孤独な王子は柘榴を愛する

しろ卯

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二章

34.外道の少女

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「で、あなたは何をしているんですか?」

 ゼノを見つけたライは、遠慮なく悪態を吐く。
 世間知らずのお嬢様をライに任せて、ゼノは祭りの喧騒から離れた丘の上で横になっていた。

「食べるか?」

 差し出された品を見て、ライは深い溜め息をじっくりと吐き出した。

「何ですか、それは?」

 問うエリザに、ゼノは答えない。

「芋餅だよ」

 代わりにライが答える。

「芋餅? ゼノ様、お食べになったのですか?」

 あからさまにエリザは顔をしかめた。王族が食べるものではないと判断したのだろう。

「一つな」

 彼女の真意を受け流し、ゼノは問われたことにだけ答える。

「なんで二本も買ったんですか」

 言いつつゼノの手から受け取ると、ライはかじりついた。

「食べ物を粗末にするなんて、あなたらしくない」

 口調は不機嫌そうだが、怒っているわけではない。仕事を終えて何も食べずに出てきたため、腹が空いていた。
 だが屋台の列に並んでいる間にエリザが何をするかわからなかったため、ライは何も買うことができなかったのだ。
 小腹を満たすにも足りない量だが、ないよりは良い。
 ゼノは苦笑する。

「つい、懐かしくてな」
「懐かしい?」

 エリザは首を傾げるが、ゼノは答えない。その視線は遥か遠くを見つめたままだ。

「ゼノ様にお土産です。おもちゃですけれど、今夜の思い出に受け取っては頂けませんか?」

 買ったばかりの対玉石の腕輪を、エリザは差し出した。
 ちらりと見るなり、ゼノは立ち上がる。

「もう満足したか?」
「はい」
「では戻るとしよう」

 風が三人を包み込み、空へと舞い上がらせた。
 対玉石を受け取ってもらえなかったエリザは、不満げにゼノを見つめるが、ゼノは意に返さない。

 やはり、あの店主が言った主従の話は、この人のことだ。
 ゼノの風の中で、ライは考えていた。
 あの店主は、ゼノの過去を知っているかも知れない。
 そう考えてから、思考を振り払った。他人の過去を、勝手に詮索するものではない。だがライには、何かが引っ掛かっていた。


     ※


「兄さんと、こんな所で食事できるようになるなんて」

 机の上に並べられた肉を頬張るライに、ユイは微笑む。

「早く終わったからな。たまにはお前にも楽させないと」
「私のことは気にしないで。兄さんこそ、あまり無理しないでね。最近は外道の動きが活発で、兄さん、休む暇もないから」

 口の中の肉を飲み込むと、ライはユイを見つめる。
 黒く濡れた髪と瞳の色は同じだが、柔和な微笑を浮かべる妹から醸し出される雰囲気は、ライとは真逆だった。

「悪いな、ユイ。いつも一人にして」

 ユイは首を横に振る。

「いいの。兄さんが無事に帰って来てくれれば」
「ああ、もちろんだ」

 ライは微笑む。
 家族を養うためにキルグスから首都に出稼ぎに来たライを、ユイはいつも支えてくれている。苦しい生活や差別にも、不満を漏らしたことはない。
 大将職に就き、少しは贅沢もできる報酬を得ているが、ユイは流行りの衣装や装飾品等は望まず、食事も質素な物で済ませていた。
 それでいて、ライには栄養のある食べ物と、大将に相応しい衣装を調えてくれる。

「好きな男ができたら、遠慮せず言えよ」

 整った顔立ちに、気立ても良い。料理もそこらの店より美味いものを作る自慢の妹は、贔屓目を抜きにしても惚れる男は多いだろう。
 現に、近所の若者達がユイを見る目や、ライの部下達の声には、彼女への恋慕の感情が見え隠れする。
 もし彼女に兄がいなければ、いや、せめて国軍の大将でなければ、男達はこぞってユイに声を掛けただろう。
 ライの言葉に、ユイはくすりと笑う。

