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12.奪われた体
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「あ、殿下。もうお帰りですか? 玄関までお見送りしますわ」
扉の向こうから、異母妹の甘えるような声が聞こえてきた。
少しすると馬の足音と馬車の車輪の音が窓の外から聞こえ、遠のいていく。それから軽い足音が近付いてきた。
「お姉様、カフシアナン殿下からネックレスを頂いたそうですね? 見せてくれませんか?」
自室に戻ろうと応接室を出ようとしていた私を、異母妹が呼び止めた。
「ええ、いいわよ?」
殿下から頂いた小箱を開くために、部屋の中に戻る。
王族から頂いた物を落とすわけにはいかない。テーブルに置いて開こうとしたとき、妹の手が伸びてきた。
「あ、これですね」
「え?」
意識は手元にあり、両手もふさがっていた。背後から伸びる手を止めることはできなかった。
首にかけていた金の鎖が引っ張られ、アンバーが姿を現す。
「駄目よ! 触らないで!」
これは悪しき精霊が封じられたアンバーだ。決して人に見せてはならず、触れさせてはならないもの。
とっさに身を引いたけれど間に合わず、異母妹の指がアンバーに触れてしまう。その途端に、私の頭の中に何かが入り込んできて、私は意識を失った。
「よし、聖女覚醒イベ来た!」
またあの夢だ。
不思議な板に描かれた少女の前に精霊様が現れて、祝福を与える。美しい姿をした青年の背には羽が生えている。
私はザドキールから祝福を貰ったけれど、彼の本当の姿は見たことがない。
ザドキールもあんなふうに綺麗な姿で、羽が生えているのかしら? いつか見てみたいわ。
精霊様の祝福を頂いた少女は、王子様と結ばれる。だけど王子様への恋に破れた異母姉の様子が不穏だ。
黒い靄を纏い醜悪な笑みを浮かべるもう一人の王子様に誘われて、どこかへ行ってしまう。
「失恋したからって魔王の下へ走る? 本当にこの姉は最低よね」
物語を見ていた女の人は、不機嫌そうに言った。
魔王となったもう一人の王子様と共に、国を襲う異母姉。少女と王子様は手を取り合って、魔王と戦う。
まるでケセディーヌ姫と聖騎士ザドキールの物語みたい。
『モモリーヌ、さあ、奇跡の力を!』
『でも』
ついに物語は佳境に入った。少女と王子は、堕ちた姉と対峙する。
『君が優しくて、お姉さんと戦いたくないのは知っている。だけど、世界を護るためだ!』
『分かったわ』
「力を貸して、オーマ。私に聖なる力を!」
板に映る少女が叫ぶ声に合わせて、女の人も叫んだ。
そこで景色は途切れた。
「え? これ、どういうこと?」
素っ頓狂な声が聞こえて、私は目を覚ます。
「なんで白髪? え? 真っ白な部屋って、頭おかしくなりそうなんだけど?」
寝台の上で騒いでいるのは、私だ。そう、私だ。たぶん。私のように見える。だったら私は誰なのだろう?
目が覚めたら隣に人が座っていて、その顔は鏡で見る私と同じだった。
頭の中が混乱する。いったい何がどうなっているのか。起き上がりながら隣に座る『私』を見る。
「うわっ?! なにこの人形? 気持ち悪っ! 呪いの人形?」
――なにをするの?!
私そっくりの人物は、寝台で一緒に眠っていたザドキールを床に投げ捨てた。なんて酷い。
――ザドキール! 大丈夫?
私は急いで駆け寄りザドキールを抱き上げようとして、息を飲んだ。
手が彼の体をすり抜けたのだ。
――え?
