上 下
5 / 27

5.再会

しおりを挟む
 翌日、私は色の付いた綺麗な服――ドレスを着せられて、豪華な馬車に乗せられた。今度はどこに連れていかれるのか、私は恐怖に震える。

「久しぶりだな。少しは元気になったか?」

 馬車を下りた先で待っていたのは、お母様を天に送った日に出会った、あの少年だった。
 艶やかな黒い髪。落ち着いた紫色の瞳。今日は少しだけ色のある服を着ていた。

「第一王子のダルムニドルだ。ダルムと呼べ」
「ケセディアーナ・ボボイルです。ダルム王子殿下」
「ダルムでいい。敬称は不要だ」
「はい、ダルム」

 私はお母様から教えてもらった通りにスカートの裾を摘んで、片足を下げて軽く曲げる。

「ケセディアーナか。ふむ、ディーと呼ぼう。良いな?」

 そんな呼ばれ方をしたことのない私は、どう反応すれば良いのか分からなくて答えに詰まってしまう。

「嫌なのか?」

 眉間にしわを寄せて再び問われ、私は慌てて答える。

「そんなことない。ディーでいいわ、ダルム」
「うむ」

 満足そうにうなずくと、眉間のしわが伸びて消えた。差し出された手に戸惑いながら自分の手を重ねて、誘われるままに歩いていく。
 屋敷から一緒に馬車に乗った女の人が付いて来ようとしたけれど、男の人に阻まれて、どこかへ連れていかれた。

 色々な花がいっぱい咲いたお庭に案内されると、白い丸テーブルと椅子が二脚用意されていた。
 引いてくれた椅子に腰かけると、もう一つの椅子にダルムが座る。
 すると近くにいた女の人がお茶を入れてくれた。

「蜂蜜とミルクはどうなされますか?」

 問われて首を傾げる。お茶にお砂糖やミルクを入れたことはない。

「いつもはどのようにお茶を飲んでいるのだ?」
「ばあやが入れてくれたお茶を飲んでいたわ。こんな赤いお茶は初めてよ。このお茶は、お砂糖やミルクを入れて飲むの?」

 不思議に思って尋ねると、ダルムの眉間にしわが寄った。

「甘いものは好きか?」
「ええ。大好き」

 ダルムが女の人に視線を向けると、彼女は頷いてお茶に蜂蜜とミルクを入れた。

「いい香り」

 前に置かれたお茶からは甘く優しい香りがする。飲むと香り以上に甘くて柔らかな味がした。

「美味しい」
「そうか。それは良かった」

 ダルムのお茶は蜂蜜もミルクも入れていない。入れない方がよかったのかしら?
 
「菓子も遠慮なく食べると良い。俺はサンドイッチを」
「ダルムはお菓子を食べないの?」
「甘いものは苦手だ。頭が痛くなる」
「それは大変ね。美味しいのに」
「人それぞれだ」

 甘いものは滅多に食べられなかった。時々、ばあやが果物を入れたパンケーキを焼いてくれるだけ。
 でも目の前にある三段重ねのお皿に乗ったお菓子は、見たことのないものばかり。きらきらと赤色やオレンジ色に輝いていて、とても綺麗。食べ物には見えなかった。
 じいっと見つめていると、ダルムの眉間にしわが寄った。いつかあのしわは刻みつけられそうだ。

「全部食べても構わんぞ? どうせ俺しかいない。スー、お前も他言しないな?」
「無論でございます」

 別に食べたことを人に知られても構わないのだけれど、なぜかダルムは私がたくさん食べることを知られたくないと考えているようだ。

「そんなに食べられないわ」
「食べたいのだろう?」

 不思議そうに首を傾げられた。どうやらじっと見ていたせいで、誤解されてしまったようだ。

「こんなに綺麗なお菓子は初めて見たから、つい見惚れてしまったのよ。お勧めはどれかしら?」

 ダルムの眉間のしわが深くなった。眉間が凹んでしまいそうで心配になってくる。

「こちらのショートケーキは新鮮なミルクから作った、あっさりとした生クリームを使用していまして、癖も無く食べやすいかと思います。こちらの苺タルトは、苺の下にダーチョの卵を使用したカスタードクリームを敷いております。そしてこちらは……」

 スーが説明してくれるのを聞いて、私はショートケーキをお願いした。白いケーキに赤い苺が乗っている。
 一口食べると口の中でふんわりとして、すうっと甘さが溶けるように広がっていった。

「美味しい! こんなに甘くて美味しいお菓子は初めてだわ。こんな美味しい物が存在したなんて!」

 私は感動で、一口一口大切に食べた。お母様も一緒だったら、きっと喜んでくれたのに。そう思うと少し悲しかったけれど、すぐに口の端を引き上げて、悲しい気持ちを吹き消した。