「なあに、突然」
「そろそろ年頃だからな。お前にも幸せになってもらわないと」

 肉をフォークに刺しながら、ぶっきらぼうに言った。

「あら、私は今でも充分に幸せよ」

 微笑むユイから、ライは視線を逸らす。

「もっと欲持って良いんだよ」

 小さく呟いた声は届いていないのか、ユイは食事を続けた。

「美味しかったわ、ごちそう様」

 食後の果物を食べ終えて外に出ると、すっかり日は暮れていたが、まだ道行く人も多い。
 広場からは歌声が流れてくる。

「夜分まで大変だな」

 路上や広場で芸を披露し、わずかな小銭を得る。かつてライも生きるために力を見世物にして、日銭を稼いだことがあった。
 ユイの手が、ライの手を引いた。ライは逆らわず、広場に入る。
 広場の中央に小さな人混みがあり、歌声はその中央から響いていた。
 聴き入る人混みの中に、ライはその男を見つけた。祭りで対玉石を売っていた男だ。
 観衆に混じり歌を聴きながらも、ライは視野の隅に男を捕らえ続けた。
 歌が終わると、観衆は歌い手に拍手と硬貨を捧げる。男も硬貨を差し出し、観衆から離れ始めた。
 ライは慌てて硬貨を歌い手の前に投げると、

「ここで待ってろ」

 そう小声でユイに告げ、男の後を追った。
 広場から出て人気のない道になると、ライは男に声を掛ける。
 すると男は一目散に走り出した。

「勘違いするな。話を聞きたいだけだ」

 瞬時に目の前に立ったライに、男は瞠目する。

「屋台で話していただろう? 貴族と貧しい従者の話。詳しく聞かせろ」

 男はライを不信気に見つめた。

「ああ、収穫祭の」

 ようやく気付くと、表情を緩める。

「そうか、やはりお嬢様に想いを寄せて」
「無い。いいから話せ」

 きっぱりと否定して、話の先をうながす。

「五年程前かな、貴族の男の子と、貧しい身形の女の子が現れてね」

 こだわりもなく、男は語り出した。

 商品に興味を示したのは、女の子のほうだった。まあ、大概はそうだよね。
 対玉石の腕飾りをじっと見ていたのだけど、手持ちが足りなかったようで、店から離れかけたんだ。
 そうしたら、一緒にいた貴族の男の子が代わりに腕飾りを買ってね、女の子の腕に片方を着けてやり、もう一方は自分の腕に着けていたよ。
 本当に仲が良さそうだった。

 でもね、一年程前かな、偶然その女の子を見掛けたんだよ。町で。
 貴族の舘はくびになったのだろうね。まあ、子息との関係に気付けば、親はくびにするよね。
 その時はそのくらいしか考えないで声も掛けなかったんだけど、それから一月くらい経った頃に、騒ぎがあったんだ。

 女性が襲われた。外道だよ。
 襲われたのは、貴族の奥方さ。幸い大した傷は負っていなかったそうだ。でもその奥方様が言ったんだよ、襲ったのは例の少女だって。
 彼女は否定してたけど、貴族の奥方と、貧しい少女だからね。何より彼女は、その身分に不相応な高価な指輪を持っていたそうだ。

 奥方は、その指輪は自分の家に古くから伝わる品で、少女に奪われたと訴えた。
 どこで手に入れたのか、役人に問われても少女は答えなかったらしい。
 僕の勘では、指輪の贈り主は、あの時の男の子さ。でも、そんなことを告げれば彼に被害が及ぶ。だから少女は何も言えなかったのさ。
 噂では、彼女は外道と判断され、追放されたらしい。

「僕の知っていることは、そこまでさ」
「ありがとう。呼び止めて悪かったな」
「いいさ」

 首を振って笑うと、男は去って行った。ライは広場に戻りながら思案した。
 外道。人の道を外れた者。

 人は皆、聖石を持って生まれる。聖石が有す石力には限りが有り、その域を超えれば力を行使することはできない。
 しかし稀に、自分の持つ石力以上の力を使用できる者が存在した。彼等の力の源は生命力。
 己の命だけではなく、他者の命をも石力に転化することができた。彼等を「底無し」と呼び、特に力を欲して人を喰らう者を「外道」と呼ぶ。

 外道が人を喰らうというのは、例えではない。言葉のままに人を喰らう。血をすすり、肉を貪る。故に見付け次第、処分されるか国外に追放される。
 国境の外は荒野だ。木は生えず、わずかに草が点在するだけ。何の装備もなく放り出されれば、その先に待つものは死。
 運が良ければ先に追放された外道達の生き残りに加わり、生き残ることもある。

 だが恐らく、彼女は外道ではない。
 外道の生き残りに出会ったとしても、『餌』として喰われただろう。

「きついな」

 もしもゼノの耳に入ったら、どうなるだろう? 愛する者が、もうこの世にはいないのだと知ったなら。
 それも、彼が渡したかもしれない指輪が一因となって――。

「兄さん、どうしたの?」
「ああ、大したことじゃない」

 広場に戻ったライに歩み寄ったユイは首を傾げるが、それ以上は何も言わなかった。
 二人は何も語らず、家路についた。
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