の茶色い傘に白い産毛で菊花を描く、椎茸が生えていた。真夜は一つ一つ丁寧に採ると懐から出した手拭いに包む。
 茸は秋が旬だと思われやすいが、種類によっては他の季節にも生える。椎茸は春と秋、年に二度採取することができるのだ。

「しんにゃー、きのこいるー?」
「おう」
「はーい」
「おう。……おお?」

 夜姫の方を見ると、採った茸を両手で掲げていた。小さな動く人形が茸を持っている姿は、愛らしいと感じる人が大半であろう。
 その茸が禍々しい紫色に、赤く膨らんだ水玉模様という、どこからどう見ても毒茸にしか見えない怪しい茸でなければ。

「捨てなさい」
「きのこ……」
「捨てなさい」
「きのこ……」

 しょんぼりとしながら茸を下ろした夜姫は、悲しそうに茸を見つめる。せっかく真夜のために採ったのに、喜んでもらえなかったことが残念だったようだ。
 だからといって、真夜は自ら危地に飛び込んだりはしない。

「どう見ても毒だろうが? 俺に何かあったらどうする? 茸の毒は結構きついんだぞ?」

 とは言ったものの、毒ごときでどうにかなる体でもないのだろうが。

 夜姫の持つ茸は見た目からして毒茸だが、中には美味しそうに見える毒茸や、食用茸に似た毒茸も多くある。
 確実に食べられると分かっている茸以外は、手を出さないほうが良い。

「ほら、貸せ」
「あ……」

 手放さない夜姫から取り上げようとした真夜の指を、茸が噛んだ。比喩ではない。真夜の中指に、かぷっと食いついた。
 その場に沈黙が落ちる。三つの視線は謎の茸に集中し、反応に困ったのか動けずにいる。

「茸って、噛むんだな」
「あい」

 噛まれてはいるがその程度で傷つくほど軟な肌ではない。真夜が腕を上げると、噛みついたままの謎茸が指先にぶら下がる。

すっぽんみたいだな?」

 小さい割に根性があるようだと感心していると、謎茸がじっとりと湿ってくる。茸とは元々しっとりとしているものだが、更に湿っている。
 ぱっと口を開いた謎茸が、指から離れて落下した。そして。

「逃げた?!」
「きのこー!」

 謎茸は一目散に走りだした。
 柄が幾つにも避けて、烏賊のような足で走っていく。

「速いな」
「あい」

 あ然としながら逃げ行く謎茸を目で追っていた真夜たちは、次の瞬間、再び硬直した。
 草むらがかさりと音を立てて、赤や緑といった鮮やかな色をまとう鳥が姿を現したのだ。誰が見ても間違えることなき、立派な雄の雉である。

 走ってくる謎茸を一瞥すると、それまでのつんっと澄ましていた態度をかなぐり捨てた。カッと目を見開くと、謎茸に襲いかかったのだ。
 全速力で走っていた謎茸は、急には止まれない。向きも変えられなかった。雉に突っ込んでいき、そのまま嘴で突かれて咥え上げられる。
 謎茸、無念である。

「きのこ……」

 哀愁を漂わせながら不運な謎茸を見ていた夜姫を、突風が襲う。軽い布人形の体は煽られて、千夜丸からぽとりと落ちた。
 頭から落ちて転がり仰向けになった姿を見て、慌てて千夜丸が起こす。

「ちよ、ありが」
「よし! 雉を手に入れた」

 礼を言いかけた夜姫の声に被さって、歓喜の声が響く。
 夜姫と千夜丸が視線を向けると、雉の首を掴んで持ち上げる、真夜の姿があった。視線を彼の足元に下げれば、気づかれないように静かに草むらへ身を隠そうとしている、笠の欠けた謎茸の姿もあった。

 雉は見た目も然ることながら味も良く、武家や貴族たちが好んで食すほどだ。
 運が良いとほくほく気分の真夜の足を、ぽふぽふと叩く感触がある。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※野鳥を捕まえてはいけません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

七瀬美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

超リアルなVRMMOのNPCに転生して年中無休働いていたら、社畜NPCと呼ばれていました

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
★お気に入り登録ポチリお願いします! 2024/3/4 男性向けホトラン1位獲得  難病で動くこともできず、食事も食べられない俺はただ死を待つだけだった。  次に生まれ変わったら元気な体に生まれ変わりたい。  そんな希望を持った俺は知らない世界の子どもの体に転生した。  見た目は浮浪者みたいだが、ある飲食店の店舗前で倒れていたおかげで、店主であるバビットが助けてくれた。  そんなバビットの店の手伝いを始めながら、住み込みでの生活が始まった。  元気に走れる体。  食事を摂取できる体。  前世ではできなかったことを俺は堪能する。  そんな俺に対して、周囲の人達は優しかった。  みんなが俺を多才だと褒めてくれる。  その結果、俺を弟子にしたいと言ってくれるようにもなった。  何でも弟子としてギルドに登録させると、お互いに特典があって一石二鳥らしい。  ただ、俺は決められた仕事をするのではなく、たくさんの職業体験をしてから仕事を決めたかった。  そんな俺にはデイリークエストという謎の特典が付いていた。  それをクリアするとステータスポイントがもらえるらしい。  ステータスポイントを振り分けると、効率よく動けることがわかった。  よし、たくさん職業体験をしよう!  世界で爆発的に売れたVRMMO。  一般職、戦闘職、生産職の中から二つの職業を選べるシステム。  様々なスキルで冒険をするのもよし!  まったりスローライフをするのもよし!  できなかったお仕事ライフをするのもよし!  自由度が高いそのゲームはすぐに大ヒットとなった。  一方、職業体験で様々な職業別デイリークエストをクリアして最強になっていく主人公。  そんな主人公は爆発的にヒットしたVRMMOのNPCプレイヤーキャラクターだった。  なぜかNPCなのにプレイヤーだし、めちゃくちゃ強い。  あいつは何だと話題にならないはずがない。  当の本人はただただ職場体験をして、将来を悩むただの若者だった。  そんなことを知らない主人公の妹は、友達の勧めでゲームを始める。  最強で元気になった兄と前世の妹が繰り広げるファンタジー作品。 ※スローライフベースの作品になっています。 ※カクヨムで先行投稿してます。 文字数の関係上、タイトルが短くなっています。 元のタイトル 超リアルなVRMMOのNPCに転生してデイリークエストをクリアしまくったら、いつの間にか最強になってました~年中無休働いていたら、社畜NPCと呼ばれています〜

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...