孤独な王子は柘榴を愛する

しろ卯

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二章

75.処刑宣告

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 恩のある緋龍国皇帝を救うことができないどころか、偽ろうとしている。
 もしかすると大国である緋龍にシャルを差し出したほうが、シャルを護るためにも良いのかもしれない。病を治すことはできなくても、治癒の力を持つシャルを、粗雑には扱わないだろう。
 しかし頭では理解できても、心は拒絶する。
 傍らにいられないことは辛い。けれどそれ以上に、シャルが人として扱われず、樹木として扱われることは耐え難く、彼女が損なわれることは命を削られるより辛い。

「生きている限り、いずれ死を迎えるものだ。お前が気に病む必要はないと言ったはずだが?」

 緋凰の声に、ゼノは現実に引き戻される。

「それほど悩むのならば、いっそ柘榴を差し出してしまえば良い。父上に力を使わせたら、俺が炭にしてやろう」
「緋凰殿?」

 ゼノは驚愕し、緋凰を凝視した。

「火種となる樹など不要なのだろう? ならば消し去ってしまえば、つまらぬ悩みからも解放されよう」

 緋凰の言葉は正論だと、ゼノも思う。もし柘榴が只の樹であれば、ゼノもそうしたかもしれない。
 だが柘榴は樹の姿をしているが、その本質はシャルという人間だ。ゼノが唯一欲し、何よりも愛する女性なのだ。

「緋凰殿の考えは、間違ってはいないでしょう。けれど、どうか柘榴を損なうことはお止めください」

 嘆願するように訴えるゼノに、緋凰は訝しげに眉を潜める。

「なぜだ? お前は柘榴の力を使う気はないと言った。ならば消しても問題あるまい。それとも偽りを申したか?」

 問われてゼノはまぶたを落とす。

「柘榴に力を使わせる気などありません。しかし、柘榴を失う気もありません」

 苦悶を飲み込み、はっきりと言葉に出す。

「それはいざとなれば、力を行使するということではないか?」
「いいえ、緋凰殿が考えているような、単純なことではないのです」
「ほう?」

 説明を求める緋凰に、ゼノは沈黙をもって答えとした。


     ※


 セントーンに、緋龍から三度目の使者が訪れた。皇帝を謀った咎で、ゼノ王子を処刑するという。
 セス王子は怒り、父王に抗議すると同時に、国軍を派遣しようと動き出した。そのためにハンスとライの耳にも一早くこの件が耳に入ることとなった。
 ハンスは小白に向かったが、使者が辿り着くより先に情報を得ていた風の民は、ハンスと柘榴の接触を拒んだ。

「どうするか決めるのは、お前達じゃない」
「我らの使命は柘榴を護ることです。そもそも王子を救うために柘榴を失えば、世界を滅ぼすのですよ? どちらを選べば良いかは明白ではありませんか?」
「ただの言い伝えだ。世界が滅ぶと決まったわけではない」

 ハンスは説得するが、小白に集った風の民は承知しなかった。さらには風の民の長であるジル自ら現れ、ハンスとライに柘榴を奪われぬように、一族内の能力者を結集させた。

「どうするんだ?」

 いつもの東屋近くに、ライとハンスの姿があった。

「さて。放っておけば殿下は処刑、怒ったセス王子による勝ち目のない戦が開かれるでしょうね」
「緋龍はゼノ様と縁が深いと聞いていたんだけどな」
「だからこそ、裏切りの代償も高いのでしょう」

 ゼノはシャルのために、緋龍から受けていた恩と信を棄てた。緋龍国皇帝には屈辱と映っただろう。

「お前、シャルを犠牲にできるのか?」

 共に暮らしていたハンスがシャルに情を移していることに、ライは気付いていた。

「あの子自身が決めることですよ。何が幸せかなんて、本人にしか分からない」
「そうか」

 ライはまぶたを落とす。
 境遇は違うが、ライにも妹がいる。弟妹合わせて五人。それぞれ大切だが、常に傍らにいたすぐ下の妹であるユイには、特に幸せになってほしいと願う。
 しかしその幸せがライの意図と異なる幸せであったならば、ハンスのように割り切れる自信はない。

「できれば、あいつらを敵に回したくはないんだけどな」
「同感です」

 ライの呟きに、ハンスは苦笑せざるをえない。
 風の民を敵に回せば、世界中から安息の地を失う。それは二人共に熟知していた。

「ライ大将は御家族がいるでしょう? 取り合えず俺が動きますから、待機していてください」
「わかった」

 まぶたを上げると、ライは頷く。
 知らぬ存ぜぬで通せる相手ではないが、家族に害が及ばぬようにしたいのは本心だった。
 それに、小白に忍び込みシャルを奪うのであれば、ハンス一人に任せたほうが良い。優れた能力を持ってはいても、所詮ライは素人なのだから。
 だが事はそう巧くは運ばなかった。
 小さな店に大勢の風の民が集結しており、更にハンスの手口を知っているとなれば、易々とは忍び込めない。

「強行突破するか?」
「あはは、良いですね」

 軽口を叩きはするが、無謀な手段であることはわかっていた。奪い出すだけならばそれでも良いが、シャルの答えによっては緋龍国まで運ばなければならない。
 二人の焦りに反して、時間は刻々と過ぎて行った。
 また予想通りセスが国軍に働きかけ始めたため、ライはシャルのことばかりに時間を割けなくなってきた。
 焦るハンスは町の地図を机に広げ、星明かりの下で睨みつける。
 不意に懐かしい匂いが鼻先に触れた。
 どこかにあった残り香が風に流されたか、気のせいだろうと地図に視線を戻したが、香りは徐々に強くなる。
 ハンスは慌てて立ち上がると、扉を開けて外に出た。

「小鳥ちゃん?」

 暗闇の中に、小さな柘榴が立っていた。
 ハンスは走り寄ると、柘榴を抱き上げる。葉や枝に触れると、明らかに憔悴していると分かる。
 ゼノの噂を耳にして、居ても立ってもいられず、ここまで移動してきたのだろう。

「無茶をする」

 優しく抱き締めて部屋に運ぶと、薬草を漬け込んだ蜂蜜を加えた水を与えた。シャルは細い枝を器に伸ばし、ゆっくりと吸い上げる。
 小白の者が、柘榴にゼノの話をすることはない。客の声も彼女の耳に入らぬよう、万全を期していたはずだ。
 それでもシャルはゼノの危機に気付き、自分の命を削ってハンスの下へ戻って来たのだ。
 ハンスは柘榴の頭を、何度も優しく撫でた。

「シャル、殿下を助けに行けば、君は再び命の危険に晒される。それでも行くのかい?」

 シャルの視線は真っ直ぐにハンスを見つめ、頷いた。

「わかった。必ず殿下の下へ届けるから」
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