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飯屋と太物屋 五

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 反物の多くは、漂白も染色もしていない生成り掛かった白だ。
 余裕のある者はこれを買って自ら染めたり、染物屋に頼んで自分の好みに染めてもらってから衣に仕立てる。

 そんな中、亭主は先染めの墨染めや柿渋染めと思われる、灰色や茶色に染められた反物も広げた。
 同じ色でも淡いものから濃いもの、緑みや赤みのあるものなど、微妙に色合いが異なる。同じ染料でも染めた時期や染めの回数によって、色は変わるのだ。

 生地を眺めていた真夜は、駄目もとで聞いてみる。

「茜はあるか?」

 無いと答えると思っていた亭主が立ち上がると、奥から桐の箱を運んできた。蓋を開ければ和紙に包まれた反物が出てくる。
 まさかと訝しく様子を窺っていれば、開かれた包みからは鮮やかな茜色の他に、藍色や黄色、緑色の反物が姿を現した。
 真夜は驚いて反物と亭主の顔をまじまじと見比べてしまった。

 茜や藍、黄肌などで染めたものは、木綿といえども高級品だ。
 中でも茜は、一反を染めるのに必要なだけの染料を確保するには骨が折れるため、流通量が少なく特に値が張る。都付近ならまだしも、田舎町で目にするような品ではないだろう。

 目の前に並ぶ品や棚に置かれた品を改めて見回した真夜は、品揃えが良すぎはしないだろうかと、疑念を覚えてしまう。
 真夜の心の推移を見てとった亭主は、然もありなんと同意を示すように苦笑を漏らす。

「染め狂いの者が町におりまして、反物を買っていっては染めて売りに戻ってくるんですよ」

 なるほどと、真夜も納得して頷いた。
 決まった色を染めるとなると、染料、媒染の材料、浸け込む時間や回数など、知識と経験が必要となってくる。
 それ故に染物屋によって扱う色が決まっていることが多く、紺屋、茶染屋などと呼び分けられる。

 目の前に広がる反物は、一つとして同じ色はない。
 それは亭主が重ならないように仕入れてきたからではなく、染める者が同じ色を出せなかったのだろう。もしくは次々と新たな色に挑戦するために、同じ色を作ろうとしなかったのかもしれない。

 真夜は無地の茜染めを選ぶと、夜姫に視線を送る。彼女も鮮やかな茜色の生地が気に入ったようで、こくりと嬉しげに頷いた。

「これで頼む」

 いつの間にか裁縫箱を手に戻ってきていた女房は、真夜が選んだ反物を裁つと、手慣れた様子で布の端を始末する。
 両端を三角に折ってから全体を三つ折りにし、上下の二辺を縫って開く。
 谷間に閂留めを施すと、最後に猫の顔のような形をした東袋の耳部分を括り、持ち手を作って完成だ。

 ついでにと、麻の晒なども買って風呂敷にまとめてもらっている内に、東袋は仕立て上がっていた。
 諸々の代金を支払い、東袋を受け取る。
 夜姫を入れてみると、中央部分の凹んでいる部分からちょこんと顔を出して、ご満悦だ。
 疲れたら中で横になることも充分に可能な大きさで、調度良さそうである。陸海月を入れても余裕があるだろう。

「ありがと。うれしい」
「そりゃあ良かったな」
「あい」

 真夜に礼を言った夜姫は太物屋の親子へと向き直ると、ぺこりと頭を下げてから嬉しそうに両手をぱたぱたと動かして、東袋が気に入ったことを伝えようとしていた。
 夜姫の声は契約もしていない人間には届かないのだ。

 はしゃぐ人形の姿に、太物屋の女房が目尻を下げ、娘は口を開けたまま目を輝かせる。
 太物屋の家族に手を振る夜姫を東袋に入れたまま、買い求めた荷を包んだ風呂敷と共に手に提げて、真夜は店から出る。その直後、少女の甲高い声が聞こえてきた。

「母ちゃん、私もあの人形が欲しい」
「そうだねえ、可愛かったねえ。作ってみようか。でも動かないと思うよ?」

 どうやら夜姫が増加するらしい。
 ちらりと振り返って一瞥した真夜だが、特に問題はないだろうと、そのまま店から離れていった。
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