「いつもはどんな菓子を食べているんだ?」
「いつもは食べられないわ。ときどき、ばあやが森で見つけた果物を採ってきてくれて、パンケーキを焼いてくれるの」
「……。お茶は?」
「ばあやが森で摘んできてくれるの。アヒルミールは甘くて好きよ。今日のお茶には負けちゃうけど。マンブリは体にいいからって時々飲まされたけれど、あれはあまり飲みたくないわ」

 思い出して顔をしかめてしまう。ダルムとスーも顔をしかめていたので、二人も苦手なのだろう。

「そういえばディー、その、ずっと気になっていたんだけど、君の膝に座っている人形は?」
「ザドギールよ。お母様が作ってくださったの」
「……。エレディアーナ様は、その、独特な美的感覚を持っていたんだな」

 歯切れの悪いダルムの言葉に、ムッとしてしまう。

「あら、ザドギールは素敵な騎士様よ?」
「そうだな。勝てる気はしない。白くて神々しくも、ある、のか?」
「あるのよ」

 膝に乗せていたザドギールをしっかり見えるように抱えると、ダルムは眉を寄せながら口角をわずかに上げた。
 そうは見えないけれど笑ったのかもしれない。

「でもザドギールはあまり連れ歩かないほうが良いと思う。もしも汚したり失くしたら大変だろう?」
「そうね」

 思わずザドギールと顔を見合ってしまう。
 彼は私の騎士だから、いつもそばにいてほしい。だけど人形を連れ歩くのは、ダルムの言うような危険もあるのかもしれない。

 その後はスーがしきりにお菓子を勧めてくれた。どれもとても美味しくて、食べ過ぎてしまった。

「ディー、困っていることはないか? 公爵が何か嫌なことをしたら、遠慮なく言うんだぞ?」
「ありがとう。大丈夫よ。まだ何もされていないわ」

 ダルムは本当に優しい子で、私が馬車に乗って動き出してもずっと見送ってくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

「悲劇の悪役令嬢」と呼ばれるはずだった少女は王太子妃に望まれる

冬野月子
恋愛
家族による虐待から救い出された少女は、前世の記憶を思い出しここがゲームの世界だと知った。 王太子妃を選ぶために貴族令嬢達が競い合うゲームの中で、自分は『悲劇の悪役令嬢』と呼ばれる、実の妹に陥れられ最後は自害するという不幸な結末を迎えるキャラクター、リナだったのだ。 悲劇の悪役令嬢にはならない、そう決意したリナが招集された王太子妃選考会は、ゲームとは異なる思惑が入り交わっていた。 お妃になるつもりがなかったリナだったが、王太子や周囲からはお妃として認められ、望まれていく。 ※小説家になろうにも掲載しています。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

【完結】転生した悪役令嬢の断罪

神宮寺 あおい
恋愛
公爵令嬢エレナ・ウェルズは思い出した。 前世で楽しんでいたゲームの中の悪役令嬢に転生していることを。 このままいけば断罪後に修道院行きか国外追放かはたまた死刑か。 なぜ、婚約者がいる身でありながら浮気をした皇太子はお咎めなしなのか。 なぜ、多くの貴族子弟に言い寄り人の婚約者を奪った男爵令嬢は無罪なのか。 冤罪で罪に問われるなんて納得いかない。 悪いことをした人がその報いを受けないなんて許さない。 ならば私が断罪して差し上げましょう。

【 完結 】虐げられた公爵令嬢は好きに生きたい 〜え?乙女ゲーム?そんなの知りません。〜

しずもり
恋愛
アメリアはディバイン公爵家の長女ではあるが、母は亡くなってからは後妻と異母妹、そして実の父親にまで虐げられ使用人以下の生活を送っていた。 ある日、年老いた伯爵の後妻に嫁ぐ事をディバイン公爵から告げられたアメリアは家を出て行く決心をする。前世の記憶を持っていたアメリアはずっと前から家を出る為の準備をしていたのだ。 そしてアメリアの代わりに嫁ぐ事になったのは、、、、。 一話づつ視点が変わります。 一話完結のような内容になっていますので、一話の文字数が多めです。(7000文字前後) 「ソフィー」の話は文字数が1万文字を超えそうだったので分割する事にしました。 前世の記憶を持った転生者が出てきます。 転生者が乙女ゲームの内容を語っていますが、ゲームが始まる以前の話です。 ご都合主義の緩い設定の異世界観になっています。 話し方など現代寄りの部分が多いです。 誤字脱字あると思います。気づき次第修正をかけます。 *5/15 HOTランキング1位になりました!  読んで下さった皆様、ありがとうございます。

処理中です...