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07.収穫祭
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ゼノは、セス殿下よりも強いのだ。
だがそれは、あってはならないことなのだろう。少なくとも、王族や貴族たちの世界では。
セス殿下よりも強くなってしまって、それでももっと強くなりたいという気持ちを抑えられなくて、この森に来たのだ。
王族はもちろん、貴族さえ滅多に訪れることのない辺境の地の、更に人目に付かないこの森に。
シャルはそのお陰でゼノに出会うことができた。それはとても幸運な出来事であり、ただ神に感謝し、喜んでいた。
しかしその幸せは、ゼノの苦しみから得られたものだったのだろう。
「ゼノ」
一緒に居ても、まったく気付かなかった。いや、気付こうとしなかった。
自分一人で幸せに浮かれ、ゼノの想いなど考えていなかったのだ。少し考えれば、何か事情があるということは、すぐに気付けたはずなのに。
「どうした?」
怪訝な表情をしたゼノが、声を掛ける。
シャルは首を横に振り答えとした。
それだけでゼノはシャルの思いに気付き、手を止めて傍らまで来てくれた。
「気にすることはない。よくある話だ。大人になればもっと凄まじいぞ」
言ってゼノは笑う。
シャルはゼノの顔を見上げる。いつもの自信にあふれるゼノに戻っていた。
「ゼノは、強いね」
「うん?」
と、ゼノはシャルの言わんとしている意味を確認する。
シャルは立ち上がり、ゼノの肩に自らの額を当てた。
「私だったら、そんな風には割り切れないよ」
ゼノは何も言わない。しかしシャルを拒絶することもなく、肩を貸していた。
沈黙が、二人を包む。
「私は幸運だ」
先に口を開いたのは、ゼノだった。
シャルはゼノの顔を仰ぎ見る。
「お前に出会えた」
ゼノの掌が、シャルの頬を包んだ。
「私は一人ではない」
その言葉に、シャルは目を見張る。それは、シャルの言葉だ。
ずっと一人だった。これから先も、ずっと一人のはずだった。ゼノと出会えて、どれだけ幸福か。
例えいつか別れの日が来ようとも、自分を受け入れてくれた存在がいたというその事実が、どれほど彼女の力になるだろうか。
「ゼノ」
シャルはゼノの掌に頬を寄せる。
「ありがとう」
「うむ」
二人はほほ笑んだ。心からの喜びを浮かべて。
※
「収穫祭だよ」
「ほう」
ゼノは物知りだが、世間知らずな一面があった。
「秋の収穫を感謝して、お祝いするの」
説明するシャルに、ゼノは首を傾げる。
「誰に感謝するのだ? 収穫できたのは、農民が作物の世話をしたからであろう?」
「そうだけど、人の力だけでは作物は育たないでしょう? 天気とか、土とか」
御前試合も終えて、実りの秋が訪れても、二人は変わらず森で会っていた。
試合は当初の予定通り、ゼノの負けに終わったそうだ。けれど彼に落ち込む様子は無く、中々巧く負けることができたのだと、シャルも驚く程にご機嫌だった。
見物する王族や貴族達はもちろんだが、対戦するセス殿下にもに気付かれないように負けることは、難しいらしい。
それでも負け試合には違いなく、今までは試合の後は眠れず、朝まで剣を振って気を落ち着けていたのだと、そっと教えてくれた。
そして今日、森に来る途中で、多くの人が騒いでいる所に出くわしたらしい。
祭りは夕方からだから、その準備をしていたのだろう。
「シャルも行くのか?」
首を横に振って、シャルは答える。
「日暮れまでに帰れないから。それに……」
「それに?」
言いよどむシャルに、言葉の先を促す。