すでに混乱していたけれど、更に混乱が増していく。いったい何がどうなっているのか、さっぱり理解できない。
体から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「あれ? この人形、どこかで見たことがあるような? あ! 悪役令嬢ケセディアーナの呪いの人形じゃない! ってあれ? 私の体、変じゃない?」
私そっくりの人物は、寝台から下りて鏡台に向かう。
「誰これ?! 日本人ですらないって。……白髪に緑の目。白い服。『アンバーの聖女』に出てくる悪役令嬢ケセディアーナのコスプレじゃん。え? まさかの異世界転生? 私悪役令嬢に転生したの?」
ザドキールを前に動けなくなっている私に目をくれることもなく、私そっくりの人物は、よく分からない言葉を並べて騒いでいた。
「よりによってケセディアーナか。確か王子ルートは聖女の妹に嫉妬して、魔王と共に国を滅ぼそうとするのよね? それで討伐される。うわっ、絶対に阻止しないと!」
気が狂ったかのように彼女は騒いでいるけれど、この状況を理解しているように見える。
私はザドキールを心配しながらも、彼女の動向を窺うことにした。
「王子ルートは阻止だね。ツモン様かウキナムと結ばれてくれるといいけど、どう動けばいいんだろう? でも、ツモン様……。そうよ! この世界にはツモン様がいるかもしれない! 王子との婚約を回避してツモン様を! もう婚約しているのかしら?」
様子を窺っていたけれど、言っている意味が分からない。言葉は理解できるのだけれど、話している内容がさっぱり理解できなかった。
「まずは婚約の確認ね。まだなら阻止。すでに婚約しているなら白紙にしてもらえるように動く。妹は虐めない。むしろ仲良くなりたい。モモリーヌ可愛いし! それからツモン様の攻略を目指す!」
胸の辺りで手を握りしめる、私そっくりの人物。
落ち着いたところで、かちゃかちゃと鍵が開く音がした。彼女も気づいたようで慌てて寝台に戻る。
「お嬢様、朝食をお持ちしました」
「ありがとう」
さも今起きたとばかりに寝台から下りると、彼女はテーブルに向かう。その途中で床に転がったままのザドキールに気付いた。
「あ、この人形、処分しておいてくれない?」
――何を言っているの?
「承知しました」
――駄目! ザドキールを連れていかないで! 待って!
止めようと侍女の手に縋ろうとしたけれど、触れることなく手がすり抜ける。追いかけたいのに、部屋から出ることができなかった。
縄で括られているかのように引っ張られて、戸口までさえ辿り着けない。
扉の向こうから、異母妹の甘えるような声が聞こえてきた。
少しすると馬の足音と馬車の車輪の音が窓の外から聞こえ、遠のいていく。それから軽い足音が近付いてきた。
「お姉様、カフシアナン殿下からネックレスを頂いたそうですね? 見せてくれませんか?」
自室に戻ろうと応接室を出ようとしていた私を、異母妹が呼び止めた。
「ええ、いいわよ?」
殿下から頂いた小箱を開くために、部屋の中に戻る。
王族から頂いた物を落とすわけにはいかない。テーブルに置いて開こうとしたとき、妹の手が伸びてきた。
「あ、これですね」
「え?」
意識は手元にあり、両手もふさがっていた。背後から伸びる手を止めることはできなかった。
首にかけていた金の鎖が引っ張られ、アンバーが姿を現す。
「駄目よ! 触らないで!」
これは悪しき精霊が封じられたアンバーだ。決して人に見せてはならず、触れさせてはならないもの。
とっさに身を引いたけれど間に合わず、異母妹の指がアンバーに触れてしまう。その途端に、私の頭の中に何かが入り込んできて、私は意識を失った。
「よし、聖女覚醒イベ来た!」
またあの夢だ。
不思議な板に描かれた少女の前に精霊様が現れて、祝福を与える。美しい姿をした青年の背には羽が生えている。
私はザドキールから祝福を貰ったけれど、彼の本当の姿は見たことがない。
ザドキールもあんなふうに綺麗な姿で、羽が生えているのかしら? いつか見てみたいわ。
精霊様の祝福を頂いた少女は、王子様と結ばれる。だけど王子様への恋に破れた異母姉の様子が不穏だ。
黒い靄を纏い醜悪な笑みを浮かべるもう一人の王子様に誘われて、どこかへ行ってしまう。
「失恋したからって魔王の下へ走る? 本当にこの姉は最低よね」
物語を見ていた女の人は、不機嫌そうに言った。
魔王となったもう一人の王子様と共に、国を襲う異母姉。少女と王子様は手を取り合って、魔王と戦う。
まるでケセディーヌ姫と聖騎士ザドキールの物語みたい。
『モモリーヌ、さあ、奇跡の力を!』
『でも』
ついに物語は佳境に入った。少女と王子は、堕ちた姉と対峙する。
『君が優しくて、お姉さんと戦いたくないのは知っている。だけど、世界を護るためだ!』
『分かったわ』
「力を貸して、オーマ。私に聖なる力を!」
板に映る少女が叫ぶ声に合わせて、女の人も叫んだ。
そこで景色は途切れた。
「え? これ、どういうこと?」
素っ頓狂な声が聞こえて、私は目を覚ます。
「なんで白髪? え? 真っ白な部屋って、頭おかしくなりそうなんだけど?」
寝台の上で騒いでいるのは、私だ。そう、私だ。たぶん。私のように見える。だったら私は誰なのだろう?
