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二章

42.蛇

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「あなたを連れてきたのは、正解だったようです」

 目的地の倉庫まで来て、男は足を止めた。

「目的の品は、あの中です。三秒で戻ってこられますか?」

 棚の上の箱を示し、男はさらりと言う。
 普通なら、辿り着くだけで精一杯の時間だろう。だがライの能力ならば、男の要求も不可能ではない。

「余裕だな。一秒で充分だ」
「それはありがたい」

 男は何もない空間に、手を添える。おそらくそこに、呪術が張られているのだろう。

「では」

 男の合図で駆け出したライは、示された箱の中から腕飾りを取り出し、代わりに用意していた腕飾りを入れた。一見すれば、違いは分からない。作った人間は同じだから。ただし、ゼノの対玉石と対の石ではなかった。

「丁度一秒。準備が良いですね」
「まあな」

 代えの腕飾りを用意してきたことを男に誉められて、ライは満更でもない。
 二人は地上に戻り、右軍本部を後にした。

「それで、あんた何者だ?」

 安全地帯まで来て問うライには答えず、男は手を差し出す。奪った腕飾りを渡せと言っていることはわかるが、得体の知れない相手に渡す気はなかった。

「あなたが持っていては、隠し通せない」

 事実ではあるが、断言する口調にライは苛立ちを覚えた。

「あんたが味方なのか、分からない」

 男はライの目を直視する。それから溜め息を吐き、言葉を継ぐ。

「庭園の奥に東屋があります」

 ライもそこは知っている。滅多に人は来ない。だが、まったく来ない訳ではない。

「町には?」
「安全な場所がありますか?」

 ライは少し考える。家に誘うことも考えたが、ユイがいる。巻き込みたくはない。

「西通りに、小白という飯屋がある。そこで」
「わかりました。先に行っていてください」

 男は逆らわない。ライから離れたのは、装束を着替えるためだろう。覆面では町で目立つ。
 言われるままに、ライは先に小白に向かった。そのほうが都合が良いことは確かだった。男に細工される危険もない。そして、ライにはその機会が与えられる。

「珍しいな」

 入ってきたライを見て、板場から顔を出した店主が笑みをこぼす。

「上を借りる。後で一人、来る」

 ライが伝えると、店主の目が一瞬だけ光った。

「わかった」

 それだけの会話で、意思は通じている。

「ああ、お待たせしました」

 遅れて来た男を、ライは注視する。覆面を取り、明るい所で見る男の顔には、見覚えがあった。だが、どこで見たのかは思い出せない。
 飯が運ばれて来ると、男は嬉しそうに笑う。

「ああ、ミドリヘビですか。珍しい」

 言うなり、蛇に刺さった串を手に頬張った。ライと店員は、気付かれない程度に視線を交わす。
 蛇の丸焼きを出したのは、男の気を少しでも動かしたかったからだ。動揺すれば、そこに隙ができ、本心を探りやすくなる。

「お前、平気なのか?」

 男は笑む。

「ええ、蛇はガキの頃によく食べていたので」
「そうか」

 店員がライに視線を送った。ライは小さく首を横に振る。
 食事で動揺を誘うのは難しそうだ。
 男はライ達の思惑には関心を示さず、卓上の食事に舌鼓を打っている。食事中も外すことのない手袋の指は、左右に振れはしても曲がることはない。

「指はどうした?」
「ああ」

 男に翳りが走る。

「おごり、ですよ」
「へえ、そりゃあ詳しく聞かせ」
「しかし 、少々不用心ですね、ライ大将 」

 苦笑する男に畳み掛けようとしたが、男のほうがライの言葉をさえぎった。

「何がだ?」

 ライは四肢に力を込める。店員も、男の言動に注意を向けている。

「信を置けない者を、こんな所に連れて来るのはお勧めしない」
「気にいらなかったか?」

 無意識に目に力がこもるが、すぐに消して表情に余裕を浮かべた。
 男は破願する。

「まさか。珍しい料理を頂けて、むしろ嬉しいですね」

 と、さも上機嫌と言いたげに答えた。
 店員がライに視線を送る。ライは油断なく男の言動を伺い続けた。
 男は気に止める様子もなく、机上の料理を食べ続ける。

「意外だな」

 呟いたライに、男は視線だけ向けた。

「毒が入っているとは考えないのか?」

 男が虚をつかれたように動きを止める。一瞬だったが、ライは内心でしてやったりと笑んだ。しかし――

「考えたこともなかったですね」

 何がおかしいのか、男はけらけらと笑い出した。

「それはそうと、そろそろ知っていることを話して頂けますか? 後、あれを渡して頂きたいのですけれども」
「何のことだ?」

 しらを切るライに、男は軽く息を吐く。

「会ったのでしょう? 外道討伐の際に、彼女に」

 斬り込むような、鋭い口調。だがそれ以上にライを動揺させたのは、この男もシャルの存在を知っているという事実だった。

「何があったのか、お話し頂けますね」

 言葉は丁寧だが、拒否は認めないという威圧感があった。

「あんたは、どこまで知ってるんだ?」

 男は食べる手を止め、ライを見つめる。

「そうですね、殿下が彼女と出会い、引き裂かれるまで、と言えば理解して頂けますか?」

 ライは違和感を覚える。
 この男が只者ではないことは、一目瞭然だ。だが、ゼノが幼い頃から師と慕っていたクラムでさえ知らないことを知っているほど、ゼノから信頼されている理由が分からない。

「あまり長居をするつもりはないのですが」

 男は食事を続けながら、ライに促す。

「何か用があるのか?」
「今夜中に、殿下に流れを話しておかなければなりませんから」
「何を話す必要がある?」

 男の視線が動いた。

「彼女の生死。それ以外の事象は、あの方にとって意味を持たない」

 ライは眉をひそめた。ゼノがシャルを大切に思っていることはわかるが、男の言いかたは異様だ。
 その心を察したのか、男は語る。

「王族としての殿下の立場は、ご存知ですね?」
「第二王子だろう? 正室の子で、兄とは同じ年だから、どちらが次期王位を継いでもおかしくない」

 男は怪訝な表情でライを見つめると、大きく息を吐いた。

「ライ大将の言とは思えませんね」
「何だと?」
「殿下の母君は、謀殺されました。殿下ご自身も、幼い頃から度々お命を狙われています。軍に入れられたのも、暗殺をしやすくするため」

 思いがけない話に、ライは目を見開く。

「誰がそんなことを?」

 ライは戸惑うが、男に変化はない。

「王、ですよ。正確には王妃様ですが」
「だが、王妃様はゼノ様の命を救ったことがあるって」

 王は前王妃の処刑時にゼノの処刑も望んだが、現王妃の嘆願により、幼いゼノの命は救われたと言われている。

「ゼノ様の後ろには、緋竜国がありますからね。あまりにあからさまだと、王妃はもちろん、国ごと滅ぼされ兼ねないのですよ。ですから一度手を引いた、というところでしょう」
「お前、緋竜国の?」

 男はくすりと笑う。

「俺は俺の意思で動く。俺の主は、俺だけだ」

 がらりと口調が変わった男の目には、身震いするほどの威圧感があった。
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