シャルはうつむいて小さな声で答える。
「化け物だから」
口にするなり、膝を抱えて体を固めた。
ゼノの溜め息が耳に届き、シャルは更に小さくなる。涙が浮かんでくるのを、必至に抑えた。
ひどく寒く感じる。
「行きたいか?」
シャルは答えない。
「ここから離れた地であれば、そなたを知る者には出会うまい」
「無理だよ。そんなに遠くまで行ったら、日が暮れるどころか、帰りは明日になってしまう」
思わずシャルは眉をひそめた。
一番近くの祭りでさえ、片道に半刻は掛かるだろう。
「案ずるな、私が連れていってやろう」
「ゼノが?」
顔を上げると、ゼノは優しく笑っていた。
「手を」
言われるままに手を差し出すと、ゼノはその手を取り、シャルの体を引き寄せた。ふわりと優しい風が吹き、シャルの体を包む。
「うわあ」
シャルは感嘆の声を上げた。二人の体は空に浮かび、森が眼下に広がる。
「怖ければ、つかまるが良い」
シャルはゼノの言葉に甘えることにした。
ゼノの体に両腕を巻き付ける。服越しに感じる彼の身体は硬く、けれど温かい。
心臓が激しく音を立て、身体中が熱くなる。
「案ずるな。落としたりはせぬ」
ゼノはシャルの鼓動の変化を、空を飛ぶ恐怖によるものと解釈したようだ。
シャルはほっと安心した一方で、残念な気持ちになった。彼女が抱き付いても、ゼノは何とも思わないのだろう。
森はすぐに小さくなり、見えなくなった。とてつもなく速く景色は流れて行くが、シャルが風の抵抗を受けることはなかった。
ゼノはいつも、こうして森まで来ていたのだろうか。だとすれば、やはり近くの領主や田舎貴族などではなく、もっと高貴な身分なのだろう。
シャルは切ない気持ちになって、ゼノに触れている腕に力を込めた。
「もう少しの辛抱だ」
怯えていると思ったのか、ゼノは優しくシャルを抱き寄せる。
「ほら、もう着いた」
地面に足を下ろすと、ゼノはシャルを落ち着かせるように微笑んだ。シャルはもう少し飛んでいたかったと、少し残念に思った。
だがそれは、あってはならないことなのだろう。少なくとも、王族や貴族たちの世界では。
セス殿下よりも強くなってしまって、それでももっと強くなりたいという気持ちを抑えられなくて、この森に来たのだ。
王族はもちろん、貴族さえ滅多に訪れることのない辺境の地の、更に人目に付かないこの森に。
シャルはそのお陰でゼノに出会うことができた。それはとても幸運な出来事であり、ただ神に感謝し、喜んでいた。
しかしその幸せは、ゼノの苦しみから得られたものだったのだろう。
「ゼノ」
一緒に居ても、まったく気付かなかった。いや、気付こうとしなかった。
自分一人で幸せに浮かれ、ゼノの想いなど考えていなかったのだ。少し考えれば、何か事情があるということは、すぐに気付けたはずなのに。
「どうした?」
怪訝な表情をしたゼノが、声を掛ける。
シャルは首を横に振り答えとした。
それだけでゼノはシャルの思いに気付き、手を止めて傍らまで来てくれた。
「気にすることはない。よくある話だ。大人になればもっと凄まじいぞ」
言ってゼノは笑う。
シャルはゼノの顔を見上げる。いつもの自信にあふれるゼノに戻っていた。
「ゼノは、強いね」
「うん?」
と、ゼノはシャルの言わんとしている意味を確認する。
シャルは立ち上がり、ゼノの肩に自らの額を当てた。
「私だったら、そんな風には割り切れないよ」
ゼノは何も言わない。しかしシャルを拒絶することもなく、肩を貸していた。
沈黙が、二人を包む。
「私は幸運だ」
先に口を開いたのは、ゼノだった。
シャルはゼノの顔を仰ぎ見る。
「お前に出会えた」
ゼノの掌が、シャルの頬を包んだ。
「私は一人ではない」