目が覚めたら隣に人が座っていて、その顔は鏡で見る私と同じだった。
頭の中が混乱する。いったい何がどうなっているのか。起き上がりながら隣に座る『私』を見る。
「うわっ?! なにこの人形? 気持ち悪っ! 呪いの人形?」
――なにをするの?!
私そっくりの人物は、寝台で一緒に眠っていたザドキールを床に投げ捨てた。なんて酷い。
――ザドキール! 大丈夫?
私は急いで駆け寄りザドキールを抱き上げようとして、息を飲んだ。
手が彼の体をすり抜けたのだ。
――え?
すでに混乱していたけれど、更に混乱が増していく。いったい何がどうなっているのか、さっぱり理解できない。
体から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「あれ? この人形、どこかで見たことがあるような? あ! 悪役令嬢ケセディアーナの呪いの人形じゃない! ってあれ? 私の体、変じゃない?」
私そっくりの人物は、寝台から下りて鏡台に向かう。
「誰これ?! 日本人ですらないって。……白髪に緑の目。白い服。『アンバーの聖女』に出てくる悪役令嬢ケセディアーナのコスプレじゃん。え? まさかの異世界転生? 私悪役令嬢に転生したの?」
ザドキールを前に動けなくなっている私に目をくれることもなく、私そっくりの人物は、よく分からない言葉を並べて騒いでいた。
「よりによってケセディアーナか。確か王子ルートは聖女の妹に嫉妬して、魔王と共に国を滅ぼそうとするのよね? それで討伐される。うわっ、絶対に阻止しないと!」
気が狂ったかのように彼女は騒いでいるけれど、この状況を理解しているように見える。
私はザドキールを心配しながらも、彼女の動向を窺うことにした。
「王子ルートは阻止だね。ツモン様かウキナムと結ばれてくれるといいけど、どう動けばいいんだろう? でも、ツモン様……。そうよ! この世界にはツモン様がいるかもしれない! 王子との婚約を回避してツモン様を! もう婚約しているのかしら?」
様子を窺っていたけれど、言っている意味が分からない。言葉は理解できるのだけれど、話している内容がさっぱり理解できなかった。
「まずは婚約の確認ね。まだなら阻止。すでに婚約しているなら白紙にしてもらえるように動く。妹は虐めない。むしろ仲良くなりたい。モモリーヌ可愛いし! それからツモン様の攻略を目指す!」
胸の辺りで手を握りしめる、私そっくりの人物。
落ち着いたところで、かちゃかちゃと鍵が開く音がした。彼女も気づいたようで慌てて寝台に戻る。
「お嬢様、朝食をお持ちしました」
「ありがとう」
さも今起きたとばかりに寝台から下りると、彼女はテーブルに向かう。その途中で床に転がったままのザドキールに気付いた。
「あ、この人形、処分しておいてくれない?」
――何を言っているの?
「承知しました」
――駄目! ザドキールを連れていかないで! 待って!
止めようと侍女の手に縋ろうとしたけれど、触れることなく手がすり抜ける。追いかけたいのに、部屋から出ることができなかった。
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