その言葉に、シャルは目を見張る。それは、シャルの言葉だ。
ずっと一人だった。これから先も、ずっと一人のはずだった。ゼノと出会えて、どれだけ幸福か。
例えいつか別れの日が来ようとも、自分を受け入れてくれた存在がいたというその事実が、どれほど彼女の力になるだろうか。
「ゼノ」
シャルはゼノの掌に頬を寄せる。
「ありがとう」
「うむ」
二人はほほ笑んだ。心からの喜びを浮かべて。
※
「収穫祭だよ」
「ほう」
ゼノは物知りだが、世間知らずな一面があった。
「秋の収穫を感謝して、お祝いするの」
説明するシャルに、ゼノは首を傾げる。
「誰に感謝するのだ? 収穫できたのは、農民が作物の世話をしたからであろう?」
「そうだけど、人の力だけでは作物は育たないでしょう? 天気とか、土とか」
御前試合も終えて、実りの秋が訪れても、二人は変わらず森で会っていた。
試合は当初の予定通り、ゼノの負けに終わったそうだ。けれど彼に落ち込む様子は無く、中々巧く負けることができたのだと、シャルも驚く程にご機嫌だった。
見物する王族や貴族達はもちろんだが、対戦するセス殿下にもに気付かれないように負けることは、難しいらしい。
それでも負け試合には違いなく、今までは試合の後は眠れず、朝まで剣を振って気を落ち着けていたのだと、そっと教えてくれた。
そして今日、森に来る途中で、多くの人が騒いでいる所に出くわしたらしい。
祭りは夕方からだから、その準備をしていたのだろう。
「シャルも行くのか?」
首を横に振って、シャルは答える。
「日暮れまでに帰れないから。それに……」
「それに?」
言いよどむシャルに、言葉の先を促す。
シャルはうつむいて小さな声で答える。
「化け物だから」
口にするなり、膝を抱えて体を固めた。
ゼノの溜め息が耳に届き、シャルは更に小さくなる。涙が浮かんでくるのを、必至に抑えた。
ひどく寒く感じる。
「行きたいか?」
シャルは答えない。
「ここから離れた地であれば、そなたを知る者には出会うまい」
「無理だよ。そんなに遠くまで行ったら、日が暮れるどころか、帰りは明日になってしまう」
思わずシャルは眉をひそめた。
一番近くの祭りでさえ、片道に半刻は掛かるだろう。
「案ずるな、私が連れていってやろう」
「ゼノが?」
顔を上げると、ゼノは優しく笑っていた。
「手を」
言われるままに手を差し出すと、ゼノはその手を取り、シャルの体を引き寄せた。ふわりと優しい風が吹き、シャルの体を包む。
「うわあ」
シャルは感嘆の声を上げた。二人の体は空に浮かび、森が眼下に広がる。
「怖ければ、つかまるが良い」
シャルはゼノの言葉に甘えることにした。
ゼノの体に両腕を巻き付ける。服越しに感じる彼の身体は硬く、けれど温かい。
心臓が激しく音を立て、身体中が熱くなる。
「案ずるな。落としたりはせぬ」
ゼノはシャルの鼓動の変化を、空を飛ぶ恐怖によるものと解釈したようだ。
シャルはほっと安心した一方で、残念な気持ちになった。彼女が抱き付いても、ゼノは何とも思わないのだろう。
森はすぐに小さくなり、見えなくなった。とてつもなく速く景色は流れて行くが、シャルが風の抵抗を受けることはなかった。
ゼノはいつも、こうして森まで来ていたのだろうか。だとすれば、やはり近くの領主や田舎貴族などではなく、もっと高貴な身分なのだろう。
シャルは切ない気持ちになって、ゼノに触れている腕に力を込めた。
「もう少しの辛抱だ」
怯えていると思ったのか、ゼノは優しくシャルを抱き寄せる。
「ほら、もう着いた」
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